タダイ
ただい
| 分類 | 人名。キリストの十二弟子(使徒)の一人。 |
|---|---|
| 別名 | ヤコブの子ユダ |
| 英語表記 | Thaddaeus |
名前について
タダイの由来は「母の胸」の意味のタドゥから。ある写本ではレバイ(「心」の意味のレーブから)とも呼ばれています。ユダが本名で、「母の胸」とか「心」と名づけられるような愛情豊かな人だった、というところでしょうか。
人物像
この人については、ヨハネ福音書14章にたったひとつ記録があります。
ここで彼はイエスに「主よ、あなたご自身をわたしたちにあらわそうとして、世にはあらわそうとされない(自分が神キリストであることを明確に表明しない)のはなぜですか」と尋ねています。これにイエスは、信じようとしない者には、救い主である自身をどのようにあらわしても信じようとしないのだよ、と答えました。
読み方によっては、タダイの質問は不誠実なものに思えるかもしれませんね。でも彼は別に「あなたは、信者に対してだけ神として君臨する教祖ですか」と言いたかったのではありません。
「神がいるというなら、見せてみろ」と言う人がいます。キリストを伝えようとしたクリスチャンで、このように言われた経験がある人も多いと思います。でも信仰というのは、個人の自由な選択にまかされるものです。イエスがキリストであることがあきらかに証明されてしまったあとは、もはや信じるか信じないかという問題ではなくなってしまうわけです。
聖書は[聖霊によらなければ、だれも「イエスは主である」とは言えないのです。]と宣言しています(コリントの信徒への手紙一12章3)。
イエスが神キリストであることを、(否定のしようがない事実として突きつけられてからではなくその前に)聖霊に示されて受け入れることが、信仰なのです。
イエスを最初に「世の罪を取り除く神の子羊」と呼んだ洗礼者ヨハネも、のちにイエスに対して「来るべき方(キリスト)はあなたなのですか」と問うていますが、この問いをイエスにぶつけ続け、そして聖霊によって答えを示され続けることが、キリスト教の信仰の真髄であるともいえます。タダイの問いとそれに対するイエスの答えには、これほどの意味が含まれているのです。
伝承では後にタダイは、エデッサの王アブガルスに伝道しに行ったと伝えられています。(エデッサというのがどこなのか調べられませんでした。ごめんなさい)
聖書の中の同名異人
ヤコブもユダも同名異人が多いです。ヤコブについてはゼベダイの子ヤコブの項を、ユダについてはイスカリオテのユダの項を参照。
この人にちなんだ名前
英語でタディアス(Thaddaeus)
フランス語でタデー(Thaddee)
ドイツ語で、タデーウス(Thaddaus)
名字にも男子の名にも使われますが、あまり例はないようです。英語では、Thaddius,Thadeusなどの綴りもあるようです。ニックネームにはタッド(Thad)があります。
関連語句
メルマガ「聖書を読んでみよう」増刊19号(1999年1月19日配信)に掲載したものを加筆訂正しています。
「この人にちなんだ人名」は、すのぴ氏のご協力によるものです。