あるキリスト者の日本論 第1回

menu

口上

この「あるキリスト者の日本論」は、あくまでも、民俗学や宗教学、あるいは神学や宣教学といったものにはド素人な筆者が、日本人でありキリスト教徒であるという視点から感じたこと考えたことをまとめるものです。つまり、ごく普通の日本人でごく普通に教会に行っているキリスト教徒である筆者が、思うことを整理してみたものです。どんな意味においても、筆者がお世話になっている牧師たち、諸教会、信仰の先輩や友人の考えを代表したり代弁したりするものではありません。
(暫定的に「雑感」のページに公開していますが、いずれシリーズとしてまとめようと思っていますので、URLが変更になる可能性があります。)

日本人の祖先崇拝とキリスト教

現在、日本ではキリスト教徒は人口の1%にも満たないといわれています。この数字、キリスト教界では驚くべき低さであると受け止められています。
たとえばイスラム教国でも数パーセントに上ると言われています。実態が不明確なのかいろいろな数字が飛び交っているのですが、サウジアラビアでは7%というデータもあります。イラクは、フセイン政権末期で10%と言われていました。(フセイン政権下でもキリスト教徒には危険がありましたが、タテマエ上は安全とされていました。しかし米国の侵攻後は治安の崩壊によってキリスト教徒はまったく保護されなくなり、国外へ避難する人が急増してキリスト教徒率はかなり下がったと言われています。)
それに比べると、信教の自由が保障されているにしては日本のキリスト教界は、というわけです。

その言い訳は種々あげられているのですが、その一つとしてよく上げられるのが、キリスト教が「人間を神格化するもの」と呼ぶ、ご先祖など故人への拝礼です。今回はこの点について考えてみたいと思います。

死者を恐れる

「死者を拝礼する」という思想もいくつか意味があるのだろうと思うのですが、一つには「死者への恐れ」があるでしょう。
有名どころでは天神様こと菅原道真ですね。ごく大雑把に言うと、藤原氏は道真公を大宰府に左遷しましたが、道真公が無念のうちに没したのち都に災厄が続いたのを道真公のたたりと恐れ、天満宮を建立して神として祀ったわけです。

話を進める前にことわっておきますが、日本語(和語)の「カミ」や漢語の「神」と、英語(キリスト教)の「God」とはかなり違う概念です。
いずれ整理して書く予定ですのでここでは大雑把にとどめますが、和語の「カミ」とは、本居宣長(1730-1801)が「古事記伝」に整理しているところを引用すれば「尋常(よのつね)ならずすぐれたる徳(こと)のありて、可畏(かしこ)き物」であり、しかも「善きもあり悪しきもあり」というものです。つまり「善悪を問わず、生身の人間が及ばないもの」が「カミ」なのです。[*1]
豊作をもたらす自然はもちろんのこと。災害をもたらす自然現象や、自然そのものや、オオカミや熊など、人力では太刀打ちしがたい脅威。さらに聖書でいえば異教の神バアルはもちろんのこと、天使長ガブリエルや、悪魔サタンも。そして菅原道真をはじめ災厄をもたらす(と考えられた)故人に至るまでが、(「God」ではないけれど)「カミ」なのです。
本居宣長をさらに引用すれば「一国一里一家の内につきても、ほどほどに神なる人あるぞかし」ということで、生きている人間でも自分より上の者を「オカミ」と呼ぶのは今にも通じますし、「天皇がカミ」というのもそういう意味でのカミなわけです。[*2]
(この「カミ」にあとからキリスト教が唯一、絶対、至高などの意味を与えたわけで、つまりキリスト教は勝手に「カミ」という言葉の意味を変更しておきながら、「この意味での神は聖書の神のみ」と言っているわけですが、この辺りのことはいずれ整理します。)
現在でも日本のキリスト教界には「ヘブライ語のエロヒームの訳として『神』としたのは誤りだったのではないか」という見解もあるようです。参考までに、漢語聖書には神を「上帝」と訳しているものもあります。韓国語では神を表す言葉を新たに作ったそうです。日本でも初期には「天主」とか、ポルトガル語のまま「デウス」と呼んでいた時期もありました。

話を「死者を恐れること」に戻しましょう。
考古学の発見から、古代には死者を甕(かめ)に封じて埋葬したり、中には死者の足の骨を折っている例もあると報告されていますが、これらは死者が生き返ってくることを恐れてのものでしょう。あるいは、日本の仏教寺院における墓石のようなものは他の仏教国ではあまり見られないそうですが、あれも死者を封印するための重しなのかもしれません。

筆者は仏教にはまったくシロウトですが、本当の仏教徒なら「死者のたたり」を恐れる必要はないと思うのですがいかがでしょうか。死んだ者は輪廻によって転生しているか、成仏しているかどちらかなのだとすれば、転生してすでに新しい生を生きている者が前世の縁者にたたるとは思えないし、まして悟りを開いたものが現世にたたるとは思えません。
成仏も出来ず転生もできないで迷っている者もいるかもしれませんが、そもそも成仏してないなら「あの葬式はなんだったの?坊さん、金返せよ」というところではないでしょうか。けれど実際、「家は仏教」という人でも死者は怖い。信心を超えた本能に近いところで、死者を恐れているようです。本能的と言えそうなほど日本人に刷り込まれているこの「死者への恐れ」を、新宗教から細木数子にいたるまでが利用しているわけですね。

余談かもしれませんが、洋画のホラー映画のことを思えば、死者への恐れは日本人とか仏教とかに限らず生きている人聞に共通のものかもしれませんね。
聖書でも、十字架での刑死の三日後にイエスが復活したとき、最初にそれを知った弟子たちは「(イエスの)墓を出て逃げ去った。震え上がり、正気を失っていた。そして、だれにも何も言わなかった。恐ろしかったからである。」というほどパニックになったことが聖書に記録されています。[*3]
ユダヤジョークのひとつで、姑が死んだときに婿養子が、葬儀屋から「土葬にするか、火葬にするか、それともミイラにするか」と聞かれて「全部やっといてくれ」と答えた、なんていうものもあります。[*4]
まそれはともかく、話を日本人のことに戻しましょう。

日本人の死者への思いとして「恐れ」というものが大きいのだとすれば、福音がするべきことは、死者を恐れる思いは理解してあげた上で「死者よりもおそるべきかた」を伝えていくことになるでしょう。キリスト自身も「体を殺しても、その後、それ以上何もできない者どもを恐れてはならない。だれを恐れるべきか、教えよう。それは、殺した後で、地獄に投げ込む権威を持っている方だ。そうだ。言っておくが、この方を恐れなさい。」と言っています。[*5]
教会は(外国のことは知りませんが筆者の知る範囲での日本の教会は)「愛である神」を強調するあまり、神の恐ろしさについてはあまり語りたがらないようですが、神の裁きは「ご先祖のたたり」など比較にならないほど恐ろしいものです。もっとも、あやしい宗教みたいに「この神を信じないと恐ろしいことになるぞ」ばかりになるのもいけませんが。

父と母とを敬え

「死者を拝礼する」ということのもう一つの意味として、拝礼とは「最大限の敬意」の表明だということがあります。キリスト者だって、神から「私を礼拝しろ」と命じられているからしかたなく礼拝している、というわけではないでしょう。神を敬うからこそ、自分にとって神は敬うべき存在であり、神は敬われるべき存在だと知るからこそ、礼拝するのではないでしょうか。まさに「敬う」を突き詰めたところに「礼拝」があるはずです。[*6]
日本人が、没したご先祖を祀るのも、「敬うべき存在だと思うから敬う」ということが大きいのだと思います。

聖書に「汝の父母を敬え」とありますが[*7]、ご先祖をまつるというのはつまるところ「父と母とを敬う」ことの究極の実践なのです。

もちろん聖書を奉じる者にとっては、父母を敬うことは神を敬うことにまさるものではありません。が、ここで重要なのは、日本人はまだ「父母以上に、そして父母の先にいるご先祖以上に、敬うべき方」が啓示されていないということです。自分にとって「カミ」の存在である父や母やご先祖を敬うことは知っていますが、それらの「カミ」以上に敬うべき「神」がいるとは知らされていないのです。

契約にまだ参画していない者に「契約違反だ」といっても意味がありません。まだ神との契約に参画していない人(神との関係を回復していない人)に「あなたがたは『ヤハウェのみを神とせよ』という第一戒に違反している」と言っても、それこそ「的外れ」です。
それよりも、契約にまだ参画していないのに「父母を敬え」という第五戒を究極的に実践していることは驚くべきことではないでしょうか。そしてそこから、パウロ流に言えば「あなたがたが、敬うべきものを敬うということを知っているものであるのを私は見た。しかしあなたがたが知らない、もっと敬うべき方がいる。それを教えよう。」[*8]というアプローチが可能になると思うのですが。

「先祖を拝礼するな」というのは、日本人にとっては、「神のみを敬え。父母は敬うな」というのも同然です。「第一に神を愛すること、第二に人を愛すること」[*9]がまだ啓示されていないのに、仏壇や異教式(仏式)の葬儀への参列をどうこう言ったりしては、救われた本人はよくても親族など周囲の人が「父母を敬えといいながら、ご先祖を敬わせないなんて」と不信感を持ったとしても当然でしょう。何事もそうですが、ダブルスタンダードと思われたら信用されません。

(ところでこれは蛇足ですが、「日本人の祖先崇拝に間題がある」という人は、「日本人が拝むほどに先祖を敬うようになる以前に福音を伝えなかった神はけしからん」と言っているのと同じですね。「神のご計画は間違っていた」というのでしょうか。
確かに、キリスト教が紀元1世紀の時点でアジアに向かっていたら、ムハンマドもコーランもまだ登場していないアラブ(アブラハムの子イシュマエルの子孫と言われる)に伝わり、ヒンズー圏では多少の苦労はあるかもしれませんが、仏教が6世紀に日本に伝わるより先に福音が伝わった可能性は決して低くないでしょう。そうなっていたらどのような世界になっていたか夢想するのも楽しそうですが、しかしそうしなかったヤハウェは間違っていたというのでしょうか。
梅原猛は、日本人の死生観は縄文人かそれ以前にさかのぼると指摘していますが[*10]、そうだとしても紀元1,2世紀かそこらに日本に福音が伝わって、文書によって歴史が記されるようになるまでにある程度以上普及していれば、記紀の内容もかなり変わり、さらには明治維新の性格もかなり変わり、そして現在の日本とキリストとの関係はまったく違ったものになっていたでしょう。)

日本人がご先祖を、拝むほどに敬うことを「間違っている」とするよりも、先祖を敬う心はわかってあげた上で、その先祖も御手のうちに守った方、先祖以上に敬うべき方を伝える、というのが日本における福音のコンテキスト化ではないかと思うのです。
主イエスはあの金持ちの青年を認めた上で「あなたに欠けているものが一つある。」と言われました。それも「慈しんで」言われたのです[*11]。「一つ」を欠いているだけだということでは、日本人の祖先崇拝も同じです。「神を愛せ」を知らない(知らされていない)だけなのですから、敵対的に要求するのではなく慈しみをもって知らせるだけなのではないでしょうか。
むしろ、日本的な「家」の考え方が風化してしまう前にそれが伝われば、約束をともなう命令である「父と母を敬う」を世界で一番わかるキリスト者となるかもしれません。

完成させる福音

以上、日本人の死者への思いを「おそれるべきものをおそれる」「敬うべきものを敬う」というところから考えてみました。「祖先を恐れることが間違っているのではない。ただ、それ以上に恐れるべき方がいる。」「先祖を敬うことが間違っているのではない。ただ、それ以上に敬うべき方がいる。」というのはつまり、日本人のそうした思いはキリスト教からすると「打破するべき習俗」ではなく「福音によってのみ完成させられるもの」であるということがいえたのではないかと思います。

天皇とキリスト教

ところでこれらのことは、いつか天皇がキリストを受け入れるためにもかなり重要なことです。日本のキリスト者の中にも「天皇もキリストの福音を受け入れますように」と祈る方々がいますが、ただ祈るだけではなく、教会が解決しなければならない重要な点があると思うのです。
というのは、皇室祭祀は数が多く筆者もまだ勉強しきれていないのですが、「豊作を祈り天災のない太平を祈ること」と、仁徳天皇祭、孝明天皇祭などのように「先祖を拝礼するもの」とがほとんどを占めるようだからです。前者は「尋常(よのつね)ならずすぐれたる徳(こと)のありて、可畏(かしこ)き物」への拝礼であり、後者は「父(と母と)を敬え」の究極なのだから、これらは上述のとおり聖書にそって、つまリキリスト教と対立せずにむしろキリスト教によって完成させることができるはずです。

もちろん、そう簡単な話ではありませんが。

ただ実際に、皇室には仏教という外来宗教を受け入れた実績があります。明治維新後に国家神道という体制がつくられ強化される以前には、皇室というファミリーは仏教の檀家でさえあったのです。[*12]
皇室と仏教の関係について、キリスト教側からは「仏教も多神教だから入りやすかったんだよ。キリスト教はそうじゃないから」と言われることがありますが、これは正確ではありません。多神教的であるとはいえ仏教がもし「皇祖皇宗を祀る」ということと対立していたなら、同じような多神教とはいえ皇室に入ることはなかったはずです。少し前の言葉でいえば「仏教は国体護持と衝突しなかった」というところが重要なのです。[*13]
(日本史で習う蘇我氏と物部氏の争いとは、崇仏派の蘇我氏と廃仏派の物部氏の宗教戦争でした。蘇我氏の血をひく用明天皇が仏教への帰依を表明して争いは激化し、物部氏が滅びたものですが、それでも日本は「神道がすたれて仏教国になった」というわけではなかった。用明天皇の皇子こそあの聖徳太子ですが、笹井大庸は「聖徳太子のお陰で神道は仏教側の勝利にもかかわらず残ることができて」と書いています[*14]。このあたり筆者はまだ不勉強ですが、そのとおりであるなら、用明天皇(あるいはその意思を理解した聖徳太子)は、「仏教への帰依」と「皇祖皇宗を祀ること」のあいだに矛盾を見なかったと考えるべきでしょう。確か梅原猛が指摘していたことだったと思いますが[*15]、崇仏派として14歳で物部との戦いに出陣したとも伝えられる聖徳太子が、廃仏派のはずの物部守屋とが、どこのお寺だかで一緒にまつられていたりもするそうです。)

言うまでもなく、国体護持のためだろうと何だろうと福音を捻じ曲げてまで妥協することは、キリスト者として許容できません。そんな、日本の戦前戦中の教会(筋を通したために他のキリスト教徒からも迫害された一部の教会を除く)と同じようなことは、断じてできません。でも仮に、福音が福音のままでも日本の国体と対立しないとしたら、そのことが示せるなら天皇が福音を拒まなければならない理由はないのです。それをせずに「仏教も多神教だったから」というのは、ただの言い訳ではないでしょうか。

そして、仮に「キリストの福音」と「日本の国体」が衝突するものでないのだとしたら、すでに皇室に届きつつある福音が天皇に達するのも遠くありません。
届きつつあるというのはたとえば、今上天皇は皇太子時代に、クエーカー派キリスト教のヴァイニング夫人を家庭教師としていました[*16]。ヴァイニング夫人の著書[*17]を読むと、今上天皇(当時皇太子)とキリストの福音とはそんなに離れていないと感じさせられます。
他にもたとえば、美智子皇后はミッション系出身なのは有名です。ミッション系出身者のすべてがキリスト教徒というわけではないし、皇后陛下も洗礼を受けてはいませんが、ミッション系でまじめな学生していれば福音に触れてはいるはずですし、祖父母は熱心なキリスト教徒だそうですから、福音の何たるかは知ってはおられると思います。
昭和天皇の弟(今上陛下の叔父)である常陸宮殿下に関しては「宮中聖書事件」の話もあります。[*18]。
宮中の歴代の女官には、キリスト教徒が少なくないことを指摘する人もいます。[*19]。
今上天皇に仕えたもと東宮侍従の濱尾実氏もクリスチャンだとも言われていますが、彼は、現ローマ法王を選出するコンクラーベにも参加した濱尾文郎枢機卿の実の兄弟です。[*20]
ほかにも、戦後のキリスト教指導者のひとり植村環(たまき)は、昭和22年3月に米国から帰国後「香淳皇后に聖書を進呈している。そして、貞明皇太后からは、宮中で皇女たちに毎週聖書を講じるよう言葉を受けた。この宮中バイブルクラスは5年間にわたって続けられたという。」(歴史読本 P205)。(現行の皇室典範では天皇家の男性は皇位につく可能性がありますが女性にはない。つまり男性は皇室祭祀を執行する立場となる可能性があるが、女性はそうではないのでバイブルクラスというのも可能だったのでしょう。)
このように、聖霊の風が宮中に吹き込もうとしている様子がいくつも見受けられるのです。

「天皇がキリストを受け入れますように」という祈りは大切です。でも祈りと同時に、キリスト教の方が解いて示すべき課題があるわけです。それを解かずに祈るのはただ無邪気なだけで、今のままのキリスト教ではたとえもし仮に天皇がキリストを受け入れたとしても、信仰を表明することはできません。
それは「天皇は憲法で信教の自由を保障されていない」とかの制度的なことではなく[*21]、天皇家の家長として先祖をないがしろにするような無責任なことはできないのです。現在の宮中祭祀は明治維新後につくられたものや復活されたものが多いのですが、今上陛下は皇室祭祀を守ることについては昭和天皇以上に真摯であると伝えられています。普通の日本人、とくに地方で長男の立場にある人が「先祖の墓を捨ててキリスト教に入信する」ということが難しいのにも増して、天皇家の惣領には難しいことなのです。

けれど、先に「仮に福音が福音のままでも日本の国体と対立しないとしたら」と書きましたが、皇室祭祀の多くが「おそれるべきものをおそれる」「敬うべきものを敬う」であるなら、皇室祭祀はキリスト教にとっては「異教の風習」として対決するものではなく、逆にキリスト教によってこそ完成されるものということになります。そして、笹井大庸が指摘している「記紀に登場する、名の知れない神」こそアレオパゴスの「名の知れない神」なのだとすれば[*22]、結局すべてが解かれることになるでしょう。(このあたりについては、笹井説についてと皇室祭祀について、もう少し勉強してから書く予定です。また、神道からの反発もあるでしょうし[*23]、他に「もしそうなったら右翼はどう反応するだろうか」というのもありますが、それらについてもいずれ書くつもりでいます。)

結びとして

さて、日本人が祖先を礼拝するほど「父と母を敬う」を昇華させたことが、「神の失敗」ではないどころか「神の計画のうちにゆるされたこと」であるとしたら、それは何を意味するのでしょうか。次にはそれを考えてみたいと考えています。
というのは、そこにも重要な鍵があると考えているからです。今回は拝礼というところから考察しましたが、日本人の死者に対する思いにはもう一つ、「死者をなぐさめる/供養する」という視点があります。ここに、欧米キリスト教がある意味で置き去りにしている「キリスト教が解くべき問題」の鍵があると思うのです。


注および参考資料

[*1] 山本七平「昭和天皇の研究 その実像を探る」(祥伝社)P153-154からの孫引き。

[*2] 同じく山本七平「昭和天皇の研究 その実像を探る」に紹介されている、昭和12年の文部省通達を引用します(P20-21)。「天皇が神だというのは、キリスト教でいう神のような神ではない」ということを、戦後の「新日本建設に関する詔書」(いわゆる人間宣言)などよりずっと前に「政府機関が布告」しているものです。

天皇は、皇祖皇宗の御心のままに我が国を統治したまう現御神(あきつかみ)であらせらる。この現御神(明神=あきつかみ)、あるいは現人神(あらひとがみ)と申し奉るのは、いわゆる絶対神とか、全知全能の神とかいうが如き意味の神とは異なり、皇祖皇宗がその神裔であらせられる天皇に現われまし、天皇は皇祖皇宗と御一体であらせられ、永久に臣民、国土の生成発展の本源にましまし、限りなく尊く畏(かしこ)き御方であることを示すのである。

[*3] マルコによる福音書16章8。新共同訳。

[*4] ハルペン・ジャック著「ユダヤジョーク集」所収の一編。

[*5] ルカによる福音書12章4~5。新共同訳。

[*6] もしも礼拝が「神にささげる」ということがなく、「神から受ける(養われる)」だけのものなら、話は別です。そういう礼拝なら、神への敬意がなくてもできるでしょう。むしろ、他に「するべきこと」があれば「自分が受けること」より優先することになって、礼拝よりも大事なことがでてくるのも当然でしょう。「自分が受けること」は権利ですから、他の「するべきこと」について責任を果たすのが当然になるのですから。「ヨーロッパから外国に出て行く宣教師よりも、第三世界から外国に出て行く宣教師の方が多くなった」といわれるほど先進国ではキリスト教の勢いがかげってきているのも、案外そんなところに原因があるのかもしれません。

[*7] 出エジプト記20章12。
本文中では文語調で一部を紹介しましたが、現在一般的な新共同訳では「あなたの父母を敬え。そうすればあなたは、あなたの神、主が与えられる土地に長く生きることができる。」と訳されています。
神ヤハウェがモーセをとおしてイスラエルに与えた十戒の第五戒(プロテスタントの数え方。カトリックの数え方では第四戒)で、出エジプト記20章12に記されています。新約聖書ではさらにかみ砕いて次のように教えています。
『「父と母を敬いなさい。」これは約束を伴う最初のおきてです。「そうすれば、あなたは幸福になり、地上で長く生きることができる」という約束です。』(エフェソの信徒への手紙6章2~3)。

[*8] 使徒言行録17章22~24でパウロは次のように言っています。
「アテネの皆さん、あらゆる点においてあなたがたが信仰のあつい方であることを、わたしは認めます。道を歩きながら、あなたがたが拝むいろいろなものを見ていると、『知られざる神に』と刻まれている祭壇さえ見つけたからです。それで、あなたがたが知らずに拝んでいるもの、それをわたしはお知らせしましょう。世界とその中の万物とを造られた神が、その方です。」

[*9] マタイ福音書22章35~40。
律法の専門家が、イエスを試そうとして尋ねた。「先生、律法の中で、どのおきてが最も重要でしょうか。」
イエスは言われた。「『心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』これが最も重要な第一のおきてである。第二も、これと同じように重要である。『隣人を自分のように愛しなさい。』律法全体と預言者は、この二つのおきてに基づいている。」

[*10] たしか、梅原猛の「日本人の「あの世」観」がそのような内容でした。確認したら補足します。

[*11] マルコによる福音書10章17~27。
イエスが旅に出ようとされると、ある人が走り寄って、ひざまずいて尋ねた。「よい先生、永遠の命を受け継ぐには、何をすればよいでしょうか。」
(中略)イエスは彼を見つめ、慈しんで言われた。「あなたに欠けているものが一つある。行って持っている物を売り払い、貧しい人々に施しなさい。そうすれば、天に富を積むことになる。それから、わたしに従いなさい。」

[*12] 義務教育では天皇の墓というと仁徳天皇陵などしか習わなかったと思いますが、明治時代以前の天皇で「お寺に墓がある」という例は決して珍しくありません。たとえば京都の泉涌寺にある月輪陵にも多くの天皇や皇族が眠っています。

[*13] 国体【こくたい】
もちろん「国民体育大会」のことではありません。民主制や君主制といった、その国その時代の政治のあり方を「政体」というのに対し、その政体が時代によってどのようなものになろうとも変わらない「国柄【くにがら】」つまり「その国らしさ」というようなものを「国体」といいます。

[*14] 笹井大庸「キリスト教と天皇(制)」P68より引用。
マルコーシュ・パブリケーション 2002年4月1日発行 ISBN4-87207-212-X

[*15] 確か、梅原猛著「隠された十字架」で読んだと思うのですが。確認したら補足します。

[*16] ヴァイニング夫人
昭和天皇から占領軍への「皇太子の家庭教師として、極端でないキリスト教徒」を送ってほしいという要請により米国で募集が行われ、クエーカー派キリスト教徒のエリザベス・ヴァイニングが選ばれたもの。
「昭和天皇独白録 寺崎秀成御用掛日記」(産経新聞刊)の「寺崎秀成御用掛日記」で、断片的に記されているほか脚注に、昭和21年3月28日に寺崎は昭和天皇の埼玉県巡幸に随行したのち、29日に米国からの教育使節団長に正式に皇太子のための英語家庭教師の送りこみを依頼しており、この時に示された条件の一つが「狂信的でないクリスチャンの夫人」だったという。これにより「非暴力主義で知られたクエーカー教徒のエリザベス・ヴァイニングがえらばれた」わけで、もちろん寺崎は御用掛として行動しているのだから昭和天皇自身のご意向によるものでしょう。今上陛下がキリスト教に帰依していた、ということではないと思いますが。

[*17] ヴァイニング夫人の著書は、「天皇とわたし」「皇太子の窓」の2冊がお勧め。他に日本についての著作としては「静かな巡礼」というのもあるそうですが未読なので書名の紹介にとどめます。特に「天皇とわたし」には次の興味深い記述があります。(ここでいうヴァイニング夫人がいう「天皇」とはもちろん昭和天皇のことです。)
「天皇であられるこの生物学者は古式にのっとった祭儀を営まれるときには宇宙を司る神の存在をお認めになっているのかもしれない。ちょうど他の国の生物学者たちが、学者としての良心に妥協せずに教会にいき賛美歌を歌うのと同じようにである。」
日本の神話には「宇宙を司る神」というのは確かいなかったと思います。せいぜいが「特定の自然や自然現象を司る神」でしょう。いわば「クリスチャンであることがおおやけになっている人の中では一番近くで天皇を見た人」である夫人がこのように証言していることはかなり重要なのではないでしょうか。しかもこう証言しているのは、宗教改革がまだ不徹底だとしてピューリタンが生まれ、それでもまだ不徹底だとして生まれたクエーカー派の信仰に立つ人物なのです。

[*18] 宮中聖書事件
昭和37年秋のこと、美智子皇妃殿下と義宮親王殿下(現・常陸宮正仁殿下)がキリスト教について語り合い、これを耳に入れた昭和天皇が美智子妃を激しく叱責したというもの。
今上陛下の皇太子時代の学友である藤島泰輔の次のような証言もある。「たまたま常陸宮さんが両陛下と食事をされたときに、美智子さんが(皇室へ)入ってきてくれたおかげで、キリスト教の話ができるようになって非常にうれしいというようなことを(略)常陸宮さんはたいへん率直な人ですから、つるつると言っちゃったらしいんです。」「そうしたら天皇が激怒されて、そこに美智子さんをお呼びつけになって、「二度とふたたび皇室の中でキリスト教の話をしないでくれ」と言われた。この話は天皇さんからかなり近い人からうかがったんですけど、あんなに怒られた天皇は戦後はじめてだとその人は言っていました。」
義宮(常陸宮)殿下の侍従だった村井長正もクリスチャンと言われ、義宮殿下は影響を受けたらしいが、この宮中聖書事件ののち侍従職を退いたとのこと。

[*19] クリスチャン女官
宮中の歴代の女官にクリスチャンがいたことは、WEB上でも名前をあげて紹介されているサイトを見つけることができます(1969~1990年の女官長の松村淑子、その後任で2004年までの女官長の井上和子など)。ただし出典など根拠は筆者は確認できていません。

[*20] 濱尾文郎枢機卿。ヨハネ・パウロ2世の死後、「コンクラーベ」と呼ばれる、後継者を選ぶ教皇選挙が行われて、現在の教皇が選ばれました。このとき投票権を持っていたのは80歳未満の枢機卿117人。そのうちアジアからは11人、さらにそのうちの2人が日本人で、その一人が濱尾文郎枢機卿でした。コンクラーベは互選制でしたから、理屈では日本人枢機卿が教皇になる可能性だってゼロではなかった?
濱尾実侍従がクリスチャンだったという話もありますが、筆者は出典等の根拠を確認していません。兄弟がカトリックで枢機卿にまでなったからというだけで濱尾実侍従もキリスト教徒だったということではないでしょうが、皇室とキリスト教との距離を示す例のひとつとして紹介しました。

[*21] 天皇と「信教の自由」については、制度的には『天皇は「国民」ではないので、昭和憲法によって「信教の自由」を保障されていない』という論があります。しかしこれだけなら、やり方はいくらでもあります。小室直樹が「日本人のための宗教原論」で書いているとおり、生活様式まで規定するイスラム教と違って、心で信じ口で信仰を表明するだけでよいキリスト教は「隠れキリシタン」が可能だからです。
たとえば、もし仮に天皇にその気がおありであるなら、進講として牧師を宮中に招き、人払いでもして牧師にだけ信仰を表明し洗礼【バプテスマ】を受ける、ということだってできるわけです。しかし少なくとも今上天皇は、仮にキリストの福音を受け入れたいとお思いになったとしても、そのようなことはなさらないでしょう。問題は「制度」ではないのです。

[*22] 前掲の笹井雄一「キリスト教と天皇(制)」のP36-37。要約すると、古事記でイザナギ・イザナミが子供のことで「天の神」に相談したところ、その「天の神」は、フトマニ(占い)でもっと上の神(名前も何も出てこない)の神意をたずねるようにと答えたという。このことから笹井は「名前のある神は、究極的にはフトマニにおいて神意を得ようというのだから、名の知れない神に祭祀を捧げているという関係が成り立っている。」としています。

[*23] 天皇がキリスト信仰を表明したとしたら?
三土修平は「靖国問題の原点」(日本評論社 2005年8月15日第1版第1刷 ISBN4-535-58453-2)のP153-154で、1960年3月9日の憲法調査会(1999年以降に両院に設けられたものとは別の、当時内閣に設けられていた調査会)の議事録を紹介しています。
それによると、調査会の高柳会長の「神道が宗教かどうかということに関して、ちょっとお尋ねしますが、天皇がたとえばキリスト教に改宗されるという決意をされた場合にね、神道側にレジスタンスがないですか?あるいはそれはいかんと、こういう気持ちになるでしょうか。(神道が)宗教でなければこれは自由なんでしょう。」という質問に対し、元神祇院副総裁の飯沼一省(かずみ)参考人は「それは神道者にとっては、少なくとも非常なショックでしょうな。」と応えています。
あるいは、いわゆる右翼にとっても、天皇がキリスト教に入るなどということになれば非常なショックを与えるでしょう。もしかしたら仏教が日本に入ってきたときのように、日本伝来の神々の護持を目指す物部氏と仏教擁護派の蘇我氏とで内乱が起きたようなことが、右翼の中でも過激なグループによって惹起されるということがあるかもしれません。しかしこの点についても、いずれこのシリーズで書きたいと思っていますが、キリスト教側が聖書に基づいて解を示せば、右翼をはじめ天皇を崇敬する人々に納得してもらうことは可能なのではないかと筆者は考えています。

作成:2007年6月16日

布忠.com