熱闘!ブロンコス1996

第1回:開幕前夜その1

思えば神林めぐみにとって、そこへ、その日に、よりによってその格好で行ったのが間違いだった。
彼女にすれば、西村豊のアパートに遊びに行ったのは、オリンピックを見にアトランタへ行った土産を持っていくためでしかなかった。今日になってしまったのも帰国後に盆で郷里に直行してしまっていたせいだ。そして、現地で買った『ATLANTA』のロゴが入った帽子をアトランタ・ファルコンズの物と知らずにかぶって来たのも、NFLを知らない彼女のせいではない。

1996年8月18日夕刻、そのアパートのドアを開けためぐみの前には、三人の男がパソコンをのぞき込んでいる光景があった。

男A、”ポンちゃん”こと西村豊(27)。
男B、”ケーワン”こと正木恵一(28)。
男C、”ミキちゃん”こと水上美輝(よしてる)(24)。

めぐみ、西村、正木、水上の四人は、言ってみれば飲み仲間だった。去年、ある自己啓発セミナー(かなり怪しげな)で知り合ったのだが、以来意気投合してしまっている。
ただ、めぐみに理解不可能なのが、男どもがそろってフットボール観戦が趣味ということだった。フットボールと言ってもサッカーのことではなくアメリカンフットボール、いわゆるアメフトというやつだ。
行動派のめぐみとしては、スポーツはすべからく”やる”ものであって、”観る”ものではなかった。経験のない、ましてルールも不可解なアメフトなどは、どこがいいのかわからない。

というわけで、アメフトの話題になるとめぐみは話に加われず、そのために男衆もめぐみがいるときはその話題は遠慮していたつもりらしい。もっともいつの間にかアメフトの話になってしまったりするのだから、よっぽど好きなのだろう。まあ、少なくとも気を使ってはいた。
しかし、一緒に飲みに行っている内に、めぐみにも、どうやら夏の終わりに向かって彼らのボルテージが上がりつつあるらしいのはわかった。聞いてみると、米国のプロリーグであるNFLが9月に開幕するらしい。
彼らにとって今が、開戦前夜の突撃兵なみに興奮状態になる時期らしいのを、旅行に行ってる間にめぐみはすっかり忘れていたのである。後悔したものの後の祭り。めぐみがアトランタ・ファルコンズの帽子をかぶっているのに気付いた彼らは、ついにめぐみがNFLに目覚めてくれたと(意図的に)曲解し、西村の部屋に入って1分30秒後には、めぐみはファルコンズのファンということにされてしまっていた。

「で、そのファルコンズって強いの?」
まだ6時前だというのに、四人はめぐみの持ってきたバーボンをすでに一本、空にしていた。

「そこそこかな。去年は確かプレーオフに行ったよな」
西村が台所に肴を作りに行った正木に聞いた。四人が知り合って以来、部屋の主の西村より、正木の方がこのアパートの台所に立っている時間が長いというのは、冗談ではなく事実である。

「最終戦の16戦目で49ers(フォーティナイナーズ)に勝って、プレーオフに行ったよ。でもそこで負けたんじゃないかな」
NFLは9月から12月にかけての17週間がレギュラーシーズンと呼ばれ、1週は休みが入るので、週一ペースで16試合を行う。この16試合の成績によって、プレーオフまたはポストシーズンと呼ばれる決勝トーナメントに進むのである。
で、一番酔っていない西村が、インタネットに接続したままのパソコンを操作して去年のファルコンズの成績を画面に引っぱり出したところ、正木の言うとおり9勝7敗でぎりぎりの勝ち越し。プレイオフの緒戦で、ここ数年上昇気運のパッカーズに破れてシーズンを終わっていた。

「じゃ、そこそこ強いわけね」
「弱くはないってとこかな。あそこの地区から勝ち上がるのは大変なんだよ」

NFLの30チームは15チームずつ、NFCとAFCの2つのカンファレンスに分かれている。セリーグとパリーグのようなものだ。それぞれのカンファレンスはさらに東部・中部・西部の地区に5チームずつに分かれ、レギュラーシーズンはまず地区優勝を目指すわけである。
ファルコンズはNFCの西地区に所属し、ここには強豪49ers(フォーティナイナーズ)がいる。
ちなみに西村が応援するジャイアンツはNFC東地区で、ここにも強豪のカウボーイズがいる。水上の応援するチーフスと正木のブロンコスは、超激戦区のAFC西地区である。

「んじゃ、あなたたちのひいき、どこが一番強いの?」
「それなんだよ。めぐみが来たときは今年の強さを予想して盛り上がってたんだけど。とりあえず去年の成績は、ファルコンズが9勝7敗だろ。ジャイアンツは4勝11敗。ブロンコス8勝8敗。チーフスは13勝3敗でプレーオフに行った」
水上は誇らしげに、チーフスの成績の部分だけ強調して言った。まるで運動会で一等賞になった孫を自慢するじいさんのようだ。それを
「でもコルツなんかに負けてやんの」
と正木が茶化すと、
「いーの!ブロンコスに2勝したから十分だよ!」
と切り返した。同じ地区内のチームはホーム&アウェイで2回対戦があるのだ。

繰り返すがAFC西地区はNFLでも最高の激戦区である。昔からブロンコスはレイダース(海賊のロゴでおなじみ)に勝てない、レイダースはチーフスに勝てない、チーフスはブロンコスに勝てない、という、ジャンケンのようなライバル関係がずっと続いていた。
ところがブロンコスが身内のゴタゴタ等でこの数年低迷しチーフスにも苦戦するようになってきた。加えてチャージャースとシーホークスが復活してきたところで、三つ巴を通り越して五つ巴の様相。最近数年間のあいだに五チーム全てが地区優勝の経験があり、今年もどこが地区優勝してもおかしくない。

さあ、AFCのチャンピオンとしてスーパーボウル(NFL決勝)に勝ち進むのはブロンコスかチーフスか。NFCはファルコンズが行くかジャイアンツの復活か。あるいは他のチームが勝ち上がるのか。AFCはカンファレンス全体が戦国時代だが、しばらく前に4年連続でスーパーボウルに出場したビルズ、名門スティーラーズのあたりが恐いか。NFCは何と言っても49ersとカウボーイズが強い。すごく強い。

1996年シーズンの開幕は9月1日(日本時間9月2日)。熱い秋がもうすぐ始まる。

−To be continued.−


注記

49ers

カリフォルニア州サンフランシスコのチーム。ゴールドラッシュでカリフォルニアに殺到した人々は、それが1849年だったことから49ersと呼ばれたが、チーム名はこれに由来する。名QB(クォーターバック)ジョー・モンタナ、その後継者スティーブ・ヤングを擁してスーパーボウルを4度制覇し、80年代最強チームと呼ばれる。

NFCとAFC

米国では過去何団体もプロリーグが誕生しては消えていった。旧NFLと、この対抗勢力として台頭してきた旧AFLが合併する形で現在のNFLとなった。旧NFLが現在のNFC(ナショナル・フットボール・カンファレンス)、旧AFLが現在のAFC(アメリカン・フットボール・カンファレンス)である。スーパーボウルは、旧NFLの王者と旧AFLの王者が雌雄を決するために行われたのが、その始めである。

次へ