そのとき、何があったのか

安息日前日 金曜日 午後3時


イエス絶命す

昼の12時に暗くなったまま、午後3時になりました。

このときイエスは、マタイ福音書によれば「エリ、エリ、レマ、サバクタニ。」(*1)と絶叫しました。これは「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という意味です。いよいよ神キリストであるイエスが、神ヤハウェに捨てられようとしているのです。
これが十字架上の第四の言葉でした。

第五の言葉は[イエスは、すべてのことが今や成し遂げられたのを知り、「渇く」と言われた。こうして、聖書の言葉が実現した。]と記録されています。はりつけ状態で失血もありノドが渇いたのでしょうか。
「すべてのことが成し遂げられたのを知り」とは、自分が人間の罪をあがなういけにえとして死ぬ計画が成就したことをさします。それは父なる神ヤハウェに捨てられることです。イエスは、ノドも渇いていたかもしれませんがそれ以上に、ヤハウェとの関係に渇いているのです。

このあと、ヨハネは「成し遂げられた」と言って息を引き取ったと記録しています。
ルカは「父よ、わたしの霊を御手にゆだねます。」と大声で叫んで息を引き取ったと記録しています。
これが、第六と第七のことばでした。

イエスが息を引き取った瞬間、神殿の垂れ幕が上から下まで真っ二つに裂けた、と記録されています。イエスの死と垂れ幕に何の関係があるのでしょうか。
この垂れ幕は、神殿の中の「聖所」と、一番奥の「至聖所」をへだてるものでした。神ヤハウェは至聖所に臨み、大祭司だけが入ることを許されるとされていました。この垂れ幕が上から下へ裂かれたとは、神と人とのあいだをへだてるものが取り除かれたということです。イエスの死によって人間の罪があがなわれたことによって、この「へだてる垂れ幕」はもはや不要になったのです。上から下へ、つまり天から地へ破られたことは、神の手によって取り除かれたということなのでしょう。


*1 マルコは「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ。」と書いている。「エリ、エリ、」はヘブライ語、「エロイ、エロイ、」はアラム語。

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