| 西暦 | 日付 | できごと |
|---|---|---|
| 日本が降伏文書に調印し大戦終結。米国がヤルタ協定に基づいて進駐し、38度線をはさんで南北に分割し軍政を敷いた。 | ||
| 2月 | 金日成を中心とした共産勢力が「朝鮮臨時人民委員会」を樹立。 | |
| 6月 | 李承晩を中心に「南朝鮮過渡政府」を樹立。 | |
| 李承晩が北半部を無視して大韓民国の成立を宣言。 | ||
| 金日成が朝鮮民主主義人民共和国を成立。 | ||
| ソ連軍撤退。 | ||
| 6月 | 米軍撤退。 | |
| 1月 | 米韓軍事協定。 | |
| 6月25日 | 朝鮮人民軍が38度線を越境、南半部へ侵攻。 |
日本の歴史というわけじゃないけど、「同じ民族である朝鮮が南北に分断されているのは日本のせい」「離散家族の悲哀は日本のせい」という人がいたので調べてみました。けど、こうしてみると、南北分断も日本のせいだというのは納得できないな。何か、これだけでは見えない歴史的事実があるのだろうか。
離散家族にしても、北が南に攻めこんできたときに、南に住んでいた人たちが北の兵隊になったからということらしい。つまり南の人が北の兵隊になって北に行った、というわけだ。
「日本のせい」というからには、そういわれるだけの理由があるのだろうから、もう少ししらべてみるかな。もっとも、「悪いことはみんな外国のせいにする」というのは、国内に不満をかかえる国がよく使う手だけどね。
| 作成 2005年11月8日 |