宗教戦争について

一神教では多神教とちがってたった1人の神が唯一であり絶対ですよね。
ですがキリスト教以外でも一神教はたくさんあります。
どちらの神がが正しいかを証明するために人々は争い、戦争をしてきましたね。
宗教がなかったら戦争は起きなかったのではないですか?

(以下は、上記の質問を下さった方への返信を加筆訂正したものです)

第一に、キリスト教徒が引き起こしたものも含めて、戦争は人間の過ちです。神のせいではなく人のせいです。

第二に、宗教戦争と言われるもののうちどれくらいが「宗教がなかったら起きなかったはず」といえるのか、どれくらいが「どちらの神が正しいかを証明するため」だったのだろうということがあります。

たとえば、米国とアラブの戦いは、イスラム教徒とキリスト教徒の争いでもあります。でもこれは純粋に「どちらの宗教が正しいか」の争いではありません。領土のこともありますが、何より経済の問題です。
米ブッシュ政権のイラク攻撃は石油利権のためであるのがあからさまですし、イスラム過激派は「お前たちが貧しいのは米国をはじめとするキリスト教徒のせいだ」とあおって兵士や自爆テロリストを集めています。

イスラム過激派がイスラエルで行っている自爆テロの場合、過激派は「これは聖戦だ、聖戦で死んだものは天国に行ける」と言って自爆テロ実行者をつのっていますが、実はイスラム教の聖職者たちは「相手がイスラエルだろうと、民間人を狙った攻撃は殺人であって聖戦ではない。だから自爆テロを実行して死んでも天国には行けない」と言っているのです。
ガザからイスラエル軍が撤退したあとも、ガザからイスラエルにロケット弾が打ち込まれ続けています。ガザを実効支配するハマスは、外からガザに入ってくる物資や資金をすべて握ってそれで武器を購入しつつ、市民とくに子供たちに「お前たちが貧しいのはイスラエルが存在するからだ。イスラエルを滅ぼさなければならない」と言っています。
ユダヤ人といえば金融、イスラエルといえばIT、というイメージがありますが、石油の出ないイスラエルにとって生き残るにはまずたがやすことでした。建国以前からそうやって荒れ野と格闘してきたからこそ、今では輸出するほど豊かな農業国になっているのです。一方、周辺のアラブ諸国は、王族などごくわずかの人々が富のほとんどを所有し、ほとんどの国民は貧しい状態です。経済格差がすべてとは言えませんが、一番大きな問題は経済にあると思います。

キリスト教徒同士の戦いも同様です。
たとえば20世紀後半にずっと続いていたアイルランド紛争は、カトリックとプロテスタントの争いとして扱われてきましたが、実際には、アイルランド系は貧しく、それよりはイギリス系が裕福という経済格差が不満となっていました。アイルランド系がほとんどカトリック、イギリス系はほとんどプロテスタントという事実もありましたが、これは「カトリックとプロテスタントのどちらが正しいか」という戦いではありません。
宗教改革後、ヨーロッパがカトリック国とプロテスタント国にわかれて戦争を繰り広げたという事実もあります。これも結局は、カトリックの教皇の政治的権威を利用し続ける国と、それからの脱却をはかる国との、政治的な戦いという側面の方が大きいのではないでしょうか。

キリスト教あるいは一神教と関係なくても宗教にからんだ戦争はあります。「一神教は排他的だから他の宗教と戦争になる」と言う人が、テレビに出てくる専門家にさえいますが、日本でもたとえば、崇仏派の蘇我氏と廃仏派の物部氏による内戦は多神教の信者同士の戦争です。でもこれも、結果から見ればですが、権力闘争だったといえるのではないかと思うのです。
まして戦国時代の僧兵というのは、寺の権威とか、寺領からの収入や信者の寄進という経済を守るためのものだったと言えると思います。

戦前戦中の日本では、天皇が神格化されたと言われます。天皇を国家統治の一機関とする美濃部達吉の天皇機関説が「けしからん」と排撃され、政府が海軍軍縮条約を結んだのは天皇の大権を侵すものとされました。
しかし実際には、天皇の統帥権をもっとも干犯したのは軍部であることが各種史料から明らかになっています。
一方で天皇機関説や軍縮条約を攻撃したのは野党とマスコミでした。「神格化された天皇」を利用した政府攻撃でしかなかったのです。

護教的と思われるかもしれません。実際のところ、国民(信者)にとっては「神のための戦い」だったでしょうし、あるいは王や指導者自身がそう信じて戦ったものもあるでしょう。
でも(「すべてがそうだ」と言えるほど勉強はしていませんが)ほとんどの場合、「戦争のために宗教を利用」「戦争に協力させるために信仰心を利用」というものだったのではないでしょうか。

更新:2009年9月29日

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