天皇誕生日に一般参賀に行ってみた

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前置き

12月23日は天皇誕生日。平成17年の今年、今上陛下の72歳のお誕生日をお祝いしに、念願だった皇居の一般参賀に行ってきました。

それにしても、いつから一般参賀が私の「念願」になってたのだろう。少なくとも10年前には「自分はクリスチャンだから、天皇とか、あるいは日の丸や君が代を肯定的に考えるのはよくない」と思いこんでいました。その洗脳が解けた、と言っては言い過ぎかもしれませんが、「自分がクリスチャンであること」と「胸を張って自分たちの国旗をあおぎ国歌を歌うこと」がまったく対立しないことにいつの間にか気づきました。またその課程で、「天皇陛下と皇室を敬愛すること」と「神を愛し、主イエス・キリストに従うこと」もまったく対立しないことに気づきました。
今ではむしろ、クリスチャンであるからこそ、日章旗をかかげ、君が代を歌い、天皇のために祈っていこうと思っています。それが、ただのクリスチャンではない日本人にはできない、日本人ではないクリスチャンにもできない、「日本人クリスチャン」だからこそできる、そしてやらなければならないことだと考えるからです。

いつからそう考えるようになったかはわかりませんが、そう考えるようになった以上は、天皇誕生日に一般参賀に行って、天皇陛下に祝福があるように、主なる神が今上陛下の健康を守られるように、よこしまな者たちが天皇を利用したり皇室に害をなしたりしないように、イエス・キリストの名によって祈らなければ、と思うのもごく自然でしょう。

いざ、皇居へ

というわけで、皇居へ行ってきました。
予定されている「お出まし」は3回。その1回目は10:10から。でも開門が9:30だし、毎年の天皇誕生日や正月の一般参賀の報道ではものすごい数の小旗が振られる映像が流れるし、けっこう混むんじゃないかな。ということで、9:00くらいには二重橋に着くようにしよう。
ところが。電車で寝過ごしたりなんだりでようやく日比谷に到着し、B6出口めざして早歩きしていると、「京葉線はこちら」の表示が。そうか、京葉線東京駅のほうが近かったんだ。そんなこんなで9:35頃ようやく二重橋に近い地下鉄出口に出たのでした。

警備の白テントに向かう途中で、ボランティアらしき人たちから日章旗の小旗をもらった。(どこで手に入れるんだろうと心配していたのです)
で、ゲートで荷物検査と、さらに金属探知機でボディチェック。荷物検査の際、係官に「これは?」と聞かれてキセルですと答えたが、キョトンとした顔で煙草入れを開けてやっと「ああ、キセルですか」と。見た目、ミニチュアの刀鞘に見えないことも無いからなぁ。
ここまでは意外とすいていたのだけど、道を進むに連れて幅がなくなり人口密度が高くなって来た。皇居ももとは戦国時代の城だったわけで、縄張りというやつだろうか、少なくとも公園ではない構えです。

石橋を渡って、正門の手前あたりから、雅楽がスピーカーから流れてきて雰囲気を作っている。ゆっくりと、でも普段早歩きの筆者にもうっとうしくないくらいのスピードで、群集とともに進む。そのうちに、一般参賀のニュースでおなじみの宮殿の前の広場に到着。

文字通り、雲一つない青空。風もなくて、日差しが暖かいくらい。

あたりを見まわすと、さすがにものすごい人数。だけど整然としているせいか、人口密度の割に混雑した感じはないし、押し合いやらトラブルめいた声は一つもない。報道によれば、1回目のお出ましには7600人が集まっていたとのこと。
意外と普通っぽい若い人が多い。それに外国人も少なくない。勘繰れば「観光スポットくらいに思っているのかな」と思えなくもないけど、少なくともここに集まった群衆のほとんどは「偏狭なナショナリズム」とか「軍国主義」といった言葉とはかけ離れた、屈託ない表情だ。
中には軍服調の服装の集団が何グループかいて、「天皇陛下萬歳」とか「奉祝 天長節」とか「皇国日本」なんとかと大書した幟旗をかかげていたりもする。けれど彼らは、宮殿前の群集の一番後ろの方で、幟が周囲の邪魔にならないあたりに陣取った。

陛下と皇族方のお出まし

10:10頃にアナウンスがあり、予定通り10:20頃に「お出まし」。天皇皇后両陛下、その右手(向かって左)に皇太子殿下と妃殿下、左手には秋篠宮殿下と妃殿下。
(紀宮内親王殿下は御結婚によって皇族の身分を離れられたので、今年はもういらっしゃらない。去年の天皇誕生日か今年正月の一般参賀で来ておきたかったと思うあたりが、私もミーハーだなぁ。でも昨年はいらっしゃらなかった皇太子妃殿下がいらっしゃったのは、快復しておられるようで喜ばしいです)
陛下の姿が見えたとたん、というか、屏風のようなものの後ろで引き戸が動いたように見えた瞬間、周囲から「お誕生日おめでとうございます」「天皇陛下万歳」などの声が沸き起こり、小旗が降られる。先ほどまでとはうってかわったにぎやかしさも、陛下のおことばを前に一瞬で静粛になった。

陛下の御言葉が一語一語ゆっくりと語られた。
途中で、今年もひとりひとりに喜びや悲しみが、と言いかけて「喜びや苦しみが」と言い直し、さらに「喜びや苦労が」と言い直された。あえて言えば、暗記した原稿を思い出そうとしてとっちらかった(「とっちらかる」の尊敬語って?)ふうにも見えたけど、でもこれって、類似語の中から「労(ねぎら)う」うという字のある言葉を選びそれにこだわられたということなのかもしれない。それが天皇という存在(今上陛下お一人のことではなく、日本における天皇というお方)のあり方なのかもしれないと思うから。
それは、これに続けて(今日の暖かい日和にもかかわらず)今年は大雪のようで人々の生活を心配している、とのおことばにも現れていたと思う。

おことばのあと、群集に向かって手を振りつづけられる陛下。奉祝の言葉をあげ小旗を振る群衆。
私はいまだになぜか「天皇陛下万歳」と言うのには抵抗があるのだけれど、それでも今日ここに来れてよかったと思う。私たちの天皇陛下の健康が守られるように、私たちの国の皇室がこれからも続くように、陛下と皇族方の上に神の祝福があるように、そして皇太子殿下ご夫妻か秋篠宮殿下ご夫妻に男児が授かるようにと、私の主イエス・キリストの名において神に祈った。
・・・祈っているあいだにいつの間にか、両陛下と皇族方はご退出なさっていた。(笑)

アナウンスに従って、退出する。にぎやかではあるが、整然と。不思議だ。

皇居をあとにして

坂下門のほうへと退場する。暖かいようで、蛤濠も日陰のあたりは氷が張っていた。
日章旗の小旗、自分は最初から持ち帰るつもりだったからいいけど、あれだけ大量にあるのはこのあとどうなるのだろう。紙製の安いつくりとはいえ、国旗を軽々しくゴミには出せないし。と思っていたらそこかしこに回収箱があった。でも回収された国旗はどうするのだろう。燃やす?古紙としてリサイクル?針供養ならぬ国旗供養とかあるのだろうか。謎だ。

途中で、みやげ物屋のテントが出ていた。

菊の御紋のついた信楽焼のボトルに入った「皇泉」(すめらぎのいずみ)という日本酒にそそられたのだけど、よく見ると「御紋」と言いながら菊の花弁が12枚しかないじゃん!許可がおりなかったのか技術的なものかわからないけど、あやうく「もどき」を買うところだった。代わりに「千代八千代」という銘の日本酒を買う。ラベルには君が代の歌詞入り。さて、誰といつ飲ろう。
あと、皇室の写真のカレンダー。買うつもりはなかったのだけど、両陛下と紀宮殿下(撮影当時)のスリーショットの写真に思わず「一本ください!」。うーん、私ってやっぱりミーハーだったのね。

日比谷通りまで出ると、右翼の街宣車が列を作っていた。いくつもの団体の車が団結して、天皇陛下を中心とした日本国民として団結しようと呼びかけていた。正直、彼等の言動は国民に呼びかけるというよりも恫喝する感じをいつも受けるので、賛同したいと思ったことはない。むしろ、彼等のような人々が60年前にも天皇陛下を利用したのではないかとさえ思う。
でも今、125代2600年も続いてきた皇統を断絶させることをたくらむ皇室典範改悪が、国民の声を聞かず天皇や皇族の声も聞かずに進められようとしている(首相の私的諮問会議の座長、つまり「小泉純一郎という人にとっての個人的なアドバイザーチームのリーダー」にすぎない日本文化音痴なロボット学者が、皇族が何を言おうと「どうということはない」とか、「国民にあらためて問う必要はない」とか放言しまくっている)ことを思うと、なんとかしなくてはと思う。

天皇制反対派だった人々や勢力が女系天皇には賛成していることを考えると、彼等が女系天皇を実現させて万世一系を途切れさせ日本文化の一つの芯を砕いた先には、社会主義革命への道が用意されているように思えてならない。これを杞憂だと思える理由があればいいのだけど。

できれば右翼団体には、広く国民の賛同を得られる方法でのアピールを考えてほしい。


天皇誕生日に関するメモ

天長節

天皇誕生日は戦前は「天長節」と呼ばれていました。今日は「天長節奉祝歌」と書かれたバナーをかかげている人たちもいて、歌詞をメモしてきました。

今日のよき日は 大君の
うまれたまいし よき日なり

今日のよき日は 御光の
さし出たまいし よき日なり

ひかりあまねき 君が代を
祝え諸人(もろびと) もろともに

恵みあまねき 君が代を
祝え諸人(もろびと) もろともに

2番の歌詞は天皇を神扱いしているようで気になるものの、いかにも奉祝(祝いたてまつる)歌ですね。

昭和以前の天皇誕生日(天長節)

昭和時代の天皇誕生日(つまり昭和天皇のお誕生日)は4月29日。この日は今は「みどりの日」になっていますが、今年2005年に祝日法改正案が可決され、2007年から「昭和の日」になることが決まっています。
(昭和天皇をたたえる日ではなく、昭和の時代に思いをいたす日です。ただしこの日をどのようにすごすかは自由ですから、この日に昭和天皇をたたえることも自由です。)

天皇誕生日がはじめて祝われたのは、明治天皇のお誕生日でした。明治時代の天皇誕生日は11月3日で、この日はのちに明治節と呼ばれ、戦後は日本国憲法の発布を記念する「文化の日」となっています(ちなみに憲法記念日は、日本国憲法が施行された日です)

大正天皇のお誕生日は8月31日でしたが、盛夏であることに配慮し、奉祝の行事は2ヶ月ずらして10月31日におこなわれていました。
現在は8月31日も10月31日も祝日となっていません。この理由を「大正天皇にはめだった事跡がなかったから」と失礼な説明する向きもあるのですが、大正時代は関東大震災こそあったものの、明治時代や昭和時代に比べれば平和で落ち着いた、「思いをいたす日」を作ることもない時代だったと言えると思います。

ナショナルデー

世界各国にナショナルデー National Day があります。「元首の誕生日」か「建国記念日/独立記念日」をナショナルデーとしている国に大別されていますが、日本は天皇誕生日をナショナルデーとしています。たとえば日本にあるアメリカンスクールでは、アメリカのナショナルデーである「独立記念日」、日本のナショナルデーである「天皇誕生日」、そして子供のための学校であることから日本の「こどもの日」を祝日としているそうです。(*1)

現在の憲法上も国内法上も、日本は君主国ではないし、天皇も元首ではありません。(対外的には実質的に天皇が元首なのだけど、国内的には「それは国事行為として委託していること」)
けれど日本の「建国記念の日」は「国が立てられた日」ではなく「(いつのことかはわからないけれど)国が立てられたことを記念する日」だし、まして独立戦争で殺しあって達成された独立記念日でもありません。

むしろ、元首ではないけれど「国民の統合の象徴」である天皇の誕生日をもってナショナルデーとしていることは、とても自然で妥当なことだと思います。

*1:「私たちの美しい日の丸・君が代」(石井公一郎監修、高橋史朗編、明成社、ISBN4-944219-20-2)を参考にしました。

作成:2005年12月23日
更新:2005年12月30日

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