聖霊降臨日[せいれいこうりんび WhitsundayまたはWhit Sunday]

分類

キリスト教のイベントです。

時期

復活祭の7週後(50日目)の日曜日。

意味

読んで字のごとく、聖霊が降臨した日を記念します。

ペンテコステとも呼ばれますが、これはギリシャ語で「50日目/50番目」という意味で、聖書では「五旬祭(ごじゅんさい)」と表記されています。(「ペンテコステ」の意味が「聖霊降臨日」なのではなく、「ペンテコステ(五旬祭)」の日に「聖霊降臨」が起きたのです)

キリストが十字架で処刑されたのは過ぎ越し祭の期間中のことでした。そののちキリストは、三日目によみがえり、それから40日間にわたって弟子たちを教えたあと、天にあがっていったのです。
そしてその1週間後の五旬祭の日、"救い主"キリストに代わってこの世に来たのが、"助け主(たすけぬし)"あるいは"弁護者"と呼ばれる、聖霊という神なのです。

聖霊は世界が始まる前から「父」「子(キリスト)」とともに存在した神です(神が3人なのではありません。父なる神、子なる神、聖霊なる神がそれぞれ独立して存在して、けれど唯一の神なのです)。
ですから、キリストがイエスとして生れる前から存在してこの世と関わっていたように(*1)、聖霊も聖霊降臨日より昔からこの世と関わっていました(*2)。つまり、この日に初めて聖霊が降臨したわけではありません。しかしこの日の聖霊の降臨はとても重要なのです。
というのは、旧約聖書全体をとおして「父」が預言していたことの実現として「子」キリストが(以前から存在していたけれどあらためて)クリスマスに世にあらわれたように、ヨハネ福音書14章16-17でキリストが予告していたことの実現として「聖霊」が(以前から存在していたけれどあらためて)聖霊降臨日に世にあらわれたからです。
だから聖霊降臨日はクリスマスと並んで、復活祭(イースター)とともにキリスト教3大祭なのです。

英語のWhitsunday(Whit Sunday)は、「白衣の日曜日(White-Sunday)」の意味で、この日に洗礼【バプテスマ】式が多く行われ、受洗者が白衣を着用したことからだそうです。聖書では、聖霊に満たされたペトロたちによるキリストについての証言を聞いて、5千人もの人がこの日にキリストを信じて洗礼を受けたと記録されています。

聖書の言葉

わたし(キリスト)は父にお願いしよう。父は別の弁護者を遣わして、永遠にあなたがたと一緒にいるようにしてくださる。この方は、真理の霊である。
ヨハネ福音書14章16節〜17節
五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。すると、一同は聖霊に満たされ、“霊”が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。
使徒言行録2章1節〜4節

関連する祭り

復活祭[ふっかつさい Easter]

五旬祭[ごじゅんさい ペンテコステ]

*1:キリストが、イエスとして生まれる前から、この世と関わっていたことを示す聖書の言葉

天地創造の前に、神はわたしたちを愛して、御自分の前で聖なる者、汚れのない者にしようと、キリストにおいてお選びになりました。
エフェソの信徒への手紙1章4
唯一の主、イエス・キリストがおられ、万物はこの主によって存在し、わたしたちもこの主によって存在しているのです。
コリントの信徒への手紙一8:6

*2:聖霊が、聖霊降臨日より前から、この世と関わっていたことを示す聖書の言葉

預言は、決して人間の意志に基づいて語られたのではなく、人々が聖霊に導かれて神からの言葉を語ったものだからです。
ペトロの第二の手紙1章21
聖霊によらなければ、だれも「イエスは主である」とは言えないのです。
コリントの信徒への手紙一12章3(ペンテコステ以前に、12弟子や一部の人々も、聖霊によってイエスを主と呼んだ)