「春秋」5月3日の記事。元の記事→http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/20040502MS3M0200N02052004.html
社説 憲法改正の機は熟しつつある(5/3)
憲法改正の機運が盛り上がってきた。日本経済新聞の4月の世論調査では55%の人が憲法を改正すべきだと答えている。自民、民主、公明の主要政党は具体的な憲法改正案作りに動き出した。現行憲法は悲惨な敗戦に打ちひしがれた日本に平和と繁栄をもたらした非常に優れた憲法である。しかし、どんなに優れた憲法でも時代の流れとともにほころびや足りないところも目立つようになる。わたしたちも制定から60年近くが経過した現行憲法を改正する機が熟しつつあると考える。 憲法を制定・改正する権限は主権者である国民にある。国会が改正を発議しても国民投票で過半数が賛成しなければ改正は実現しない。憲法改正のプロセスは国民の主権者としての自覚を促し、国民が国のあり方を真剣に考えるよい機会になる。 各党間で憲法の前文を全面的に改訂することが検討されている。いまの前文は内容が古めかしく、翻訳調の表現で読みにくい。21世紀の日本にふさわしい簡潔な前文が望まれる。前文に限らず、憲法の条文には時代にそぐわない表現や日本語として適さない表記が散見する。条文全体を改めて点検し、正しい日本語で国民にわかりやすい憲法にすることが大事である。 |
5月3日付・読売社説。元の記事は→http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20040502ig90.htm
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5月3日付・読売社説 [憲法記念日]「『新憲法』を政治日程に乗せよ」 ◆成熟した憲法感覚◆ 二十一世紀最初の十年の後半は、戦後の憲法論議の歴史を画した時期として、長く記憶されるかもしれない。 何よりも、国民の憲法意識が大きく変化した。読売新聞の今年三月の憲法世論調査では、65%の人が「憲法を改正した方がよい」と答えた。国民のほぼ三分の二である。 冷戦後、間もない一九九一年までは改正反対が賛成を大きく上回っていた。だが、九三年には逆転し、九八年以降は改正賛成が常に半数を超えている。改正賛成65%は過去最高の数字である。 かつて、冷戦下の保革対決の時代、左翼など「護憲原理主義」勢力の前に、憲法改正は口にすることすら、長くタブー視された。今や、そんな憲法感覚は、とうに過去のものとなっている。 憲法の規定と現実との乖離(かいり)は、深まる一方だ。 国際平和協力活動のために自衛隊を海外に派遣するようなことは、憲法制定時には夢想だにされなかったことだ。 集団的自衛権を行使できないとする政府の憲法解釈は、安全保障政策や自衛隊を活用した国際平和協力活動を制約してきた。国際情勢や日本の安全保障環境が大きく変化している時、これでは、日本の国益を守ることはできない。 基本的人権も、社会の大きな変化によって、人格・プライバシー権や環境権など新たな権利概念が登場している。 権利と義務とのバランスを欠き、公共性、正義などの観念が揺らいでいる。社会の共同性を支える基盤が失われつつある、との危機感も広がっている。 現在の憲法の解釈や運用だけでは、これからの時代に対応できない、という認識は、広く国民に浸透している。 ◆憲法常任委の設置を◆ 国民の憲法意識の変化に押されるように、主要政党が憲法改正へ具体的に動き出している。 画期的なのは、野党第一党の民主党が九条もタブー視せず、参院選前に中間報告をし、二〇〇六年までには憲法改正案を策定する、としていることだ。かつての社会党などとは異なり、今日の野党の一定の成熟を示すものだろう。 自民党は、六月には論点整理をし、結党五十年の二〇〇五年十一月までに新憲法草案を策定する。公明党も参院選前に論点整理を行う。衆参両院の憲法調査会は来年初めにも最終報告をまとめる。 自民党は、国会の憲法調査会が役割を終えた後、憲法改正案の審査などを行う常任委員会を衆参両院に設置するよう提案している。強く支持したい。超党派で早期に、憲法委員会設置のための国会法改正を図る必要がある。 憲法をめぐる国民の意識や政治の動向を見れば、今まさに、憲法改正を具体的な政治日程に乗せるべき時にある。夏の参院選では、各党とも、新たな憲法の姿を提示し、争点とすべきである。 ◆読売試案もたたき台に◆ 読売新聞が、一九九四年、二〇〇〇年に続き、憲法改正二〇〇四年試案を提言したのは、この大きな節目にあって、国会の論議や、国民的な議論のためのたたき台を提供したいという考えからだ。 国家や社会のあり方、「公と個」、公共性などをどうとらえるかは、憲法論議の根幹にかかわる。 憲法前文は、九四年試案で、「民族の長い歴史と伝統」などの文言を入れ、簡潔なものに書き換えた。二〇〇四年試案はさらに、「個人の自律と相互の協力」「公正な社会」の視点を加え、国、社会の理念をより明確にした。 様々な社会問題が生じている根幹には「家族の崩壊」があると言われる。家族条項を設けたのは、社会の基礎としての家族の重要性を再確認するためだ。 九四年試案では、「国際協力」の章を設け、「国際的機構の活動」への自衛隊参加をうたった。二〇〇四年試案は、これに「国際の平和と安全の維持及び回復並びに人道的支援のための国際的な共同活動」を加えた。 自衛隊のイラク派遣が示すように、自衛隊が国際平和協力活動に果たす役割は大きい。イラク戦争などで露呈した国連の機能不全を考えれば、「国際的機構の活動」への参加だけでは十分な役割を果たせない。 ◆国家像を描く責任◆ 二十一世紀に入って、国際社会も日本も、加速度的に変化している。歴史的な大転換期にあって、十年は無論、数年先すら見通すのは至難のことだ。 イラク情勢はじめ、国際社会の動向は不透明だ。冷戦後、新たな国際秩序はいまだに確立されてはいない。 日本経済は、なお本格的な回復軌道に乗ってはいない。年金など社会保障制度の安定した将来像も見えない。治安の悪化など社会不安も増している。 憲法は、国家像、社会像を体現する基本法制だ。不透明な変化の時代だからこそ、国家、国民の指針となる新たな憲法の制定を急がなければならない。 |
「主張」5月4日の記事。元の記事→http://www.sankei.co.jp/news/040502/morning/editoria.htm
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【主張】憲法記念日 緊急性ます9条見直し 教育基本法の改正と両輪で 憲法施行から五十七周年の憲法記念日をあす迎える。憲法をめぐる現況は様変わりしている。憲法改正が初めて現実味を帯びてきたからだ。 自民、民主両党が期限を切って憲法改正案の策定を約束したためである。両党とも改正案の具体化を急ぎ、共同して改正の実現を図るべきだ。 ≪自衛隊を活かせぬ体制≫ 現行憲法が想定した世界と現実との乖離(かいり)は覆うべくもなく、憲法体系の早急な見直しが必要なためである。イラク派遣自衛隊に課せられている、憲法に基づく制約要因も現実に適合していない。放置は許されない。 憲法見直しは、戦後日本のあり様を転換する歴史的な大事業だ。問われるのは、憲法が体現する新たな日本の国家像である。そのためには政治家の気概と構想力、そして国民の支持が欠かせない。新憲法を創り出す日本人の精神が試されている。 国際テロや大量破壊兵器など、今の日本の安全を脅かす事態を、憲法はまったく想定していない。それどころか、問題は、こうした脅威に対し、現憲法下では日本が総力を挙げて対処することが難しいことだ。 最大の要因は、「戦力不保持」などを規定した憲法九条によって、自衛隊が国内的には軍隊としての地位や権限を与えられていないため、その活用ができないことにつきる。 イラク派遣自衛隊がテロリストに攻撃されても、武器の使用が正当防衛・緊急避難に限られるのはその一例だ。憲法九条により海外での武力行使は禁じるとの解釈があるためでもある。 だが、こうした制約がある限り、国際社会の平和と安全の確保のために求められる安全保障上の役割を日本はなにも果たせない。自衛隊は外国の軍隊に警護され続けるしかない。 それ以上に自衛隊駐屯地を警備するオランダ軍が攻撃されても、自衛隊が部隊として応戦するのは許されないので傍観したとすれば、国際社会はどう見るのだろうか。 集団的自衛権の権利は有するが、行使は許されないという奇妙な解釈や、その場しのぎの現実離れした立法措置ではもはや限界ということを国民の多くが気付いているのではないか。 フジテレビ「報道2001」による二月二十六日調査は「改正すべきだ」が65%を示した。最近の各種世論調査はそろって改正派が多数を占め、国民の認識の深まりを反映している。 核心は九条の改正だ。憲法改正案を来年十一月の結党五十周年までに策定する自民党、憲法制定六十年の平成十八年とする民主党も、九条改正への明確な意思を示すに至っていない。 それは、国の骨格ともいえる九条の見直しと新たな国家像作りが表裏一体にもかかわらず、国家像をどうするかの党内合意ができていないためだ。 その中で自民党憲法調査会の憲法改正プロジェクトチームは、新たな憲法前文に「健全な愛国心」「日本の文化・伝統・国柄」を盛り込むことに加え、国際協力への積極参加、自衛隊の存在明記を打ち出すなど、改憲のたたき台を示しつつある。 教育基本法も国の根本法規であり、新しい国造りには改正が不可欠だ。憲法と車の両輪で「愛国心」を軸に見直し作業を急がなくてはならない。 基本政策で相違点を抱える民主党にとっては九条への対応が政権政党を担えるかどうかの試金石になる。 各党とも参院選では国家像の提示まで踏み込んでほしい。 改正案の発議には衆参両院の三分の二以上の賛成が必要だ。自民党と民主党が共同で発議できるかどうかに改憲の成否がかかる。国会に設置された憲法調査会は来年五月に最終報告をまとめるが、こうした論議を通じた現実的な歩み寄りを期待したい。 ≪首相は不退転の決意で≫ だが、国民投票法案などの手続き法はいまだに未整備のまま放置され、今国会の提出すら危ぶまれている。小泉純一郎首相は昨秋、同法案の今国会成立を指示したのではなかったか。 改憲が政治日程にのぼりつつあるのも首相が改憲案作りを指示したためだ。ただ首相は任期中に改憲はしないと表明した。憲法改正こそが最大の構造改革であり、最後まで成し遂げようというのが小泉流ではあるまいか。
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5月3日の記事。元の記事→http://www.mainichi-msn.co.jp/column/shasetsu/news/20040503ddm005070162000c.html
社説:
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5月3日の記事。元の記事→http://www.asahi.com/paper/editorial20040503.html
■憲法記念日に思う――多彩な民意を直視してあと3年で還暦を迎えるのだから、なかなかのものではないか。57回目の誕生日を迎えた日本国憲法である。少しの修正もされぬまま、よく頑張ってきた。 だが、人間なら定年退職に近い年だ。激変の時代でもある。そろそろ発想転換が必要なのかもしれない。そんな気分もあってか、朝日新聞の世論調査では「憲法を改正する必要がある」と考える人がついに5割を超えた。 しかも、20〜30代では改憲派が6割を超えている。理由は「新しい権利や制度を盛り込む」が断然トップ。若い人を中心に、もっと自分たちの感覚に合う憲法にしたいと思う人が増えたのだろう。 ●権利か、それとも責務か なるほど、憲法が生まれた頃とは時代状況がまったく異なる。冷戦時代とも、高度成長の頃とも違う。新憲法に輝きを与えた「民主」にはいまさらありがたみを感じず、「平和」も少しややこしくなった。条文も旧仮名づかいでピンとこない……。そんなところではないか。 改憲か護憲か。かつて宗教争いにも似た火花を散らした対立も、ちょっと様子が変わってきた。何よりも、改憲論の中身が多様になったからだろう。 「新しい権利」を求める声がその表れだ。環境とかプライバシー、知る権利などを盛り込もうという、むしろ護憲的な感覚といってもよい。従来の改憲派が「国家への責任」や「義務」に熱心なのとは明らかに方向が違う。「官より民」の憲法を、自分たちでつくろうという市民活動もある。 最大の焦点である9条はどうだろう。「戦争放棄」の原則は問題ないとして、「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」という部分で意見が割れる。 自衛隊を創設して間もなく50年。自衛や災害に備えるのが目的であり、軍隊や戦力にはあたらないという解釈のもと、自衛隊はすっかり当たり前の存在になった。海外での国連平和維持活動(PKO)への参加も回を重ね、国民の理解は深まった。 ●まだら模様の改憲と護憲 だが、成長した自衛隊はいまや世界で屈指の戦力であり、立派な軍隊ではないか、憲法はごまかしが過ぎる。そんな声も強まってきた。「9・11」のあとは、インド洋上へ、イラクへと、大きな議論の末、PKOの枠を超えた自衛隊の海外派遣も続いた。 それが改憲論にもつながるのだが、目を引くのはここでも「護憲的改憲論」の台頭だ。憲法に自衛隊の存在を明記しつつ、役割に歯止めをはっきりかけよう、といった発想である。それも一つの考え方に違いない。国連軍的な部隊への参加を明記する考え方もある。増えた9条改正論も、中身は幅が広がった。護憲と改憲はまだら模様になっている。 しかし、それでも9条の改正となると「反対」の人がまだまだ多数派だ。少々の矛盾はあろうとも、「過去の戦争に深い反省を示した証しだから」「変えたらますます軍拡に向かう」「アジアの国々に警戒心を与えたくない」。国民に根強いそんな考えは大事にしたい。 戦火のやまぬイラクに自衛隊が派遣されて3カ月。心配された事態は幸い起きてないが、代わりに用心深く宿営地に引きこもりがちで、看板の「人道支援」も思うに任せない。皮肉なことだが、そんな姿勢によって、「勇猛」だった旧日本軍との違いを世界にアピールしているのなら、それは9条の精神にかなうのかもしれない。 だが、武装勢力が「撤退」を求めて日本人を人質にしたように、「米国支援」という自衛隊派遣の本音は隠しようもない。この先、もし襲われ、撃ち合いになったりしたらどうなるか。憲法との関係はなお危うい縁にある。 そんななか、9条改正によって堂々と軍隊の存在を認め、れっきとした米国の同盟軍にしようという考えが自民党などに根強い。これが改憲論の核ともいえるのだが、国民多数の気持ちを読み違えていないか。 ●生きている平和ブランド 自衛隊はよいが、あっさりそれを軍隊というのはどうか。日米安保条約は重要だが、英国軍のように米国と一緒になって外国で戦争するのはごめんだ。国連との協調はもっと大切に……。世論調査からうかがえるのも、そんな常識的な民意である。 自衛隊の人道支援をサマワの市民は歓迎した。一方、武装勢力は日本の世論も考えて人質解放に踏み切った。 そこに共通しているのは、中東で手を汚したことのない日本への好意的なまなざしではないか。原爆の悲惨さも背景に、60年近く培ってきた「平和ブランド」は日本の財産に違いない。 自民党も民主党も1、2年内に改憲の具体案を作るという。権利と義務。平和ブランドと国際貢献。日米安保と国連。議論がこれほど交錯するなか、知恵の輪を解くような作業だろう。 だからこそ、大いに議論してほしい。各党が国や社会のありようを根本から考えるのはよいことだ。国民にとっては政党をよく見定めるチャンスでもある。 そしてまた、自分たちの頭でじっくり考える機会にしたい。 |
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