金持ちの青年

登場人物


第一場

ある街角

[中央にイエス。まわりで弟子たちと群集がイエスの教えを聞いている。青年と友人も群衆の中にいる]

ナレーター

イエス様がいつものように、人々に福音を語っていたときのこと。町でも評判の金持ちの青年がイエス様にたずねました。

青年

先生、永遠の命を得るには、どんなよいことをすればいいのでしょうか

イエス

もし命を得たいなら、モーセが命じたことを守りなさい

青年の友人

先生、わたしはこの人がこどものころから知っていますけどね、信仰熱心な人で、この人が律法に違反したのは、誰も見たことがありませんよ。金持ちなのにそれを自慢することもなく、人望があってこの若さで議員をしているくらいです。

[群集、異口同音に賛意を示す]

青年

しかしそれで、本当に永遠の命を得られるのでしょうか。

イエス

もし完全になりたいなら、財産をすべて貧しい人にほどこしてから、わたしに従ってきなさい。

青年

[驚いて]財産を全部ですか?

[次のナレーションのあいだに、青年、がっかりしながら上手に退場。友人、心配そうに青年を追って退場]

ナレーター

このころ、豊かさは神様からの恵みであり、貧しさは神様からの罰だと考えられていました。礼拝に行ってたくさん献金している人は天国にいけるけれど、あまり献金もできない人、生活や仕事に追われて礼拝にも行けない人は、天国に行けないと考えられていたのです。なのにイエス様は、こんなことを言いました。

イエス

金持ちが神の国に入るのは、なんと難しいことか

[イエス、下手に退場]

ペトロ

[他の弟子たちとともにイエスを追って退場しながら]先生、それでは誰が救われるのですか。先生ってば!

[ペトロと弟子たち、下手に退場。群集は「今の教えはどういう意味なのだろう」などと話しながら下手に退場する]

第二場

青年の家

ナレーター

それからしばらくが経ちましたが、あの金持ちの青年は家にこもっていました。彼は議員でしたが、民の指導者たちが目のかたきにしているイエス様に教えを乞いにいったのが問題となり、査問にかけられ、結論が出るまで自宅謹慎を命じられているのです。

[上手から、青年の友人登場。群集、異口同音に賛意を示す]

青年の友人

おーい、いるかい?

[下手から青年登場、友人を迎える]

青年

やあ、友よ。よく来てくれたな。まあ入ってくれ

[青年、舞台中央に椅子を二脚だす]

青年

実はちょっと執事をでかけさせているもので、たいしてお構いもできないが

[二人とも椅子に腰を下ろす]

青年の友人

いやいや。それよりとうとう、あのイエスとかいうラビが十字架で死刑になったそうだな

青年

聞いたよ、残念なことだ。それにしても、君はどう思う

青年の友人

イエスが『金持ちが神の国に入るのは難しい』と言ったことか?君の財産は神様からいただいた大事なものだ。それをあの、神殿の前で物乞いしてるような連中にやってしまえとはなあ

ナレーター

病気や障害のために働けない人も、それは神様から罰を受けている罪深い者だと思われていたのです。

青年

やはり彼は違うのだろうか。しかしあの、律法学者のようにではなく権威ある者のような教えは、神の人に見えたのだが。

[上手から、青年の執事登場]

執事

ご主人様、ただいま戻りました。

青年

[執事に]ああ、ご苦労様。[友人に]実はあのあと、彼にイエスの後をついていかせていたんだ。[執事に]で、どんな様子だった?

執事

それが、となり町のエリコに行ってからが大変な騒ぎになりました。エリコの悪名高いザアカイという徴税人をご存知ですか。

青年

ああ、あの。

青年の友人

悪名高い。

執事

あのイエスというラビは、そのザアカイの家に自分から進んで客となり、こともあろうに同じテーブルで食事をともにしたのです。

青年の友人

なんてことだ!罪にそまりきった徴税人の家に客となるとは、イエスは教師などではないな。友よ、君はペテン師のおかげで議員の職を失うことになるんだ。

執事

いえ、それが信じられないことに、ザアカイはすっかり悔い改めてしまったのです。財産の半分を貧民にほどこし、税金を不正に取りたてた分は、四倍にして返しています。

青年

徴税人が?

青年の友人

悔い改めたって?

[青年と友人、顔を見合わせしばらく沈黙。やがて青年は立ち上がって]

青年

[執事に]でかける。留守を頼む

青年の友人

[あわてて立ちあがり]おい、どうするつもりだ?まさか。。。

青年

その徴税人に会ってみたい

[青年、上手に退場]

青年の友人

[青年のあとを追って上手に退場しながら]おい、気は確かか?相手は徴税人だぞ。そんな罪人とまじわれば、今度こそ議員を罷免されるぞ、おい、待てってば。

[友人、青年を追って上手に退場、執事、「行ってらっしゃいませ」など言いながら、下手に退場。椅子二脚は出したまま]

第三場

ザアカイの家

[ノックの音。下手からザアカイが登場して上手へ行き、青年を迎え入れる]

青年

突然のご無礼をおゆるしください。実は、先日十字架で死刑になったイエスというラビのことで、お邪魔しました。

ザアカイ

まあ、座ってください。それでどうしました?

[二人、椅子に座る。青年は次のナレーションにあわせて、無声で身振り手振り]

ナレーター

ザアカイに聞かれるままに、青年はイエスとの問答や、自分の信仰のことなどを語りました。そしてザアカイに、イエスとは何者だったのかとたずねたのです。でもザアカイはその質問には答えず、おだやかな表情で静かに語りました。

ザアカイ

つまりあなたの迷いは、神様からいただいた恵みである財産を、罪のために罰を受けている者たちに投げ与えるのが、正しいかどうかということですね。

青年

まあ、そういうことです。あの先生の言われたことは、私がいままで教えられていたこととは正反対でした。

ザアカイ

このガランとした家を見てください。持っていたものはみな売り払い、そのお金でこの町の貧しい人たちを助けることができました。彼らは貧しくても、たとえ罪の中にあるとしても、アブラハムの子じゃないですか。そして神様は貧しい同胞を助けるために、私がよごれた手で集めたきたない財産でさえもちいてくださいました。ましてあなたの清い財産を、神様はもちいられないでしょうか。

[ザアカイ、少し間を置いて青年を見つめる。青年、はっとしたようにザアカイをじっと見ている]

ザアカイ

神様があなたに財産を与えたのは、あなたがそれを神様のために運用するのを願っているから、とは考えられませんか?

青年

たしかに、そういう考え方もできるかもしれない。しかし持ち物をみな売り払ってしまっては、わたしの家はどうなりますか。わたしが家を没落させたために、私の父の名がイスラエルの氏族の中から削られるようなことがあっては。。。

ザアカイ

わたしはこんな職業だから、会堂に入ることも許されず、いつも一人で聖書を読んでいましたが。あなたは詩編81をご存知ですか?

青年

ええ、もちろんです。

ナレーター

主は民を最良の小麦で養ってくださる。「わたしは岩から蜜をしたたらせて あなたを飽かせるであろう」

青年

そ、そうだったのか。私は間違っていた。すべてを捨てても、天の父は必ずわたしを養ってくださると書いてあったのに、わたしは今まで聖書のどこを読んでいたのだ。わたしは財産に固執して、あの方に従うチャンスを逃してしまったのか。ああ、もう遅い。あの方は殺されてしまった。あの方に従うチャンスは永遠に失われてしまった。

[青年、号泣する。彼を見つめるザアカイが声をかけようとしたところで、上手からザアカイのしもべが駆け込んで来る]

しもべ

だ、だんなさまあ!大変だ、ととととんでもないことがぁぁぁ!

ザアカイ

[しもべを叱りつけて]こら。客人の前で何を騒ぐか

しもべ

[ザアカイの胸元をつかんでゆさぶりながら]これが騒がずにいられますかっ。イエス様が、あの十字架で殺されてしまった先生が、生きかえったんですよ!

ザアカイ

え?

[青年、ぴたっと泣き止んでしもべを見る。ザアカイもきょとんとしもべを見ている]

しもべ

[さらに激しくザアカイをゆさぶりながら]ほうけてる場合じゃないですよ。ほら、先生は『三日目に復活する』とおっしゃってたじゃないですか。だんなさまは「なんのたとえだろう」と言ってたけど、あれはたとえなんかじゃなかったんですよ。本当に生き返ったんですっ!

青年

それは本当ですか。

しもべ

[手を止めたが相変わらずザアカイの胸をつかんだまま、顔だけ青年を振り返って]嘘なもんか。今ごろはガリラヤで、お弟子たちと再会しているころさ。

ザアカイ

[天を仰いで]ああ神様。あなたはまことに全能者であらせられます。[青年に]遅くはなかったようではないですか。あの方に従うチャンスは、まだあなたの前にあるのではないですか?

青年

なんていうことだ。ええ、今度こそ何もかも捨てて従いますとも。[上手に出ていきながらしもべに]イエス様はガリラヤに向かったのですね。

しもべ

たぶん湖の北のほう、カファルナウムあたりに。

[青年、上手に走り去る。ザアカイとしもべ、青年を見送って少し間]

ザアカイ

ところで。いつまで、あるじのむなぐらをつかんでおる。

しもべ

あれ?あ、あはははは[ごまかすようにザアカイの服の乱れをなおしながら]ところでだんなさま、今の人は誰です?

ザアカイ

ああ、全能の神様には、針の穴にらくだを通らせることもできるんだということの証人だよ。