世界に一つだけの花

menu

SMAPの歌が流行っている。長女の幼稚園でクリスマス会に園児たちが合唱したこともあって、我が家のちびたちは一日中でも歌っている。

坂井が知っている牧師も、礼拝のメッセージでこの歌を引用したりしているが、かなりキリスト教的な歌だという印象はある。神ヤハウェは預言者イザヤを通して「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。だからわたしは人をあなたの代わりにし、国民をあなたのいのちの代わりにするのだ。」(イザヤ書43:4・新改訳)と言った。他の誰とも比べることのできないかけがえのない一人として、あなたは神に愛されている。だからあなたの代わりにキリストが、あなたの罪を背負って死んだのだ。というのが聖書のあらすじなのだ。
うちの奥さんが言うには、曲を作った槙原氏は、覚醒剤で捕まったときに教誨師から影響を受けたのかもねという。いずれにせよ、KANの「愛は勝つ」以来の、キリスト教的な歌だ。

ただ、ね。
相変わらず後ろ向きな坂井には、この歌はちょっとね。

花屋の店先に並んでるのは、すでにその時点で競争を生き残ってきた花なんだよね。できの悪い花はすでに捨てられてるんだ。農家が商品としての価値を認めたものだけが市場に出荷される。その中でも仲買人や花屋が価値を認めたものだけが、花屋の店先に並ぶことができる。バケツの中でシャンとしてる花は、すでに「勝ち組」としてそこにいるんだ。

それに、「オンリーワン」になることは難しい。日本では特にね。起業家が成功する確率の日米比較なんかがときどき出てくるけど。まず日本では、起業家はほとんど銀行が相手にしてくれない。その上、一度失敗したら敗者復活はほとんどありえない。経済の話しでなくても、日本型「横並び」社会では、「全体」から離れた「オンリーワン」は、イコール「つまはじき」「村八分」でしかない。それを乗り越えていくのは、「ナンバーワン」になるより難しいだろう。

そもそも「総・中流意識」の日本では、エリート志向な層を別にすれば、「ナンバーワン」になろうと思ってるやつはそうはいないだろう。「トップになれるとも思わないし、うっかりトップに立ったりしたらめんどうが増えるかもしれない。落伍しなければそれでいい」というのが「中流意識」なんじゃないだろうか。勝ち上がるための競争ではなく落伍しないための競争だ。
そんな中で「そんな競争から自分を解き放って、オンリーワンになればいい」というのは、ここ数年の「ゆとり教育」とかいう妙なものと同様、言葉のやわらかさで取り繕った甘やかしでしかないと思うのだけど。

前述の言葉のとおり、神の目からは、一人一人の人間は「オンリーワン」として尊い価値を持っている。
けれど人間社会の中では、人間社会の中で通用する価値を持たなければならない。「勉強ができなくても、収入がなくても、見た目がイケてなくても、他人に害を及ぼす犯罪者でも、個(オンリーワン)として受け入れますよ」という社会ではない。

それに、SMAPは好きだけど、彼らは競争を勝ち抜いて(=他人を蹴落として)きた「勝ち組」なんだよな。彼らなりの下積み時代もあったけど(MORIMORIでおもしろくもないコントやってた頃は、紅白でトリをつとめるまでになるとは思わなかった)。
これが、ストリートから個性(オンリーワン性)だけを売りにして出てきたミュージシャンの歌なら、もっと説得力があったかもしれない。

作成:2004年1月2日

布忠.com