管理人の立ち位置

このサイトは、坂井信生が自分の考えなどを発信しているものです。もしこのサイトの内容によってあなたがなんらかの不利益をこうむったとしても(たとえば「鵜呑みにしたら恥をかいた」など)、当方では一切責任を持ちませんし、持てません。ということで何の補償もしませんし、できません。ただ「あえて不利益を与えようと思ってつくっているページはありません」ということは言えます。

管理人が信仰するキリスト教とは

このサイト内のキリスト教的な内容は、あくまでもキリスト教であって、キリスト教を参考にしてつくられた新しい宗教とは関係ありません。具体的に言うと、以下のような宗教とは混同しないようにしてください。

キリスト教といっても幅が広いのですが、「どんなクリスチャンか」ということについては、管理人の信仰告白のページをごらんいただければと思います。

聖書に対するスタンス

ご存知の方も多いと思いますが、キリスト教徒がいうところの「旧約聖書」は、ユダヤ教にとっても「聖書」です。また、イエスの言葉や旧約聖書に出てくる預言者の言葉、モーセの書などは、イスラム教においても重んじられていると聞きます。
ただ、当サイト管理人はキリスト教徒ですので、聖書についてもキリスト教視点で扱っています。

このため、ユダヤ教やイスラム教の方、あるいはそうした視点をご存知の方からは「かたよっている」と思われるかもしれませんが(実際にそのような指摘というか質問を受けたことがあります)、当サイト管理人はキリスト教徒であることをご理解ください。

ただしこれは、欧米流の解釈を無批判に受け入れているという意味ではありません。
無批判というのは言葉が悪いかもしれません。当サイト管理人は物心ついた頃から今に至るまでにお世話になった教会の神学から影響を受けていますし、日本の多くの教会は欧米での解釈を輸入している部分が大きいですし、そもそも神学は先達が積み上げてきた貴重な手掛かりであるとも思っています。
でもそうした神学によって、聖書の神みずから「わたしの民」と呼んだユダヤ人を迫害してきたし、今現在も反ユダヤ主義であることが信仰的と思っている(としか見えない)人たちも多く、そしてそのために聖書がわからなくなっていたり、無理な解釈をこねないといけなくなってる部分も大きいのです。
だから、まず聖書に聞き、わからないところは先達の残した知恵に聞くけれど、それをまた聖書に確認する、ということは外したくないと思っています。

当サイトのキリスト教関係のページもそれ以外も、無責任に書いているつもりはありませんし、ウソも書いていませんが、間違いがある可能性はあります。
それに私という人間も日々変化しています(本人は進歩しているつもりですが、後退している可能性だってあります)。「昔の高名な神学者がこう書いているから」ということで正解と思いたくはないからですが、その結果として考え方も日々変化しますし、それによってこのサイトの文章もどんどん変更していく可能性があります。
誰かのひとこと、一通のメール、一冊の本、一度の出会い、一本の報道によって、意見が180度変わることもありえるということです。とくにキリスト教関係のページは、今日聖書を読んでみたら、今まで気づかなかったことに気づいて解釈がまったく逆になった、なんてことはしょっちゅうです。

そういうわけで、ページ間で言ってることに矛盾が起きている可能性もありますが、その場合にはページの一番下に書いてある作成日または更新日が新しいほうが現在の管理人の考えだと思ってください。また、すでに公開しているものもときどき修正しています。もちろん解釈がかわった場合だけでなく、間違い、勘違い、誤解、誤認、早とちり、思い込みを直すこともあります。

作成:2002年12月15日
更新:2013年3月23日

布忠.com