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ユダヤ人・イスラエルと日本

日本と、ユダヤ人およびイスラエルの関係を、現在と歴史とから知るための情報集です。

イスラエルのための祈り

イスラエル国の独立宣言は1948年。ユダヤ人以外は世界の誰一人として信じていなかった、イスラエルの再建国でした。
ところがそれより以前から、「イスラエルのために祈れ」 と日本のクリスチャンに教えた一人の牧師がいました。

シオニズム運動と日本(下)

証言ビデオ:イスラエルへの祈り~時を越えて
無料でビデオ(VHS/DVD)が配布されています(作成料金と郵送料がカバーできる程度の献金(カンパ)が期待されてはいます)。

国際派日本人養成講座

ユダヤ人との関係において、日本人として誇りを持って記憶し続けたい、いくつかの名前があります。
たとえば、「命のビザ」で知られドラマにもなった外交官、杉原千畝。
たとえば、世界的に傑出したユダヤ人の名を顕彰するゴールデンブックに、部下の安江仙江大佐とともに名を刻まれた「偉大なる人道主義者、ゼネラル・樋口」こと樋口季一郎少将
「八紘一宇」(世界は一つ屋根の下の家族)とか「五族協和」は、現在ではタテマエとも言われますが、その精神を確かに実行した人たちがいました。そしてそれは決して少数派ではなかったのです。

2万人のユダヤ人を救った樋口少将(上)
2万人のユダヤ人を救った樋口少将(下)
人種平等を国是とする日本は、同盟国ナチスドイツのユダヤ人迫害政策に同調せず、ユダヤ人を保護。救われたユダヤ人達は戦後、樋口少将を戦犯の汚名から救うために立ち上がりました。

大日本帝国のユダヤ難民救出
人種平等の精神を国是とする大日本帝国が、ユダヤ難民救出に立ち上がりました。「八紘一宇」は決してタテマエではなかったのです。

ユダヤ難民の守護者、犬塚大佐
英米さえ、ユダヤ人に対して同情的ではあっても冷淡だった時代に、日本海軍が護る上海は、1万8千人のユダヤ難民の「楽園」だったのです。

命のビザ
ご存知、6千人のユダヤ人を救った日本人外交官、イスラエル政府から「諸国民の中の正義の人賞」を授けられた杉原千畝について。

届かなかった手紙 ~あるユダヤ人から杉原千畝へ~
現代のアメリカを代表する歴史家といわれる、ボストン大学のヒレル・レビン教授から杉原への祝福。

その他の、日本のイスラエルとのかかわりに関する情報

ウィキペディアを中心に紹介します。

樋口季一郎
前述の「ゼネラル樋口」について。

安江仙江
【やすえのりひろ】樋口少将の部下で、当時の陸軍内における「ユダヤ通」だった。

猶太人対策要綱
【ゆだやじんたいさくようこう】五相会議で決定された、ユダヤ人への対応方針。

外務省ユダヤ難民取り扱い規則

河豚計画
1930年代に日本で進められた、満州へのユダヤ難民移住計画。

中田重治
イスラエルのために祈ることを教えた牧師。

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作成:2008年2月9日

布忠.com