今日は何の日
復活祭

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分類
キリスト教のイベント。
時期
3月21日の直後の満月の次の日曜日。
英語表記
Easter Sunday

筆者は、キリストの遺体がおさめられたとされる地に建てられた聖墳墓教会【せいふんぼ】に行ったことがあります。そこには「キリストの遺体が安置された」と言われる大理石の板がありました。
本当にそこがキリストの墓だったという証拠はないし、そもそも大理石の板なんかだったわけない、と思いながらも「神キリストが地上に現れ、私のために死んで葬られ、私のためによみがえられた」ということを実感しました。

死者の復活というと、普通は「そんな非科学的なことがあるわけない。2千年も前の、科学が未発達な時代の人たちだから信じたんだ」と思うでしょう。でも、2千年前だろうと何千年前だろうと、死というものの確かさは変わりません。たとえば使徒パウロがローマの学問の中心だったギリシャに行った時、最初は喜んでパウロの話を聞いていた人々が、キリストの復活の話しになったとたんにあざ笑いながら去って行った様子が聖書に記録されています。現代人が「死者の復活などありえない」と思うのと同様に、当時もそうだったのです。

しかし、キリストの復活が事実だったという証拠がひとつあります。現代までキリスト教が伝わっているという事実がその証拠です。
キリストの弟子たちは、漁師や徴税人などフツーの人々でした。彼らは師キリストが逮捕されたとたん蜘蛛の子を散らすように逃げてしまい、キリストが処刑された後は「次は自分たちの番か」と恐れながら隠れて暮らしたり、故郷に帰って漁師に戻ったりしたのです。キリストには、その死の時点では、教えを後世に伝えてくれる者などいなかったのです。
そんな臆病で頼りない、どこをどうとってもフツーでしかなかった弟子たちが、ある時を境に一変しています。逃げ回っていたはずが堂々と広場でキリストを伝え、文字通り死をも恐れず、本当に殉教していったのです。そして彼らによって、キリストの言葉は伝えられ、今日にいたっているのです。

一体、何が彼らを変えたのか。キリストの復活を否定する学者でさえ「とんでもないできごとが彼らにインパクトを与えたことだけは否定できない」としています。その何かとは、一体なんだったのか。
英雄でもなんでもないフツーの者が、死をも恐れず(彼らの多くは殉教死します)語るようになるには、ふたつのケースしか考えられません。彼らが知ってしまったことが、殺されるよりも黙っているほうが恐ろしいようなことだったか、殺されてもいいから人に教えたいと思うようなことだったか、どちらかです。


聖書の言葉

若者(天使)は言った。「驚くことはない。あなたがたは十字架につけられたナザレのイエスを捜しているが、あの方は復活なさって、ここにはおられない。御覧なさい。お納めした場所である。
(マルコ福音書16章6節)


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作成:2004年9月1日

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