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イスラエルに関する聖書の言葉

異邦人(ユダヤ人以外のすべての民族・国民。日本人を含む)に対して聖書は、イスラエルとどのように関われと言っているのか? という観点から聖書を見てみます。

中東和平について

平和を実現する人々は、幸いである、
その人たちは神の子と呼ばれる。
[マタイによる福音書 5章9]
イエスが教えたいわゆる「山上の垂訓」(「山上の教え」「山上の説教」とも)の中でも特に有名な、「八福=8つの幸い」の一つです。

平和を願って、これを追い求めよ。[ペトロの手紙I 3章11]
イエスは、再びイエス自身が世に来るまで戦争がなくなることはないと明言しました。しかしそれでも私たちは、戦いに反対し続け、平和を願い追い求め続けることを求められているのです。

エルサレムの平和を求めよう。
「あなたを愛する人々に平安があるように。
 あなたの城壁のうちに平和があるように。
 あなたの城郭のうちに平安があるように。」
[詩篇 122篇6~7]

現代、エルサレムはユダヤ教徒とイスラム教徒が聖地として奪い合い、イスラエルとパレスチナ自治政府がともに首都と主張しています。エルサレムの分割もたびたびテーブルに乗ります。
これは難しい問題です。エルサレムは、ヤハウェがその名を置くために選んだ地。それを分割することはヤハウェの名を切り刻むこと?
だったらどうしたらいいのか? 世界中の誰にも、どこの指導者にもどんな賢者にもわかりません。それでも、エルサレムの平和を求めよと奨められているのです。

どうすれば実現するのかはわかりません。ただ言えることは、
エルサレムに平和が訪れる時とは、「エルサレムを愛するユダヤ」と「エルサレムを愛するイスラム」の間に平和が訪れる時だということです。
さらには、ユダヤとイスラムを十字軍の名のもとに踏みにじった「エルサレムを愛するキリスト教徒」を、ユダヤとイスラムが赦す時です。
「あなた(エルサレム)を愛する人々」エルサレムを聖地とするユダヤ教、イスラム教、キリスト教に、平安があるように!

息子イサクとイシュマエルは、マクペラの洞穴に彼を葬った。[創世記25章9]

アブラハムの嫡男イサクと、イサクの異母兄イシュマエルが、アブラハムを葬った場面です。
聖書は、ヤハウェとアブラハムの契約が、イサクとその子孫ユダヤ人に受け継がれたと語ります。イスラムでは、イシュマエルこそアブラハムの嫡男でありその子孫がアラブ人であると言います。
ついでいうと、イサクの母サラと、イシュマエルの母ハガルは、非常に仲が悪かった。
けれど。
父アブラハムが死んだとき、イサクは、以前に追放されていたはずのイシュマエルとともに、父を葬っています。母たちの不仲に関わらず、二人は仲がよかったのではないでしょうか。
イサクの子孫がユダヤ人であり、イシュマエルの子孫がアラブ人であるというなら、どちらも「アブラハムの神である神」を神とする者。父祖イサクとイシュマエルのように手を取り合うことは未来永劫ありえない、なんてことはないはずと思いたいのです。

イスラエルにどう対応するかについて

慰めよ、わたしの民を慰めよと
あなたたちの神は言われる。
[イザヤ書 40章1]

「わたしの民」はイスラエルのこと。とすれば「あなたたち」はイスラエル以外でヤハウェに帰依した者たち=異邦人クリスチャンでしょう。

主はアブラムに言われた。
「…あなたを祝福する人をわたしは祝福し
 あなたを呪う者をわたしは呪う。
 地上の氏族はすべて
 あなたによって祝福に入る。」
[創世記 12章1~3]

(この言葉の確かさをわたしは経験から証言します。言葉で説明するのはとても難しいのですが。)

バラムは、イスラエルを祝福することが主の良いとされることであると悟り、…[民数記 24章1]
ある王がイスラエルと戦おうとして、占い師バラムに「イスラエルを呪え」と命じました。しかしバラムはイスラエルの宿営を見渡すと、ばく大な報酬を約束した王の命令に従ってイスラエルを呪うことがどうしてもできなくなってしまったのです。逆に祝福の言葉が彼の口から流れ出ました。しかも3度も。

雄獅子のように伏し
雌獅子のように横たわる彼らを
起き上がらせることができる者があろうか。
あなたを祝福する者は祝福され
あなたを呪う者は呪われる。
[民数記 24章9]
前述のバラムが、イスラエルを呪おうとしたときの言葉です。これを聞いた王はついに「敵に呪いをかけるために招いたのに、見よ、お前は三度も祝福した。自分の所に逃げ帰るがよい。お前を大いに優遇するつもりでいたが、主がそれを差し止められたのだ。」とキレることしかできませんでした。
現代においてイスラエルを呪う人々がいます。イランの大統領はイスラエルを地上から抹殺すると宣言し、ガザを支配する武装政党ハマスはイスラエルを滅ぼすことを党綱領にかかげています。イスラエルをまどろむことなく守る方によって、イスラエルへの敵意がイスラエルへの祝福へと変えられますように。

彼は呪うことを好んだのだから
呪いは彼自身に返るように。
祝福することを望まなかったのだから
祝福は彼を遠ざかるように。
[詩篇 109篇17]
ダビデ王が作詞した賛歌です。
日本では「情けは人のためならず」(人に情けをかけるのは、相手のためだけでない。いずれ回りまわって自分にかえってくるのだ)と言いますが、呪いも祝福も同様のようです。呪う者は呪われ、祝福しない者は祝福されないのです。
だったらダビデに返歌を返しましょう。
呪うことを好まない者が、
呪われることがないように。
祝福することを望む者に、
祝福が豊かにあるように。

作成:2008年2月9日
更新:2013年11月25日

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