ピンポイント年表「朝鮮半島の南北分断」

表1:朝鮮半島の南北分断
西暦日付できごと
1945年 9月2日 日本が降伏文書に調印し大戦終結。米国がヤルタ協定に基づいて進駐し、38度線をはさんで南北に分割し軍政を敷いた。
1946年 2月 金日成を中心とした共産勢力が「朝鮮臨時人民委員会」を樹立。
1947年 6月 李承晩を中心に「南朝鮮過渡政府」を樹立。
1948年 8月13日 李承晩が北半部を無視して大韓民国の成立を宣言。
9月9日 金日成が朝鮮民主主義人民共和国を成立。
12月 ソ連軍撤退。
1949年 6月 米軍撤退。
1950年 1月 米韓軍事協定。
6月25日 朝鮮人民軍が38度線を越境、南半部へ侵攻。

日本の歴史というわけじゃないけど、「同じ民族である朝鮮が南北に分断されているのは日本のせい」「離散家族の悲哀は日本のせい」という人がいたので調べてみました。けど、こうしてみると、南北分断も日本のせいだというのは納得できないな。何か、これだけでは見えない歴史的事実があるのだろうか。

離散家族にしても、北が南に攻めこんできたときに、南に住んでいた人たちが北の兵隊になったからということらしい。つまり南の人が北の兵隊になって北に行った、というわけだ。

「日本のせい」というからには、そういわれるだけの理由があるのだろうから、もう少ししらべてみるかな。もっとも、「悪いことはみんな外国のせいにする」というのは、国内に不満をかかえる国がよく使う手だけどね。