日本のイベントです。
9月の第3月曜日。
読んで字のごとく、老人を敬う日。最近は老人と呼ばれるのを嫌う方も少なくないようですが、年長者を敬う日とでもいいましょうか。ともかく「いたわる」とか、まして「はれものにさわるように扱う」のではなく、「敬う日」です。祝日法ではこの日を次のように定めています。
第二条 「国民の祝日」を次のように定める。
(中略)
敬老の日 九月第三月曜日 多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う。
(以下略)
ところで「キリスト教はご先祖様を大事にしない」などと言われることがありますが、ご先祖様を大切にするのは日本人の特許というわけではありません。ただひとつ、ご先祖様をおがまないということが違うだけなのです。おがむのは創造者である神だけで、それとご先祖様を大事にしないということは全然関係ありません。
ちょっと脱線しました。すでに天国(あるいはその逆)へ行った人が、戻ってくることはないと考えているから、お盆のようなことは考えないけれど、故人を偲ぶという思いはクリスチャンだって強いのです。
その証拠に、聖書には多くの人の系図も掲載されています。創造者ヤハウェもしばしば「私はあなたの先祖の神である」と名乗っています。ご先祖様を愛し、守り導いてくださった神が、私のことも同様に扱ってくださるということです。キリスト教はご先祖様を大事にしないどころか、ちゃんと「ご先祖様あっての私」と感謝しているのです。
すでに他界したご先祖様にさえそれほどの思いを持ちますから、先祖のうちでももっと自分に近い方々にはなおさら、愛情と尊敬を持つのが自然でしょう。年長者はただ年長者であるというだけで尊敬されるべきだと、聖書は教えています。教えているというより、神ヤハウェ自身が「神に対する畏敬と同様に、老人に対する畏敬を持たなければならない」と言っています。というか、命令しているのです。
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作成 2004年11月10日 更新 2007年7月30日 |