ケータイ小説

戯曲は聖書劇としていろいろ書いてきましたが、とうとう小説に挑戦を始めました。
で、今どきですからどうせならケータイ小説としてやってみようと。


けがれ屋

⇒作品ページはこちら。
2011年8月スタート。ただいま連載中!

聖書には数々のおきて、戒律があります。いわゆる律法です。それらはモーセをとおして神から人間に授けられました。
で、モーセやそのあとの時代には、そうした掟を守ることはそう難しいことではなかっただろうと思います。ところがすぐにイスラエルは、この「神の法」に違反するようになっていきました。
そしてイェス・キリストの時代には、これらはイスラエルの人々を縛るだけのものであったようにさえ思われます。律法を守れない人々(生活に追われる庶民など)は、けがれた民、神の国(平たく言えば天国)に入れない人々とみなされ、律法を守れる人々(政治的宗教的支配者層や余裕のある層)は律法を守れない人たちを見下すようになっていました。

「だったら、けがれるとされるようなことを引き受けてくれる便利屋みたいな稼業があったらおもしろいんじゃなだろうか」と着想したのがこの「けがれ屋」です。
メールマガジンでレビ記を扱っていた2001年頃からですから、構想10年といったところでしょうか。

「こういうキャラクターがいて、それが聖書のこの場面にいたとしたら」というかたちで、聖書とくに福音書を扱っていきたいと考えています。聖書のストーリーテラーのような感じです。
ただ、あくまでもこれは創作。聖書というノンフィクションに、フィクションのキャラクターを放り込んで、その視線から見たイェスとはというストーリーになる予定です。演出として、聖書に記録されている物事の順序を入れ替えたり(そもそも聖書は時間順に記録されたものではないのですが)、別々の巻に記録されているできごとを合成したり、私の解釈で聖書中のセリフを脚色したりしています。また、時代考証などは手を出せる限りは調べたりしましたが、どうしてもわからないところなどかなり創作してもいます。
こういう物語を考えること自体が私にとって楽しいのですが、あなたに「聖書の世界もおもしろそうじゃん。実際のところは聖書にどんなふうに書かれてるのかな?」と思っていただけたら、そうしてあなたに聖書を手にとってもらえたら、無上の幸甚です。

「メールマガジンの発行も遅々として進まないのに、また何を始めてるんだ」というお叱りの声も聞こえてきそうですが。
メルマガはどうしてもパソコンを開いて聖書や参考書を広げて、とやらないと書けないのですが、このケータイ小説は文字通りケータイ一本あれば執筆できるので(でもいろいろ下調べも必要でそのたびに連載が止まりますが)、それぞれのペースで進めて生きたいと思ってます。