聖書とギリシャ語の雑学

なかば定説的に「新約聖書はギリシャ語で書かれた」と言われています。
確かに、発見されている一番古い写本はどれもギリシャ語ですし、日本語聖書はこれを底本としています。
新約聖書27巻のうち、超エリートで地中海世界を布教旅行しつづけた使徒パウロが書いた書簡は、やはりはギリシャ語で書いたでしょう。
ユダヤ人ではないルカが、ユダヤ人ではないテオフィロ閣下にイエスを伝えるために書いた「ルカ福音書」と「使徒言行録」などは当然、ギリシャ語で書かれたでしょう。
パウロ以外の書簡も、読み手が「ギリシャ語を話すユダヤ人」や外国人なら、ギリシャ語で書かれたでしょう。

でも、新約聖書全巻が最初からギリシャ語で書かれたのでしょうか。少なくとも、ルカ以外の福音書は、ヘブライ語で書かれたものをギリシャ語に翻訳(それも直訳)した形跡があります。それを以下で見てみます。

なお、新約聖書の原典がヘブライ語だろうとギリシャ語だろうと、あるいはラテン語だろうとドイツ語だろうと、いっそ英語かエスペラント語だったとしても、イエスや弟子たちはヘブライ語で話していたのですから(筆者はアラム語説には立っていません)、以下に書くことは非常に枝葉末節です。
ただ、「ギリシャ語の"愛"にはフィレオーとアガペーとエロースがあって」などといわれると、アマノジャクな筆者は「ヘブライ語にフィレオーとアガペーの区別があったんかいな?イエスはヘブライ語でフィレオーとアガペーを使い分けていたんかいな?」と突っ込みたくなるんです。というわけで、ちょっとほじくってみます。


マタイ福音書の場合

たとえばマタイ6:22に「あなたの目がよければ全身も明るい」というキリストのセリフがあります。ヘブライ語で「目がよい」といえば「気前がいい」という意味の慣用表現です。同様に「目が悪い」は「ケチ」という意味の慣用表現です。
これを踏まえると、その直前の「地上に富を蓄えるよりも、天に宝を積め」や、直後の「神と富の両方に仕えることはできない」とつながって、富に執着せず人にほどこせというきれいな文脈になります。
もし新約聖書が最初からギリシャ語で書かれていたのなら、ギリシャ語で「気前がいい」を表す言葉で書かれていたはず。しかしヘブライ語で書いた人が「気前がいい」というニュアンスで「あなたの目が明るければ」と書いたのに、ギリシャ語に直訳で翻訳されたために、(これがただの民衆にむかって語られているというのに)深遠な神学的意味が隠されていると考え、「目が澄んでいれば」「目がにごっていれば」などと訳すことになりました。

日本語の場合はまだましで、ギリシャ語の底本では「目」が単数系になっているために、NKJVなど英語聖書の多くでは「eyes」とせずに「the eye」つまり「片目が澄んでいれば」という妙な訳になっているのです。比較的最近のTEVでは「the eyes」としていますが、考えすぎて誤訳になってしまったかのように感じませんか?

ヨハネ福音書の場合

以下は、有名なヨハネ福音書20:19です。
[その日、すなわち週の初めの日の夕方、弟子たちはユダヤ人を恐れて、自分たちのいる家の戸に鍵をかけていた。そこへ、イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。]

私が思うにおそらく、いえ、ほぼ確実に、イエスはヘブライ語で「シャローム」と言ったのではないでしょうか。あるいは「あなたがたにシャロームがあるように」と。いずれにせよこれは日常的なあいさつです。だとすれば、ヨハネ福音書が最初からギリシャ語で書かれたならここは「こんにちは」と書かれていなければならない。

ところがギリシャ語に訳した際に「シャローム」を「平和」と直訳してしまった、というのが真相ではないかと思うのです。
もし「みなさん、こんにちは」という日本語を英訳するのに「Today everybody」では、マルはもらえないですよね。

十字架で死んで葬られたイエスが復活したという報告を受けても、見るまでは信じられず、宗教的指導者を恐れて鍵をかけてとじこもっていた使徒たち。イエスの性格を考えれば、この「シャローム」は、「やあ!」と片手をあげウインクしながら入ってきたんじゃないかとさえ思うのですが。

マルコ福音書の場合

マルコ福音書は「すると」「そして」などのことばが多いのが特徴とされていますが、実はこれはヘブライ語の文法の特徴なのです。
たとえば出エジプト記の書き出しは、書き出しなのに「そしてこれらは、イスラエルの息子たちの名前である」となっています。レビ記の書き出しも、書き出しなのに「そして彼はモーセを呼ばれた」です。旧約は、対訳本を見ると、そのまま日本語に訳したらうっとうしいほど「そして」の連続です。

前述のマタイやヨハネは、とりあげたところだけがヘブライ語だった可能性もありますが(だってイエスや弟子たちはギリシャ語ではなくヘブライ語で話していたのだから)、マルコは文の構成がヘブライ語の特徴を持っている以上、全体がヘブライ語で書かれたものをギリシャ語に直訳したのではないかと思うのですが。

ルカ福音書の場合

このページの冒頭でふれたルカは「資料を収集・整理してこれを書く」と宣言しています。
彼はギリシャ語で福音書をまとめたでしょう。何しろ書き手のルカはもちろん、読み手のテオフィロ閣下も非ユダヤ人ですから。
でも彼が集めた資料はヘブライ語だったはずです。たとえば「マリアはこのことを胸にしまっておいた」という記録は、ルカがマリアにインタビューしたから書けたものでしょう。マリアはギリシャ語でルカに話したのでしょうか?
文書資料説の支持者が存在を仮定しているQ資料(福音書の筆者が参考にしたと仮定される、未発見の福音書)の実態は、ひとつの資料ではなく、口伝の聞き取りや誰かがキリストの教えをメモしたものなど、巷間の断片だったろうと思います。そのほとんどは、ユダヤ人民衆が日常的に使用していたヘブライ語だったでしょう。仮にQ資料なるものが発見されたとしても、そのQ資料の作者はやはりヘブライ語の断片資料から著したはずです。

つまり、まずヘブライ語の原資料があったというのが肝腎で、それを「福音書の記者が福音書にまとめるときに、ギリシャ語で書いた」のか「福音書記者はヘブライ語で書き、誰かがギリシャ語に訳した」のかはどうでもいいことになります。
繰り返しですが、キリストもペトロたちも、ヘブライ語で会話していました。私たちに必要なのは、ギリシャ語の聖書(できれば福音書、少なくとも福音書中のそれぞれの発言)をヘブライ語に直訳で逆翻訳して、それを日本語に意訳した聖書ということになりそうです。

ヘブライ語の話

このページをここまで読んだ人の中には「ヘブライ語というのは、アラム語のことではないか」という人もあるかもしれません。そう思われた方は「ヘブライ語の雑学」のページもどうぞ。

作成:2000年12月1日
更新:2003年3月10日

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