あるキリスト者の日本論 第1回
この「あるキリスト者の日本論」は、あくまでも、民俗学や宗教学、あるいは神学や宣教学といったものにはド素人な筆者が、日本人でありキリスト教徒であるという視点から感じたこと考えたことをまとめるものです。つまり、ごく普通の日本人でごく普通に教会に行っているキリスト教徒である筆者が、思うことを整理してみたものです。どんな意味においても、筆者がお世話になっている牧師たち、諸教会、信仰の先輩や友人の考えを代表したり代弁したりするものではありません。
(暫定的に「雑感」のページに公開していますが、いずれシリーズとしてまとめようと思っていますので、URLが変更になる可能性があります。)
現在、日本ではキリスト教徒は人口の1%にも満たないといわれています。この数字、キリスト教界では驚くべき低さであると受け止められています。
たとえばイスラム教国でも数パーセントに上ると言われています。実態が不明確なのかいろいろな数字が飛び交っているのですが、サウジアラビアでは7%というデータもあります。イラクは、フセイン政権末期で10%と言われていました。(フセイン政権下でもキリスト教徒には危険がありましたが、タテマエ上は安全とされていました。しかし米国の侵攻後は治安の崩壊によってキリスト教徒はまったく保護されなくなり、国外へ避難する人が急増してキリスト教徒率はかなり下がったと言われています。)
それに比べると、信教の自由が保障されているにしては日本のキリスト教界は、というわけです。
その言い訳は種々あげられているのですが、その一つとしてよく上げられるのが、キリスト教が「人間を神格化するもの」と呼ぶ、ご先祖など故人への拝礼です。今回はこの点について考えてみたいと思います。
「死者を拝礼する」という思想もいくつか意味があるのだろうと思うのですが、一つには「死者への恐れ」があるでしょう。
有名どころでは天神様こと菅原道真ですね。ごく大雑把に言うと、藤原氏は道真公を大宰府に左遷しましたが、道真公が無念のうちに没したのち都に災厄が続いたのを道真公のたたりと恐れ、天満宮を建立して神として祀ったわけです。
話を進める前にことわっておきますが、日本語(和語)の「カミ」や漢語の「神」と、英語(キリスト教)の「God」とはかなり違う概念です。
いずれ整理して書く予定ですのでここでは大雑把にとどめますが、和語の「カミ」とは、本居宣長(1730-1801)が「古事記伝」に整理しているところを引用すれば「尋常(よのつね)ならずすぐれたる徳(こと)のありて、可畏(かしこ)き物」であり、しかも「善きもあり悪しきもあり」というものです。つまり「善悪を問わず、生身の人間が及ばないもの」が「カミ」なのです。[*1]
豊作をもたらす自然はもちろんのこと。災害をもたらす自然現象や、自然そのものや、オオカミや熊など、人力では太刀打ちしがたい脅威。さらに聖書でいえば異教の神バアルはもちろんのこと、天使長ガブリエルや、悪魔サタンも。そして菅原道真をはじめ災厄をもたらす(と考えられた)故人に至るまでが、(「God」ではないけれど)「カミ」なのです。
本居宣長をさらに引用すれば「一国一里一家の内につきても、ほどほどに神なる人あるぞかし」ということで、生きている人間でも自分より上の者を「オカミ」と呼ぶのは今にも通じますし、「天皇がカミ」というのもそういう意味でのカミなわけです。[*2]
話を「死者を恐れること」に戻しましょう。
考古学の発見から、古代には死者を甕(かめ)に封じて埋葬したり、中には死者の足の骨を折っている例もあると報告されていますが、これらは死者が生き返ってくることを恐れてのものでしょう。あるいは、日本の仏教寺院における墓石のようなものは他の仏教国ではあまり見られないそうですが、あれも死者を封印するための重しなのかもしれません。
筆者は仏教にはまったくシロウトですが、本当の仏教徒なら「死者のたたり」を恐れる必要はないと思うのですがいかがでしょうか。死んだ者は輪廻によって転生しているか、成仏しているかどちらかなのだとすれば、転生してすでに新しい生を生きている者が前世の縁者にたたるとは思えないし、まして悟りを開いたものが現世にたたるとは思えません。
成仏も出来ず転生もできないで迷っている者もいるかもしれませんが、そもそも成仏してないなら「あの葬式はなんだったの?坊さん、金返せよ」というところではないでしょうか。けれど実際、「家は仏教」という人でも死者は怖い。信心を超えた本能に近いところで、死者を恐れているようです。本能的と言えそうなほど日本人に刷り込まれているこの「死者への恐れ」を、新宗教から細木数子にいたるまでが利用しているわけですね。
余談かもしれませんが、洋画のホラー映画のことを思えば、死者への恐れは日本人とか仏教とかに限らず生きている人聞に共通のものかもしれませんね。
聖書でも、十字架での刑死の三日後にイエスが復活したとき、最初にそれを知った弟子たちは「(イエスの)墓を出て逃げ去った。震え上がり、正気を失っていた。そして、だれにも何も言わなかった。恐ろしかったからである。」というほどパニックになったことが聖書に記録されています。[*3]
ユダヤジョークのひとつで、姑が死んだときに婿養子が、葬儀屋から「土葬にするか、火葬にするか、それともミイラにするか」と聞かれて「全部やっといてくれ」と答えた、なんていうものもあります。[*4]
まそれはともかく、話を日本人のことに戻しましょう。
日本人の死者への思いとして「恐れ」というものが大きいのだとすれば、福音がするべきことは、死者を恐れる思いは理解してあげた上で「死者よりもおそるべきかた」を伝えていくことになるでしょう。キリスト自身も「体を殺しても、その後、それ以上何もできない者どもを恐れてはならない。だれを恐れるべきか、教えよう。それは、殺した後で、地獄に投げ込む権威を持っている方だ。そうだ。言っておくが、この方を恐れなさい。」と言っています。[*5]
教会は(外国のことは知りませんが筆者の知る範囲での日本の教会は)「愛である神」を強調するあまり、神の恐ろしさについてはあまり語りたがらないようですが、神の裁きは「ご先祖のたたり」など比較にならないほど恐ろしいものです。もっとも、あやしい宗教みたいに「この神を信じないと恐ろしいことになるぞ」ばかりになるのもいけませんが。
「死者を拝礼する」ということのもう一つの意味として、拝礼とは「最大限の敬意」の表明だということがあります。キリスト者だって、神から「私を礼拝しろ」と命じられているからしかたなく礼拝している、というわけではないでしょう。神を敬うからこそ、自分にとって神は敬うべき存在であり、神は敬われるべき存在だと知るからこそ、礼拝するのではないでしょうか。まさに「敬う」を突き詰めたところに「礼拝」があるはずです。[*6]
日本人が、没したご先祖を祀るのも、「敬うべき存在だと思うから敬う」ということが大きいのだと思います。
聖書に「汝の父母を敬え」とありますが[*7]、ご先祖をまつるというのはつまるところ「父と母とを敬う」ことの究極の実践なのです。
もちろん聖書を奉じる者にとっては、父母を敬うことは神を敬うことにまさるものではありません。が、ここで重要なのは、日本人はまだ「父母以上に、そして父母の先にいるご先祖以上に、敬うべき方」が啓示されていないということです。自分にとって「カミ」の存在である父や母やご先祖を敬うことは知っていますが、それらの「カミ」以上に敬うべき「神」がいるとは知らされていないのです。
契約にまだ参画していない者に「契約違反だ」といっても意味がありません。まだ神との契約に参画していない人(神との関係を回復していない人)に「あなたがたは『ヤハウェのみを神とせよ』という第一戒に違反している」と言っても、それこそ「的外れ」です。
それよりも、契約にまだ参画していないのに「父母を敬え」という第五戒を究極的に実践していることは驚くべきことではないでしょうか。そしてそこから、パウロ流に言えば「あなたがたが、敬うべきものを敬うということを知っているものであるのを私は見た。しかしあなたがたが知らない、もっと敬うべき方がいる。それを教えよう。」[*8]というアプローチが可能になると思うのですが。
「先祖を拝礼するな」というのは、日本人にとっては、「神のみを敬え。父母は敬うな」というのも同然です。「第一に神を愛すること、第二に人を愛すること」[*9]がまだ啓示されていないのに、仏壇や異教式(仏式)の葬儀への参列をどうこう言ったりしては、救われた本人はよくても親族など周囲の人が「父母を敬えといいながら、ご先祖を敬わせないなんて」と不信感を持ったとしても当然でしょう。何事もそうですが、ダブルスタンダードと思われたら信用されません。
(ところでこれは蛇足ですが、「日本人の祖先崇拝に間題がある」という人は、「日本人が拝むほどに先祖を敬うようになる以前に福音を伝えなかった神はけしからん」と言っているのと同じですね。「神のご計画は間違っていた」というのでしょうか。
確かに、キリスト教が紀元1世紀の時点でアジアに向かっていたら、ムハンマドもコーランもまだ登場していないアラブ(アブラハムの子イシュマエルの子孫と言われる)に伝わり、ヒンズー圏では多少の苦労はあるかもしれませんが、仏教が6世紀に日本に伝わるより先に福音が伝わった可能性は決して低くないでしょう。そうなっていたらどのような世界になっていたか夢想するのも楽しそうですが、しかしそうしなかったヤハウェは間違っていたというのでしょうか。
梅原猛は、日本人の死生観は縄文人かそれ以前にさかのぼると指摘していますが[*10]、そうだとしても紀元1,2世紀かそこらに日本に福音が伝わって、文書によって歴史が記されるようになるまでにある程度以上普及していれば、記紀の内容もかなり変わり、さらには明治維新の性格もかなり変わり、そして現在の日本とキリストとの関係はまったく違ったものになっていたでしょう。)
日本人がご先祖を、拝むほどに敬うことを「間違っている」とするよりも、先祖を敬う心はわかってあげた上で、その先祖も御手のうちに守った方、先祖以上に敬うべき方を伝える、というのが日本における福音のコンテキスト化ではないかと思うのです。
主イエスはあの金持ちの青年を認めた上で「あなたに欠けているものが一つある。」と言われました。それも「慈しんで」言われたのです[*11]。「一つ」を欠いているだけだということでは、日本人の祖先崇拝も同じです。「神を愛せ」を知らない(知らされていない)だけなのですから、敵対的に要求するのではなく慈しみをもって知らせるだけなのではないでしょうか。
むしろ、日本的な「家」の考え方が風化してしまう前にそれが伝われば、約束をともなう命令である「父と母を敬う」を世界で一番わかるキリスト者となるかもしれません。
以上、日本人の死者への思いを「おそれるべきものをおそれる」「敬うべきものを敬う」というところから考えてみました。「祖先を恐れることが間違っているのではない。ただ、それ以上に恐れるべき方がいる。」「先祖を敬うことが間違っているのではない。ただ、それ以上に敬うべき方がいる。」というのはつまり、日本人のそうした思いはキリスト教からすると「打破するべき習俗」ではなく「福音によってのみ完成させられるもの」であるということがいえたのではないかと思います。
ところでこれらのことは、いつか天皇がキリストを受け入れるためにもかなり重要なことです。日本のキリスト者の中にも「天皇もキリストの福音を受け入れますように」と祈る方々がいますが、ただ祈るだけではなく、教会が解決しなければならない重要な点があると思うのです。
というのは、皇室祭祀は数が多く筆者もまだ勉強しきれていないのですが、「豊作を祈り天災のない太平を祈ること」と、仁徳天皇祭、孝明天皇祭などのように「先祖を拝礼するもの」とがほとんどを占めるようだからです。前者は「尋常(よのつね)ならずすぐれたる徳(こと)のありて、可畏(かしこ)き物」への拝礼であり、後者は「父(と母と)を敬え」の究極なのだから、これらは上述のとおり聖書にそって、つまリキリスト教と対立せずにむしろキリスト教によって完成させることができるはずです。
もちろん、そう簡単な話ではありませんが。
ただ実際に、皇室には仏教という外来宗教を受け入れた実績があります。明治維新後に国家神道という体制がつくられ強化される以前には、皇室というファミリーは仏教の檀家でさえあったのです。[*12]
皇室と仏教の関係について、キリスト教側からは「仏教も多神教だから入りやすかったんだよ。キリスト教はそうじゃないから」と言われることがありますが、これは正確ではありません。多神教的であるとはいえ仏教がもし「皇祖皇宗を祀る」ということと対立していたなら、同じような多神教とはいえ皇室に入ることはなかったはずです。少し前の言葉でいえば「仏教は国体護持と衝突しなかった」というところが重要なのです。[*13]
(日本史で習う蘇我氏と物部氏の争いとは、崇仏派の蘇我氏と廃仏派の物部氏の宗教戦争でした。蘇我氏の血をひく用明天皇が仏教への帰依を表明して争いは激化し、物部氏が滅びたものですが、それでも日本は「神道がすたれて仏教国になった」というわけではなかった。用明天皇の皇子こそあの聖徳太子ですが、笹井大庸は「聖徳太子のお陰で神道は仏教側の勝利にもかかわらず残ることができて」と言っています[*14]。このあたり筆者はまだ不勉強ですが、そのとおりであるなら、用明天皇(あるいはその意思を理解した聖徳太子)は、「仏教への帰依」と「皇祖皇宗を祀ること」のあいだに矛盾を見なかったと考えるべきでしょう。確か梅原猛が指摘していたことだったと思いますが[*15]、崇仏派として14歳で物部との戦いに出陣したとも伝えられる聖徳太子が、廃仏派のはずの物部守屋とが、どこのお寺だかで一緒にまつられていたりもするそうです。)
言うまでもなく、国体護持のためだろうと何だろうと福音を捻じ曲げてまで妥協することは、キリスト者として許容できません。そんな、日本の戦前戦中の教会(筋を通したために他のキリスト教徒からも迫害された一部の教会を除く)と同じようなことは、断じてできません。でも仮に、福音が福音のままでも日本の国体と対立しないとしたら、そのことが示せるなら天皇が福音を拒まなければならない理由はないのです。それをせずに「仏教も多神教だったから」というのは、ただの言い訳ではないでしょうか。
そして、仮に「キリストの福音」と「日本の国体」が衝突するものでないのだとしたら、すでに皇室に届きつつある福音が天皇に達するのも遠くありません。
届きつつあるというのはたとえば、今上天皇は皇太子時代に、クエーカー派キリスト教のヴァイニング夫人を家庭教師としていました[*16]。ヴァイニング夫人の著書[*17]を読むと、今上天皇(当時皇太子)とキリストの福音とはそんなに離れていないと感じさせられます。
他にもたとえば、美智子皇后はミッション系出身なのは有名です。ミッション系出身者のすべてがキリスト教徒というわけではないし、皇后陛下も洗礼を受けてはいませんが、ミッション系でまじめな学生していれば福音に触れてはいるはずですし、祖父母は熱心なキリスト教徒だそうですから、福音の何たるかは知ってはおられると思います。
昭和天皇の弟(今上陛下の叔父)である常陸宮殿下に関しては「宮中聖書事件」の話もあります。[*18]。
宮中の歴代の女官には、キリスト教徒が少なくないことを指摘する人もいます。[*19]。
今上天皇に仕えたもと東宮侍従の濱尾実氏もクリスチャンだとも言われていますが、彼は、現ローマ法王を選出するコンクラーベにも参加した濱尾文郎枢機卿の実の兄弟です。[*20]
ほかにも、戦後のキリスト教指導者のひとり植村環(たまき)は、昭和22年3月に米国から帰国後「香淳皇后に聖書を進呈している。そして、貞明皇太后からは、宮中で皇女たちに毎週聖書を講じるよう言葉を受けた。この宮中バイブルクラスは5年間にわたって続けられたという。」(歴史読本 P205)。(現行の皇室典範では天皇家の男性は皇位につく可能性がありますが女性にはない。つまり男性は皇室祭祀を執行する立場となる可能性があるが、女性はそうではないのでバイブルクラスというのも可能だったのでしょう。)
このように、聖霊の風が宮中に吹き込もうとしている様子がいくつも見受けられるのです。
「天皇がキリストを受け入れますように」という祈りは大切です。でも祈りと同時に、キリスト教の方が解いて示すべき課題があるわけです。それを解かずに祈るのはただ無邪気なだけで、今のままのキリスト教ではたとえもし仮に天皇がキリストを受け入れたとしても、信仰を表明することはできません。
それは「天皇は憲法で信教の自由を保障されていない」とかの制度的なことではなく[*21]、天皇家の家長として先祖をないがしろにするような無責任なことはできないのです。現在の宮中祭祀は明治維新後につくられたものや復活されたものが多いのですが、今上陛下は皇室祭祀を守ることについては昭和天皇以上に真摯であると伝えられています。普通の日本人、とくに地方で長男の立場にある人が「先祖の墓を捨ててキリスト教に入信する」ということが難しいのにも増して、天皇家の惣領には難しいことなのです。
けれど、先に「仮に福音が福音のままでも日本の国体と対立しないとしたら」と書きましたが、皇室祭祀の多くが「おそれるべきものをおそれる」「敬うべきものを敬う」であるなら、皇室祭祀はキリスト教にとっては「異教の風習」として対決するものではなく、逆にキリスト教によってこそ完成されるものということになります。そして、笹井大庸が指摘している「記紀に登場する、名の知れない神」こそアレオパゴスの「名の知れない神」なのだとすれば[*22]、結局すべてが解かれることになるでしょう。(このあたりについては、笹井説についてと皇室祭祀について、もう少し勉強してから書く予定です。また、神道からの反発もあるでしょうし[*23]、他に「もしそうなったら右翼はどう反応するだろうか」というのもありますが、それらについてもいずれ書くつもりでいます。)
さて、日本人が祖先を礼拝するほど「父と母を敬う」を昇華させたことが、「神の失敗」ではないどころか「神の計画のうちにゆるされたこと」であるとしたら、それは何を意味するのでしょうか。次にはそれを考えてみたいと考えています。
というのは、そこにも重要な鍵があると考えているからです。今回は拝礼というところから考察しましたが、日本人の死者に対する思いにはもう一つ、「死者をなぐさめる/供養する」という視点があります。ここに、欧米キリスト教がある意味で置き去りにしている「キリスト教が解くべき問題」の鍵があると思うのです。
|
作成 2007年6月16日 |