そのとき、何があったのか

安息日前日 金曜日 夜明け前


大祭司の裁判

一方そのころ、イエスは裁判の被告席に立たされていました。ユダヤはローマ帝国の支配下にありましたが、ある程度の自治があり、裁判もできました。といっても、最初から[祭司長たちと最高法院(*1)の全員は、死刑にしようとしてイエスにとって不利な偽証を求めた。]と記録されているくらいですから、ろくな裁判ではありません。

ただし、偽証人は何人も現れたものの、証言が食い違ったため証拠として採用できなかったと記録されています。
現代のような科学的な捜査方法もない時代ですから、裁判では証言が非常に重いものだったのです。それで、憲法ともいうべき十戒でも偽証を禁じていますし、[いかなる犯罪であれ、およそ人の犯す罪について、一人の証人によって立証されることはない。二人ないし三人の証人の証言によって、その事は立証されねばならない。]とされていました。(*2)

そのとき、これでは埒があかないと見た大祭司カイアファが、みずからイエスを尋問しました。それまで、誰がどんな訴えをしても不思議なほど黙っていたイエスでしたが、大祭司が[お前はほむべき方の子、メシア(キリスト)なのか]と言うと、イエスは[そうです。あなたたちは、人の子が全能の神の右に座り、天の雲に囲まれて来るのを見る。]と答えたのです。

イエスの答えは真実なのか。イエスは本当に神キリストなのか、それともキリストを騙る冒涜者なのか。司法はそんなことをどうやって裁けばいいのでしょうか。
しかし彼らは「イエスはキリストなのか、そうではないのか」を争点にしていたのではなく、「イエスはキリストではない」という結論が先にあってそのための証拠を求めていたのです。
イエスの証言を聞いた次の瞬間、カイアファは、衣を引き裂きながら、最高法院の面々に「これでもまだ証人が必要だろうか。諸君は冒涜の言葉を聞いた。どう考えるか。」と言いました。そして最高法院は死刑の判決を出したのです。

ただし、死刑判決だけは、属国ユダヤの議会では出すことができませんでした。そこで指導者たちは、夜が明けると、イエスを縛って総督ピラトのところへ連れて行ったのです。


*1 エルサレムにおける政治(ローマ支配下での自治)と司法の最高議会。

*2 申命記19:15

前へ 次へ