聖書は一夫一婦か一夫多妻か

メールマガジンで「意外なことにというべきか、聖書は一夫多妻を禁じていない」と書いたことに、次の質問をいただきました。→元の記事

確かに聖書の中で一夫多妻制を禁じてはいませんが、これは神様の本意ではないように思われるのです。なぜなら、主はアダムにイブをお与えになりました。主が造られたアダムの伴侶は、イブだけです。

私が思うに、一夫多妻は、人間の都合で構成されたものだと思います。以前通っていた勉強会の中で、新約聖書の中に一人の夫には一人の妻、を強く思わせる個所があったように記憶しています。

いかが思われますか?

聖書をすなおに読むと「一夫一婦がベターであるが、一夫多妻は禁じられてはいない」という結論を筆者は得ました。そう考えるにいたった経過を、少し長くなりますが説明します。

まず、旧約聖書から。
ご指摘の通り、原初の結婚は一夫一婦でした。アダムとエバの結婚に際しても「男は父母を離れて女と結ばれ、二人は一体となる。」と書いてあります。

でも聖書中の事例としては、たとえばソロモン王は妻たちの宗教にかたむいたために裁かれましたが、1000人と結婚したこと自体を裁かれてはいません。
ダビデ王も多妻でしたが、そのこと自体は裁かれていません。バト・シェバのことで裁かれたのは不正な方法で妻にしたからで、ダビデが悔い改めた後は主はむしろこの結婚を祝福したようにも読めます。(第二サムエル12:24-25)
創世記のヨセフが兄弟に憎まれたのは、母親が違うというのも理由だったでしょう。しかしヤコブも、多妻そのものを裁かれてはいません。

参考となるか余談となるか、ユダヤ教やキリスト教と密接な関係にあるといわれるイスラム教には一夫多妻があります。イスラム教徒には聖戦の義務があるため戦争寡婦が実際に多く、力のある者は彼女達を家に迎えるようにと、アラーが配慮したためなのだそうです。
もちろん想像の域を出ないのですが、このことが聖書がイスラム教に影響を与えたものだと仮定すると、見えてくることがあります。出エジプト以後、イスラエルは常時といっていいほど戦争状態でした。当然、戦争寡婦も多かったでしょう。戦争寡婦を守るために一夫多妻をみとめる(少なくとも黙認する)というヤハウェの配慮が、イスラム教に影響を与え、残っているのではないかと思うのです。
(人の必要のために神が配慮したのではないかと解釈するなら「人間の都合」のためということにもなるかもしれません)

続いて、新約聖書から。

質問者が勉強会で学んだのはきっとパウロ書簡の、テモテ第一の3:2、同3:12、テトス1:6だと思います。ここには確かに「一人の妻の夫」でなければならないと書いてあります。ただ、これらをよく読むと、「監督は」「奉仕者は」「長老は」一人の妻の夫でなければならないと言っているのです。このことは、二つの可能性を示します。
第一は、「信徒のことはさておき、教会で責任ある立場のものは一夫一婦でなければならない」というすすめである可能性です。パウロは一夫多妻を少なくとも容認している前提で、教会で責任ある立場の者へのすすめとしてこう書いていると取れます。
第二は、「教会で責任ある立場につくには、独身者ではなく既婚者でなければならない」とすすめている可能性です。実際、夫が教会で責任ある立場を果たすためには、妻のサポートがあるほうがはるかに支えられます。教会でのさまざまなことがらには、配偶者に対しても口外できないようなこともありますが、もっとも近しいところから祈りのサポートがあるのとないのとでは、やはり職責をまっとうする上でかなり違います。(現代では女性が教会の牧師や役員、執事などになることも珍しくありませんが、その場合もやはり夫のサポートが大きいでしょう)。こうなるとここの箇所は一夫一婦か一夫多妻かという論点とは関係ないことになります。

ところでこう書いたパウロは、「信仰者は結婚しないほうがよいが、相手への情熱を押さえきれないなら、姦淫の罪を犯すよりは結婚したほうがましである」とも書いています。(1コリント7章)。
では彼は「生めよ増えよ」という神の命令に反する事を教えていたのか?宗教エリートだったパウロが、それはないでしょう。パウロは、牧師であるテモテやテトスに教会運営を教えるためには「執事は一夫一婦の者にしろ」と指導し、性的に乱れていたコリントの街に建てられた教会を教えるためには「姦淫するくらいなら結婚したほうがマシ。さらによいのは独身のまま主に仕えること」と書き送っているのです。
日本でいう「人(にん)見て法を説け」、イエス様の言う「聞く力に従って」、つまり書簡を読む者のことを考えてパウロは教えているわけです。これは私たちが手紙を書いたり、人に何か教えたりする場合と一緒です。

話しを戻して、新約聖書からさらに例を見てみます。
キリストのたとえばなしの中に、1人の花婿と10人のおとめが登場するものがあります。一夫一婦が自然との先入観からいろいろ解釈したくなるところですが、素直に文脈を読むなら、この「おとめたち」は花嫁なのではないでしょうか。一夫多妻が民衆にとってなじみのないものなら、キリストはこのようなたとえで民衆を教えたでしょうか。(後述するようにユダヤ教では一夫多妻は許容されていますが、同時に複数の妻と結婚することがあるかはわかりません。ただ、このたとえの主題は目を覚まして賢くそなえをしていたものとそうでないものとなので、同時にということがあるかないかはあまり関係がないと思います)
あるいは、キリストはみずからを花婿にたとえていますが、では花嫁は誰でしょう。全人類のうちのただ1人が花嫁なのか、一人ひとりのクリスチャンではなく教会という集合体なのか、それとも一人ひとりのクリスチャンによって構成される教会なのか。一夫多妻が民衆にとってなじみのないものなら、キリストは自分を花婿にたとえたりはしなかったのではないかと思うのですが、どうでしょうか。
(キリストがもちいたたとえ話は基本的に、種まきや羊飼いなど、民衆に身近なところから題材をとっています。「王の結婚式」などは民衆からちょっと距離があるように見えますが、これはラビが説法するときに使う「王のたとえ話」という手法で民衆にもなじみがあるものでした。)

ところで、人は怒りによって罪を犯すことがあります。けれど怒りそのものについては、パスカルも「パンセ」の中で怒りは神の属性のひとつであると書いていますが、聖書の中で神はしばしば怒ります。もし怒ることが罪なら、神に罪があることになってしまいます。
一方、エフェソ4章26には「怒ることがあっても、罪を犯してはなりません。日が暮れるまで怒ったままでいてはいけません。」とあります。カインがささげもののことで怒ったときも、神は「怒るな」とは言わず「罪が待ち伏せているから気をつけろ」と言っています。
何が言いたいかというと、「怒り」は「罪」ではなく「罪の原因となる可能性のあるもの」だということです。聖書には、「罪」と、「罪の原因になる可能性が強いが罪ではないもの」という区別があるようです。

先に上げたソロモンやダビデ、ヤコブの例のとおり、一夫多妻は「罪の原因になる可能性」はあるとしても「罪」ではないので、聖書は禁じていない。むしろ、弱い者の神でもある主は、おそらくは寡婦など弱い女性たちへの配慮の中で、一夫多妻を許されていたのではないかと、筆者には思われるのです。
実際、民数記27章1-11を見ても、女性が女性だけで生きていくのが困難な社会だったことがうかがえます。新約聖書でも、たとえば給食の記事などでは「男が何人」としか記録されていない。福音書を書いた弟子たちにとってさえ婦女子はものの数にも入らないという、かなり徹底した男性優位社会だったようです。

筆者個人がどう考えるたと言うと、神が定めた結婚のベストの形はやはり世界で最初の結婚のとおり一夫一婦だと思います。だからこそ、この結論は筆者にとってもかなり意外でしたし、実はこれだけ書いておきながら「本当かな」という気もするのですが、でも聖書を素直に読めば(筆者が聖書を読んだ範囲では)一夫多妻も禁じられてはいないのも事実です。

そして繰り返しになりますが、おそらくこれは、現代よりも人権とか福祉という概念が弱かった時代における「弱い寡婦を守るため」のヤハウェの配慮なのでしょう。

なお、旧約聖書の戒律を現代でも重んじるユダヤ教ではどうかというと、研究者のサイトに次のようにありました。

現在ほとんどのユダヤ人は一夫一婦制です。だが、ユダヤ教の律法は一夫多妻制度を否定していません。ユダヤ教の枠内では法的には一夫多妻は可能です。しかし、その場合でも、結婚という「正式の手続き」を必要とします。
(ギルボア研究所のサイトより引用)

作成:2000年12月5日
更新:2013年4月29日

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