熱闘!ブロンコス1996

第3回:開幕戦


1996年9月2日(月)正午。ほとんど英語なんてわからないくせに、水上は街を歩きながらラジオでFENを聞いていた。イヤホンから怒濤のような早口英語で、今週のNFLの試合結果が流れてくる。

英語が分からないとは言っても、チーム名とどっちが勝ったかぐらいは、神経を集中すれば繰り返し聞いている内にわからないこともない。ただ、アナウンサーが試合結果以外の情報や冗談をまじえながら話すので、けっこう難儀するのも確かだ。

が、どうやらチーフスがオイラーズを破ったのが聞き取れたらしい。いきなり人混みの中で立ち止まり、イヤホンを差した側の耳を手で押さえながら神妙な顔つきをしたと思ったら、突然、拳を振り上げガッツポーズを決める水上を、横を歩いていた食事に行くらしいOL達が指を指して笑った。


正木は昼休みのベルと同時に、職場のパソコンをインターネットに接続した。お目当てはもちろん、NFLのホームページだ。すでに昼飯のことは頭にない。

「ホストに接続中」の表示が消えるのを待つ時間が長いが、去年までは月曜夜のNHK−BSのスポーツニュースか、火曜日の朝刊を待つしかなかったのが、職場のパソコンからインターネットに入れるようになったおかげでこの時間に試合結果が分かるようになったのだ。文句を言うのは贅沢というものか。

余談だが、NFLではその週のほとんどの試合を日曜日に行うが、時差の関係上、現地で日曜午後であれば日本では月曜午前中となる。つまり、アメリカで日曜日にやった試合の結果が日本の新聞に載るのは火曜日ということになるわけだ。

そうこうするうちに、ようやくインターネットに接続され、正木は日曜日の試合結果を呼び出した。

Philadelphia 17-4 Washington Final
Cincinnati 16-26 St.Louis Final
Arizona 13-20Indianapolis Final

Finalとは試合終了という意味だ。試合結果が次々と表示される。そして・・・

NY Jets 6-13 Denver Final

「よっっっっっしゃぁっ!」
まわりの目も気にぜず、思わず力いっぱいガッツポーズの正木。デンバー・ブロンコス、まずは開幕戦勝利である。もともとブロンコスは開幕戦の勝率はけっこういいのだが、これでAFC一位の23勝13敗1分となった。マイク『出戻り』シャナハンHC(ヘッドコーチ)にとっては4年連続の開幕戦勝利だ。

「正木さぁん、ブロンコス勝ったんすかぁ」
ゲームの詳細を表示したところで、間延びした声で同僚の藤代が声をかけてきた。この藤代はブロンコスファン歴は正木より長く、オレンジクラッシュと呼ばれた強力ディフェンスや、スリー・アミーゴとあだ名されたWR(ワイドレシーバー:パスをキャッチするポジション)3人衆がいた時代を知っている。アメフトなんて日本ではマイナーだと思っていたが、探せばファンはけっこういるものらしい。正木の職場は20人ほどの課だが、藤代の他にも、バッファロー・ビルズのファンの男とマイアミ・ドルフィンズのファンの主婦がいる。

「おう。前半の23分までで4タッチダウンの猛攻だ。しかもオドちゃんを8回もサックしてるぜ」
オドちゃんとはジェッツのQBニール・オドネルのことで、スティーラーズから今年移籍してきたベテランだ。

「じゃぁ、ずいぶん守備がよくなったんだ。行けますねこれは」

「おーともよ」

「あれ、でもエルウェイが2回もインターセプトされているんだ」

「んー、ま、その辺はいいんじゃないか。勝ったんだから」

ブロンコスはエルウェイの加入以来、攻撃力はかなりのものであった。にも関わらずこのところ低迷していたのは、ドン底ディフェンスの建て直しに手間取ったためである。そこが補強されているとすると、今年は確かに行けるかもしれない。

「正木さん、来週の相手はどこすかぁ」

「えーとだな、アウェイでシーホークス戦だ。楽勝だな」

確かに、格でいえばブロンコスの方が上かもしれない。がしかし、去年の成績は一勝一敗の五分だ。AFC西地区は油断していい地区ではない。

「チーフスとかレイダースとかはどうだったんすか」

藤代が地区優勝争いのライバルたちの動向を気にした。

「えーとだな。チーフスはオイラーズに辛勝。お、レイダースはレイバンズに負けてるな。チャージャースとシーホークスの地区内対決はチャージャースの勝ち」

「何すか、レイバンズって。そんなのありましたっけ」

「ああ、クリーブランド・ブラウンズが今年からボルチモアに移転して、チーム名も変えたらしいんだ」

「へー。最近、そういうの多いっすね」

チームが弱いと、観客動員が減るしテレビ中継も少ないから、収入が少なくなって経営に苦労する。弱くても市民に愛されるチームもあるが、地元が応援してくれないと選手もフロントもやりづらい。というわけで、成績の振るわないチームが移転したがるというのは珍しいことではない。

迎える都市の側は、オリンピックの誘致合戦なみに勧誘するから、条件さえ整えばわりとあっさり移転してしまう(NFLのオーナー会の承認が必要であるが)。

川崎のロッテ・オリオンズが千葉に移転するとき、千葉県民の中には「あんな弱小チームが県内に来たら恥だ」という者も少なからずいたが、NFLのチームが街に来るというのは経済効果と市民のプライドへの影響力が比じゃないのだ。


同じ頃、西村”フリーター”豊も自宅のパソコンから正木と同じ画面を見ていた。ひいきのジャイアンツはビルズと対戦し、延長に入って20対23で負けていた。

ジャイアンツはNFC、ビルズはAFCの所属であるが、レギュラーシーズン中に何試合かはカンファレンス間での対戦がある。日本のプロ野球に置き換えるなら、ペナントレース中に巨人と西武が対戦するようなものである。

(ビルズ相手にほぼ互角なら、去年よりマシになってきたってとこか。しかしこの試合内容じゃなぁ)
そもそも17対0から追いつかれたのが気に入らない。延長の6分19秒、攻めていたジャイアンツだったが、自陣41ヤードからパスを投げようとしたQBブラウンがビルズのブルース・スミスにヒットされて落球。これを敵に奪われて攻守交代となり、最後はフィールドゴールを決められて万事休す。一番、応援のしがいのない負け方だった

(来週は敵地でカウボーイズ戦か。こんな調子で勝てるのかよ)
とつぶやいた途端、携帯電話が鳴った。

電話にでる瞬間に、いやな予感は、した。

『ゆたか?ファルコンズどうだった?』
いやな予感が的中した。めぐみだ。

「あー、えーとファルコンズ?」
聞こえているのに聞き返す。まさか、去年結成されたばかりの新興チームであるパンサーズに負けたとはいえない。

『試合あったんでしょ。勝ったの?』

「えーとね」
しかも、29対6の大差で負けたなんて言えない。

『・・・・・』

いきなり、めぐみが沈黙した。まずい。気付かれたか?しかし得点がフィールドゴール2本だけなんてブザマなゲーム内容を知ったら、めぐみはアメリカ大使館に怒鳴り込みに行きかねない。

もちろん、めぐみも人並みに常識ある大人だから、そんなことをするわけはない。しかし西村はマジでそう心配した。

『ふーん、負けたんだ』
声に、思いっきりトゲがある。開幕でいきなりコケるようなチームを人に押しつけやがったな、そんな声だ(少なくとも西村にはそう聞こえた)。

「あ、いや、その、勝負に勝ち負けはつきものだし」

『次の試合は勝つよね。開幕2連敗なんてがまんできないわよ』

「だ、大丈夫だよ。ファルコンズは弱いチームじゃあ、ない。そうそう連敗はしないさ」

『聞いたわよ、今の言葉』

唐突に電話が切れた。多分めぐみの同僚は午後一杯、不機嫌なめぐみの表情に戦々恐々とするのだろう。めぐみは静かに、周りの空気が凍り付くような冷めた目で怒るタイプの美人だ。

きれた電話を置いた西村は、パソコンに向き直った。来週の試合のスケジュールを確認する。

「大丈夫だろうな、ファルコンズ」
独り言を言うようなタイプではないが、思わず口に出して言った。今の西村に、ジャイアンツのことは頭にない。画面に表示された、ファルコンズの来週の相手は、

 MINNESOTA homegame

「なんだバイキングスか。えっ、バイキングスぅ!」
ミネソタ・バイキングスのQBといえば、CFL(カナダのプロリーグ)時代から数えて通算パス距離の記録保持者のベテラン、ウォーレン『苦労人』ムーンではないか。一方のファルコンズは去年のパスに対する守備は30チーム中29位のドン底だ。

「勝ってくれよぉ」
思わず天を仰ぐ西村であった。

次週(第2週)

ブロンコス 対 シーホークス(シーホークスのホームゲーム)
チーフス 対 レイダース(チーフスのホームゲーム)
ファルコンズ 対 バイキングス(ファルコンズのホームゲーム)
ジャイアンツ 対 カウボーイズ(カウボーイズのホームゲーム)

−To be continued.−


注記

ウォーレン・ムーン

学生時代から注目のQBだったが、黒人であったためにQBとしてはNFLにドラフトされず、カナダのプロリーグ「CFL」からスタート。後にNFLのヒューストン・オイラーズに入団し、彼ならではのラン&シュート攻撃で同球団の黄金期(というほどではないか)を打ち立てる。が、サラリーキャップ制(球団が選手に支払える年俸の総額に上限を設ける制度)により球団がムーンに年俸を出せなくなり、バイキングスに移籍。

マイク・シャナハン

以前はブロンコスのコーチであったが、レイダース、49ersと仕事場を変え、去年ブロンコスにヘッドコーチとして戻ってきた。NFLのコーチになる前はスタンフォード大アメフト部のコーチで、エルウェイとはその頃からの師弟関係である。

新興チーム

一昨年までNFLは28チームであったが、去年、カロライナ・パンサーズとジャクソンビル・ジャガーズが結成されて30チームに拡張(エキスパンション)された。

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