そのとき、何があったのか

安息日前日 金曜日 午前9時


十字架につけられる

午前9時に、イエスは十字架につけられました。釘で手首と足首を打ち抜かれたのです。

そのときイエスは「父よ、彼らをおゆるしください。自分が何をしているのか知らないのです。」と、自分を十字架に打ちつけている人たちのためにとりなしました。「十字架上の七声」といわれるうちの、第1の言葉です。

その「彼ら」のほうはというと、クジを引いて、イエスの着物をわけあったと記録されています。

イエスの頭上には罪状書きがかかげられました。そこには、ヘブライ語、ラテン語、ギリシア語で、「ナザレのイエス、ユダヤ人の王」と書かれていました。
ピラトが書かせたものですが、祭司長たちは「『ユダヤ人の王』と書かず、『この男は「ユダヤ人の王」と自称した』と書いてください」と要求しました。しかしピラトは応じません。繰り返しになりますが、「自称した」だけなら、何の罪もないのです。ユダヤ人の王だから、ローマはこれを討ったわけです。つまり、総督ピラトによって代表されるローマ帝国は、イエスをユダヤ人の王と認めたことになります。
これはピラトの、祭司長たちへの痛烈な皮肉でもあったのでしょう。イエスをユダヤ人の王メシアと認めなかった祭司長たちの要求によって、イエスはユダヤ人の王メシアとして死んで行くのですから。

ところで、イエスの左右では二人の強盗も十字架刑に処されてました。
人々がイエスをあざ笑いののしるなか、強盗の一人もイエスをののしっていましたが、もう一人がこう言ってそれを制したとされています。「お前は神をも恐れないのか、同じ刑罰を受けているのに。我々は、自分のやったことの報いを受けているのだから、当然だ。しかし、この方は何も悪いことをしていない。」
そしてイエスに向かって「イエスよ、あなたの御国においでになるときには、わたしを思い出してください」と言ったのです。

この強盗の言葉には、注目すべき点がいくつもあります。
まず、彼は「イエスには罪がない」ということを認めていました。
また、「あなたの御国」と言っているのは、イエスが神の国の主権者でることを認めているのです。
そして最後の「わたしを思いだしてください」という言葉。聖書の「思い出す」は、「相手のために何かをする」という意味があります。たとえば神に「私を思い出してください」というのは、「神は忘れているのではないか」というのではなく、「今こそ、私のために動いてください、私を助け、救ってください」という意味です。ヘブライ語の「思い出す」に、そういう意味が含まれているのかもしれません。

この強盗は「イエスよ、あなたが神の国の主権者となったときには、私を救ってください、あなたにはそれをする権威があると知っています」と言っているのです。
これにイエスは[はっきり言っておくが、あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる]と答えました。十字架上の第二の言葉です。

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