シドニーオリンピック

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サッカー予選第一戦

あいかわらずだった。「たぶん、やるだろうな」と思った通りだった。サッカーの予選第一戦。日本チームが得点した瞬間、某局の実況が「ゴールゴールゴールゴールゴールゴールゴールゴールゴール・・・・・・」
たぶんアナウンサーは「日本が得点したら連呼してやろう」と狙ってたね。もしかしたら連呼の練習くらいしてたかもしれない。「何を伝えるか」よりも「どう伝えるか」が優先、しかも女子アナのタレント化にはじまって「自分が主役」という気でいやがる。

これをまた芸能新聞が「『ゴール』連呼の新記録」なんて馬鹿なこと書くから、また調子に乗るんだよな。

報道は、ただ伝えてくれるだけでいい。TVが無理にテンションあげると、見ているほうは醒めるっての!だれがアナウンサーやTV局に「感動させてくれ」なんて頼んだ?
これだから、結局NHKを観るしかなくなるんだよな。アテネオリンピックまでに、スポーツ専門チャンネルが増えていることを期待する。

大沢親分

某、日曜朝の情報番組に出演中の、もとプロ野球監督の大沢親分。毎週、番組で取り上げられる情報に「あっぱれ」とか「喝」とかやってるけど、シドニーまで野球を見に行ってきて「ありゃ、プロが試合する球場じゃない」などと怒っていた。日本-イタリア戦の球場のスタンドが、工事現場のような仮設のものだったというのだ。

アホか、あんたは。オーストラリアにプロ野球は無い。これはオリンピックであって、各国プロチーム対抗ワールドカップなどでもない。
グランドが問題なければ、スタンドは観客が観戦さえできればいいじゃないか。確かにスタンドは仮設のような、パイプとか組んだだけのような代物だった。だから「日本式」の、オリンピックが終わったらペイするどころか維持費もかせげず、自治体の財政を圧迫するだけの無用の長物のような施設を何十億もかけて建てろといいたいわけ?
あの球場は、おそらく必要最小限の建設費で建てられ、たぶん必要なくなったら簡単に解体できるだろう。残るのは原っぱとグランドだけ。グランドだってすぐ片付けられるだろう。なんてすばらしい球場だろうか。

すばらしい!

私がオリンピックで嫌いなもの1位。シンクロナイズドスイミングの、飛び込む前の演技。さっさと飛び込めよ。床運動や平均台の、はしっこまで移動する間の妙な演技と通じる違和感がある。
2位。新体操の、小道具を投げてから受けるまでの演技。
ようするに、不自然な「間」が気持ち悪いわけ。

しかしシンクロも新体操も、団体競技のマスゲームっぽいところがよい。特に今回の新体操団体。新必殺技「御所車スペシャル」と、日本しかできない「棍棒4本同時投げ」は、今までの新体操嫌いを払拭してくれた。

それ以上に印象が変わったのが、シンクロ団体の飛び込む前の演技。空手の演舞をモチーフにした動きは、会場が沸くのも納得のアピール度だった。水中での演技も、日本しかやれない技が次々と繰り出され、我が家の3歳の長女にも「すごいねー」とわかるほど。なぜこれで銀メダル止まりなのかが不思議なほどだった。

一番おどろいたこと

柔道以外では唯一の金となった、女子マラソン。え?女子マラソンで金て、はじめてなの?

なんか毎回、「絶対に金」て論調だったから、昔に栄光の時代があって今は低調なのかと思ってたぞ。

やはり千葉すずは偉かった

女子水泳も金メダルはなし。でも「もし千葉すずが出ていたら」という声は、そんなに聞かれなかったような気がする。

オリンピック前に、(和解とはいえないにしろ)問題を解決していたから、千葉自身が「言いたいことは全部言った」とさっぱりした顔で言っていたから、「千葉がかわいそう」→「やっぱり千葉が出ていたらネ」になる以前に、千葉の問題は片付いたと思えたんじゃないだろうか。

もちろん、これで水連の不透明体質が公認されたわけではない。陸連もそうだが、「これだけの成績ならオリンピック出場」と事前に公表するべきだ。「今大会では優勝したが、世界での経験が少ない」式の各連盟の「メダルを獲るための配慮」は今まで失敗続きなのだから。連盟の評価ではなく国内予選で自力で選ばれた選手がもしオリンピックで結果を出せなくても、誰が文句を言うのか。

君が代

やっぱり、日の丸は美しい。各国の国旗とも、いろいろな意味や思いが込められているのだろうが、日の丸は「この色はこれこれを象徴」とかの説明もいらず、純粋に一国を表している。デザイン的に美しい国旗は数多(あまた)あるかもしれないが、国旗としてもっとも美しいのは日の丸だと思う。

しかし、君が代はどうなんだろう。選手は、好むと好まざるとにかかわらず、意識しているか否かにかかわらず、明言したかどうかにかかわらず、日本のために競技しているわけだ(そうでないなら、個人で出場するべき)。ところが、表彰台の上で「天皇の統治よ永遠に」という曲が流れたとたん、日本のためではなく天皇のために競技したことにされてしまうわけだ。
(追記:最後の一文には認識誤りがありました。天皇は日本と日本国民の象徴ですから、「天皇の世よ永遠に」というのは「日本よ永遠に」という意味で問題なかったのですね。この頃は我ながら左翼に洗脳されていたなぁ。)

作成:2000年
更新:2002年4月12日

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