祝!千葉ロッテマリーンズ優勝!

祝!31年ぶりのパリーグ制覇!!!

祝!31年ぶりの日本一!!!!!!

祝!初代アジアチャンピオン!!!!

ロッテファンになって15年、これまでの感動といえばせいぜい「この時期としては○年ぶりの単独首位」とかさ、「連敗を18で止めた」とかさ、あるいは「黒木復活」とかだったわけ。今年はなんか「セパ交流戦でロッテが首位」なんてのもあったけど、あれだってなんかオマケっぽいしさ。
「昨年(2004)は0.5ゲーム差で逃がしたプレイオフ進出を、今年(2005)は余裕の2位通過」といってもさ、途中まで単独首位だったのがじわじわとホークスに追いつかれて、追い越されたら一度も追いつけなかったわけでさ。

それが優勝だよ。ああ、優勝!いいね。いい言葉だね。
優勝なんて言葉はさ、「優勝できたらいいよね」というふうに使うことはあっても「優勝しました」なんていうふうに使うときがくるなんて、わりと思ってなかったりしたわけ。本当に優勝したんだねぇ。

パリーグ優勝

2005年10月18日月曜日。パリーグプレイオフ第2ラウンド第5戦。

プレイオフ第1ラウンドは、ホームで西武ライオンズ戦。名前の怖さはあるけれど今年はアップアップだったし、ホームなら、千葉マリーンスタジアムの応援があれば、勝てると思っていた。結果は2連勝。

そして第2ラウンドは福岡ドームへ。ファンの熱さはマリーンズにまさるとも劣らない敵地。まして、マリーンズが「去年、0.5差でプレイオフを逃した悔しさ」なら、ホークスは「去年、シーズン1位なのに優勝を逃した悔しさ」だ。厳しい戦いになるとは思った。

なのに、ふたをあけてみればいきなりマリーンズの2連勝。やはり野球というスポーツでは、一位のチームが待たされる今のプレイオフシステムは試合勘を失わせるのか。
とにもかくにも、マリーンズが優勝するなら、第1ラウンドから数えて4連勝の勢いに乗って、第3戦で決めるしかないと思っていた。一瞬でも足を止めたら、短期決戦の勝負を知り尽くしているホークスにやられてしまうかもしれない。一昨年、タイガースとの日本シリーズ、2連勝のあと3連敗で、しかしホームで2連勝して優勝を決めた、立て直すことを知っているホークス。

第3戦は、願ってもない展開になった。8回をおわって4-0。そして9回のマウンドは小林雅!
優勝は決まったと思ったよ。たぶんすべてのロッテファンと、それからほとんどのホークスファンと、大多数のマスコミもおなじ思いだっただろう。王監督も、99.9%負けたと思ったって言ったそうだ。

けれどロッテはつぶれてしまった。4点リードから鉄壁のクローザー雅でまさかの同点、そして延長負け。
まるで「ドカベン」の高校時代編を読んでいるかのようだった。明訓高校と初対戦した高校が、あと一歩というところまで明訓高校を追い詰めたときから、ガチガチになってミスで自滅してしまうパターン。
常勝と呼ばれるチームでさえ、優勝を目前にして「意識するな」「普段通りに」というのは難しいことだろう。まして、はじめて優勝を経験しようかという選手ばかり。自分たちのチームが優勝したことがあるなんて、球史の中でしかしらない選手ばかり。意識してあたりまえだろう。

第4戦。ここで優勝を決めるべきだった。もし2勝2敗の5分になってしまったら、第5戦で勝つのは難しいだろう。一般論でも、追ってきたほうが勢いがあるという。まして、第3戦を自滅したロッテが、第5戦で「この試合ですべてが決まる。負けはもちろん、引き分けでもだめ」という状況で、実力を発揮できるだろうか。
だがしかし。先制はしたものの、ホームラン2発で2-3とリードされる。ホームラン合戦となればホークスの土俵だ。それはまずい。

しかしここから投手陣がふんばり、5回以降はホークスに得点を許さなかった。だけど、打線も沈黙した。違うな、沈黙はしなかったけど、つながらなくなったんだ。
それを象徴したのが5回。1点を追ってノーアウト1,2塁というチャンスに、送りバント失敗、キャッチャーへのファールフライ、そして三振で、無得点。ついに2勝2敗のタイになってしまった。

運命の第5戦。今日はホークスが先行。そして1点を追う8回、バッターボックスに立ったのは代打・初芝。当たりは三遊間へのボテボテ。これが今季限りでユニフォームを脱ぐ男の最後の打席になったかと思わされた瞬間、ロッテを支えつづけた思いが奇跡を生んだ。サードとショートが交錯しファーストへの送球が遅れ内野安打。
そして里崎の逆転打。初芝が同点のホームを踏み、福浦の滑り込んだ足がキャッチャーの両足をくぐって逆転のホームに届いた。

しかし、この回はさらに満塁としたが、三者残塁に終る。リードはたった1点。「1点しかリードできなかったことが、明暗をわけるんじゃないだろうか」と思った。少なくともホークスのファンと選手たちは間違いなく、「勢いはある」「1点くらい射程圏内」と思っていただろう。
でも今年ロッテの進撃を牽引したのは投手陣だった。8回は薮田が、二死のあとニ連続四球を出すもノーヒット無失点に抑える。

そして最終戦最終回のマウンドに立ったのは小林雅!
あの第三戦の9回裏、決して小林雅ひとりのせいではなかったとはいえ、結果的には4点ものリードから試合をぶち壊し優勝を逃がした彼に、ボビーはマウンドを託した。

小林雅は第三戦のあと家に電話したとき、6歳の娘さんから「ばか!」と言われ、へたな励ましよりも気持ちの切り替えがついたという。その切り替えとやらが実を結んだ。先頭を歩かせ犠打で得点圏に同点のランナーを進められたものの、内野フライで二死。そして最後の打者が打ち上げた瞬間、バッテリーが両手をあげて飛びあがった。レフト井上がウィニングボールをつかみ、グローブを高くかかげたままマウンドに走りよる。

ボビーは、「小林雅に賭けた」のだろうか。それとも「小林雅を信じた」のだろうか。
小林雅は、「もしまた失敗したら」と思わなかっただろうか。
井上は、「もしも落球したら」と手が縮まなかっただろうか。
四回までで3度もダブルプレーをとられたとき、「やっぱりだめか」とあきらめかけなかったのだろうか。
たぶん、そんなことはなかったのだろう。「もしかしたらダメかも」なんて思いもしない連中の舞台なんだろう。たぶん、第三戦のホークスもそうだったのだろう。

いかにも「慣れてません」という感じの、ぎこちない胴上げだった。翌18日、キヨスクで買ったスポーツ紙は6紙とも、一面トップは胴上げされるボビーだった。その左手には、井上から渡されたウイニングボールが握られていた。
でも一番よかった写真は、デイリーヨミウリのスポーツ面トップの、8回にホームインした初芝と福浦の満面の笑顔だと思う。

日本シリーズ

セリーグの覇者は阪神タイガース。言わずと知れた、2年前の「忘れ物」を取りに来た軍団だ。意気込みという点では、マリーンズ以上だろう。がしかし。

史上初めて千葉県内での日本シリーズとなった第1戦は、2桁得点ののちマリーンズの濃霧コールドとなった。雰囲気としてはそれほどワンサイドに感じなかったが気がついてみたら大量得点、という感じ。点差ほどの力の差はなかったと思うが、微妙なところで、実戦を遠ざかっていた不利がタイガースに出たか。負けは仕方ないからもう一巡打席に立たせてやりたかったという岡田監督の気持ちはよくわかる。もっともマリーンズファンとしては、9回までやったらどれくらい得点できただろうという点に興味はしぼられるが。

往々にして、大量得点の翌日はボロボロになりやすいという。がしかし、マリーンズにはそんな迷信は通用しなかった。第2戦はまたも二桁得点。ホームで2勝したのみならず、スコアボードだけを見れば圧倒的な差を見せ付けた。

そうしてむかえた第三戦。場所を甲子園に移しての戦いで思い出すのは一昨年のタイガース対ホークスの日本シリーズ。ともに熱いファンを持つ同士、どちらもアウェイでは勝つことができず、結局はホームゲームの数が多いホークスが勝ったわけだが、今年はどうか。「アウェイでひとつ勝った方が勝ち」という展開もありえるか?
しかしマリーンズはプレイオフ第2ラウンドの福岡ドームで、観客のほぼすべてが熱狂的な敵側応援団という状況を経験していた。結果は3試合連続2桁得点で王手をかけてしまった。

こうなればもう、マリーンズを止めるものはなかった。岡田監督はじめタイガース側からは「開き直るしかない」との声が聞こえたが、それはつまり戦略や戦術ではもう勝ち目が薄い、精神論でなんとかするしかないという表明でもあったわけだ。
第4戦は、スコアボード上は競った展開になった。しかしマリーンズ1点リードで迎えた最終回、マウンドにのぼった小林雅にはプレイオフ第2ラウンド第3戦の経験があった。ここまでくればあとはもうシナリオどおりだった。千葉ロッテマリーンズは4連勝で31年ぶりに日本一の栄冠を手にした。

今年のマリーンズは、ルールに助けられたところも大きい。
プレイオフ第1ラウンドのライオンズ戦はシーズン中の成績の通りの勝利だった。
第2ラウンドは、待たされた小次郎ホークスが待たせた武蔵マリーンズに敗れたといっていいだろう。シーズン終盤、ついにマリーンズはホークスをとらえるどころか肝心なところでの黒星で、5ゲーム以上の差をつけられてプレイオフでビハインドをつけられてもおかしくなかった。あれが両チームの真の実力だろう。
日本シリーズも、今年から始まったセパ交流戦のおかげでマリーンズは甲子園での実戦を経験済みだった。
どれか一つでも欠けていたなら、優勝できなかったとはいわないまでも、もっと苦しい戦いになったことは間違いないだろう。

でもルールに助けられたことだけで優勝できたわけではない。たとえば「もしライオンズが2位、マリーンズが3位だったとしたら」という仮定も可能なわけだが、マリーンズは実力でシーズン2位となり、日本一まで駆け上がったんだ。

ボビー・マジック

これを評して「ボビー・マジック」という言葉もはやった。確かにボビー・バレンタイン監督の采配はみごとだったけど、でもそれはマジックではない。あるメディアはマジックではなくロジックだと書いたが、まさしくそのとおりだと思う。
ある意味で冷徹なまでに、計算し尽くしたオーダーで試合に臨んだ。その結果が100通りを優に超えるスターティングメンバーであって、マジックでもなんでもない。たとえば「あれだけ打った選手が、打率ランキングに名前がない」と思うなら、そこにボビーの冷徹さの一端が現れていると思う。はげしいオーダーの組換えのために規定打席に到達しない、野球離れした「フォア・ザ・チーム」だ。
平均点がベターな選手で打線を組むチームでは、一軍登録者を総動員した中からその瞬間にベストな状態の選手を出すマリーンズにはなかなか勝てまい。

なにごとにつけ、キャッチフレーズというか、レッテルを貼ってしまって、それ以上は考えようとしないのが日本のマスコミによって、「ボビー・マジック」という言葉に幻惑されたのではないだろうか。この言葉によって、「采配が『適切』だったのではなく『当たった』のだ。戦略ではなく魔法だ」という印象を与え、ファンも敵チームもマスコミ自身をも煙に巻かれたんじゃないだろうか。

初代アジア王者

「采配ミス」と呼ばれるのはたいてい、監督が打った手に選手が応えられなかった場面だ。将棋であれば「香車はまっすぐ進むものであり、だから香車をここに打てばこういう展開になる」というのが決まってくるが、将棋の駒と野球の選手とは違う。野球で「この選手を打線のここに配置すればこういう展開になる」というのは決まっていない。
しかし今年のマリーンズほど監督が選手を把握していれば、「一手」がもたらす結果をかなり想定に近づけられるだろう。もともとの日本の野球のレベルの高さに加えて、日本代表がそのような千葉ロッテマリーンズだったからこそ、まったく危なげなくアジアチャンピオンとなることができたんだと思う。

はっきりいって、アジアシリーズよりも日本シリーズのほうがドキドキしたし、日本シリーズよりもパリーグプレイオフ第2ラウンドのほうが興奮した。それはプレイオフ第2ラウンドがギリギリの展開でようやくつかんだ勝利と見えたこともあるだろうけれど、日本シリーズも結局は勝つだろうと思えてしまったこと、ましてアジアシリーズなんか勝つに決まっていると、結果が見えてしまったことで興味がいつのまにか薄れてしまったような気がする。

とはいえ、初代アジア王者というのは歴史に残る。
たとえばNFL。「去年、どこがスーパーボウルで勝ったか」は、勝ったチームのファンしか覚えていないかもしれないが、少しNFLを知っている人なら、スーパーボウルの第1回と第2回の勝者がグリーンベイ・パッカーズだということは知っているだろう。
今後、アジアシリーズの存在は年をおうごとに大きくなるだろう。野球がオリンピック種目から外れることで、なおさらアジアシリーズは重くなって行くに違いない。
想像してみよう。何十年か経った頃、球史の「アジアシリーズの歴代優勝チーム」のページの一番上に輝いているのは、千葉ロッテマリーンズという名前なんだ。