(筆者が創世記7章の解説で、洪水の前の7日間を「人間に最後の悔い改めの機会を与えたのではないか」と書いたことについて)
万能であり、人間をつくって、人間の事などわかりつくしてる神がどうして人間を試すのですか?
ノアの話で、7日間は人間に猶予を与えたのではないか?と書かれてましたが、これも神はもちろん誰も信じて乗ってくる人がいないということを知ってたはずです。」
主はノアに言われた。「さあ、あなたとあなたの家族は皆、箱舟に入りなさい。この世代の中であなただけはわたしに従う人だと、わたしは認めている。七日の後、わたしは四十日四十夜地上に雨を降らせ、わたしが造ったすべての生き物を地の面からぬぐい去ることにした。」
ノアは、すべて主が命じられたとおりにした。ノアが六百歳のとき、洪水が地上に起こり、水が地の上にみなぎった。ノアは妻子や嫁たちと共に洪水を免れようと箱舟に入った。清い動物も清くない動物も、鳥も地を這うものもすべて、二つずつ箱舟のノアのもとに来た。
七日が過ぎて、洪水が地上に起こった。ノアの生涯の第六百年、第二の月の十七日、この日、大いなる深淵の源がことごとく裂け、天の窓が開かれた。
主は、ノアの後ろで戸を閉ざされた。洪水は四十日間地上を覆った。水は次第に増して箱舟を押し上げ、箱舟は大地を離れて浮かんだ。水は勢力を増し、地の上に大いにみなぎり、箱舟は水の面を漂った。水はますます勢いを加えて地上にみなぎり、およそ天の下にある高い山はすべて覆われた。
地上で動いていた肉なるものはすべて、鳥も家畜も獣も地に群がり這うものも人も、ことごとく息絶えた。乾いた地のすべてのもののうち、その鼻に命の息と霊のあるものはことごとく死んだ。地の面にいた生き物はすべて、人をはじめ、家畜、這うもの、空の鳥に至るまでぬぐい去られた。彼らは大地からぬぐい去られ、ノアと、彼と共に箱舟にいたものだけが残った。(創世記7章より抜粋)
この洪水の時に限らず、私の読んだ限り、創造者はいきなり断罪することはしないようです。裁く前に悔い改めのチャンスを必ず与えます。
これは、「人間が罪を犯すのは仕方ない、悔い改めの機会を与えるから立ち返れ」ということではないかと思います。
その人が将来悔い改めるかどうかは、ご質問の通り創造者は知っています。時間を創造した創造者は時間を超越しているのです。だから全知と呼ばれるのです。ノアの洪水のときも、7日間の猶予を与えたところで、人々が悔い改めないことは知っていたはずです。
にもかかわらず、7日間の猶予を与えたのは、無駄だと知っていてもそうせずにはいられないほど、創造者は人を愛している、ということなのだと思います。
だったら無条件に救えばいいじゃないか、と思われるでしょうか。創造者も、人間が滅ぶのを望んだりはしません。しかし、人間の方が創造者から離れたのです。創造者は自身に似せて、人格を持つ存在として人間を創造したのです。人間の自由意思に反してむりやり救うことはしません。それくらいなら最初から自由意志など与えず、創造者に背反しないただのロボットとして人間を創造すればよかったのです。
ところで、聖書では7という数字は、完全の意味をともなって出てくることが多いそうです。
たとえば、「カインを殺したものに対しては7倍の復讐」というのは、復讐は完全に行われるという意味です(7回殺すということではない)。
キリストは、「人があなたにたいして罪を犯したなら、7回の70倍まで許せ」と教えました。これも、491回目からは許さなくてよい、というのではなく、「完全×完全×10回までも許せ」=完全に許しつくせ、ということです。
洪水の前の7日間も、猶予として完全に十分な日数として定められたのだと思います。
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作成 1998年10月12日 更新 2007年3月15日 |