そのとき、何があったのか

安息日 土曜日 昼間?


注意深い指導者たち

イエスが葬られた翌日、つまり聖なる安息日に、祭司長らユダヤ指導者たちは、ローマ人総督ピラトのもとに集まったと記録されています。彼らはこう言いました。

閣下、人を惑わすあの者がまだ生きていたとき、『自分は三日後に復活する』と言っていたのを、わたしたちは思い出しました。ですから、三日目まで墓を見張るように命令してください。そうでないと、弟子たちが来て死体を盗み出し、『イエスは死者の中から復活した』などと民衆に言いふらすかもしれません。そうなると、人々は前よりもひどく惑わされることになります。

たとえば、ある反政府組織のリーダーが政府軍に殺されたとします。リーダーのカリスマ性だけが求心力になっていた組織だとしたら、組織の瓦解をふせぎ反攻をかけるために残された幹部たちは、リーダーが生きていることにしようとすることでしょう。
イエスとその一党はそのような組織だ、と指導者たちは考えていたわけです。

確かに、イエスの弟子たちは、イエスだけが求心力でした。しかし、指導者たちは弟子たちをかなり買かぶっていたのですが。彼らは「師が殺されたからには、次は自分たちか?」と恐れ、隠れていることしか考えていなかったのですから。
おまけに、指導者たちが覚えていた「三日後に復活する」というイエスの言葉を、弟子たちは覚えてさえいなかったのです。死体を盗もうなどと考えるものは、弟子たちの中にひとりもいませんでした。もっとも行動力のある(というか、あとさき考えずに行動する)ペトロは、イエスを3度も裏切ったことで、しょげかえっていました。「イエスと同じ苦難を受ける覚悟はできている」(*1)と言っていた雷兄弟(ゼベダイの子ヤコブとヨハネ)も、「わたしたちも行って、(師イエスと)一緒に死のうではないか」(*2)と弟子仲間に言っていたトマスも、過激派出身といってもいい熱心党シモンも、誰もが打ちひしがれていました。彼らはひとかけらの希望も持っていなかったのです。

しかし、指導者たちはそうとは知りませんから、打てる手はすべて打って勝利を完璧なものにしようと考えたのです。
しかしピラトは、もう関わりたくもないというように「あなたたちには、番兵がいるはずだ。それに見張らせるがいい」というだけでした。それで指導者たちは、イエスの墓(岩を掘ってつくった横穴式のもの。入り口は別の岩を転がしてフタにしてあった)に封印をして、番兵を配置したのです。

さて、土曜日の夕暮れが近づきました。安息日が終わり、金曜にイエスが死んでから三日目に当たる日を迎えます。


*1 マタイ20章20-23

*2 イエスが、死んだラザロに会いに行くと言った時の発言。ヨハネ福音書11章16

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