そのとき、何があったのか

祭りの1日前 木曜日 昼間

聖書の記録では、「過越祭と除酵祭の二日前」の翌日が「除酵祭の第一日]になっています。
レビ記23章の規定によると、第一月14日の夕暮れが過越祭、15日から7日間が除酵祭となっています。そしてユダヤでは日没で日付が変わります。つまり14日の日没から15日がはじまるのです。
少々ややこしいですが、このシリーズでは私たちのカレンダーになおして進めます。


祭りの準備

過越祭と除酵祭は、これらはイスラエルがエジプトで奴隷になっていたのをヤハウェが救い出したことを記念するものです。出エジプト記にこう書いてあります。

家族ごとに小羊を一匹用意しなければならない。
その小羊は、傷のない一歳の雄でなければならない。それは、この月の十四日まで取り分けておき、夕暮れにそれを屠【ほふ】り、そしてその夜、肉を火で焼いて食べる。また、酵母を入れないパンを苦菜を添えて食べる。
これが主の過越である。(*1)

このため、祭りのためには念を入れた食事の用意をします。除酵祭とは「酵母を除く祭り」と書きますが、パンに酵母を入れないだけでなく、家のどこにも酵母がないようにしなければなりません。
そこで弟子たちはこの日、イエスに[どこに、過越の食事をなさる用意をいたしましょうか]と尋ねました。

すると、イエスは奇妙な答え方をします(もう毎度のことですが)。マルコの記録によれば、イエスはこう答えました。

都へ行きなさい。すると、水がめを運んでいる男に出会う。その人について行きなさい。
その人が入って行く家の主人にはこう言いなさい。『先生が、「弟子たちと一緒に過越の食事をするわたしの部屋はどこか」と言っています。』
すると、席が整って用意のできた二階の広間を見せてくれるから、そこにわたしたちのために準備をしておきなさい。

巡礼に来た人が過越の食事をするために、エルサレムでは巡礼者に部屋を貸す習慣があったそうです。が、マタイの記録では、[都のあの人のところに行って]となっていますので、以前から知っている関係ではあったのでしょう。
水がめを運んでいる男についていけばその人の家に着くとは、想像するに、水がめで水を運ぶ商売でもあってその元締め、ということでしょうか。

ともかく二人の弟子が出かけて行ってみるとイエスの言う通りだったので、その家で準備をした、と記録されています。
今夜ここでの食事が、あの「最後の晩餐」になるのです。


*1 出エジプト記12:3-11より抜粋

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