| 分類 | 聖書語句。 |
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| 別訳表記 | パリサイ人(ぱりさいびと)あるいはパリサイ派(ともに口語訳、新改訳) |
| 英語表記 | Pharisee |
口語訳聖書などではパリサイ人と表記されますが、人種や民族を指すのではなく、ユダヤ教徒の中のファリサイ派と呼ばれる人を指します。
ユダヤ教の律法(戒律)を厳格に解釈し、それに全力で忠実であろうとした人々で、現代でも「ファリサイ的 Pharisaic」といえば、形式主義というか教条主義な人という意味になります。
イエス・キリストが、それまでの律法に異を唱えるように見える言動を展開したことから、ファリサイ派はイエスと激しく対立し、聖書中でも盛んに議論を戦わせています。
しかしそれは、モーセを通して神ヤハウェが与えた律法を大事にしようとしすぎたためで、彼らなりのヤハウェへの信仰と忠誠からきたことですから、その意味では熱心さはある程度評価されるべきでしょう。
一方イエスは、ファリサイ派が、律法に対する自分たちの解釈を律法そのものより重んじる本末転倒を起こしていることを攻撃しただけなのです。(マタイ福音書15章)。
ファリサイ派は、サドカイ派、エッセネ派とともに、歴史家ヨセフスがユダヤ教の主要派閥に数えています。
その起源としては、マカベア戦争を経てユダ・マカバイオスがエルサレムを回復した頃(紀元前165年)に、中下層の手工業者の間の熱心な律法研究家を中心に起こったと考えられています。サドカイ派が祭司階級の特権的な層で世襲だったのに対して、ファリサイ派は一般に身分は高くなく、手工業者を中心に中流階級あるいはそれ以下の人々であって、世襲的ではなく律法に忠実な生活を何よりも重んじる個人が集まったものです。偉大な学者も輩出していますが、家系ではなく個人の学識と有徳とによって尊敬されていました。
ヘロデ体制下ではファリサイ派の政治的な発言力は低下していったものの、逆にファリサイ派に属する人の数は増し、イエスの時代には最大のグループとなっていました。
それでイエスとの対立でも、同じくイエスに反対していたサドカイ派より目立っています。祭司階級のサドカイ派がエルサレム神殿を中心に生活していたのに対しファリサイ派は各地で生活していたことも、サドカイ派以上にイエスと衝突することになった理由です。
「イエスに敵対する勢力」とだけ見られがちなファリサイ派ですが、教師ニコデモ(ヨハネ福音書3章ほか)のように、イエスの言動を聖書に照らして考えようとする者たちもいました。マルコ福音書ではファリサイ派は始めからヘロデ派と連携していたように見えますが、ルカ福音書13章31ではファリサイ派がイエスをヘロデ派から守ろうとしています。
まず事態を見極め、見極めたら律法にもとづいて結論し、結論したら信仰のゆえに決してゆらがない。それまでは安易に行動はしない。そういう人たちだったのではないでしょうか。
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更新 2007年12月2日 |