そのとき、何があったのか

祭りの2日前 水曜日 夕食どき


イエスを葬る準備

マタイ、マルコの記録では、ここで、少し時間をさかのぼります。ヨハネが祭りの六日前のこととして記録したできごとを、マタイとマルコは日付にふれずに、祭りの二日前のでぎごとに続けて書いているのです。それは「ベタニア村の、らい病の人シモンの家で食事の席についていたとき」のことでした。(*1)

その時、ラザロ、マルタ、マリアの3人(*2)も来ていたのですが、マリアは、純粋で非常に高価なナルドの香油(*3)が1リトラ(約328グラム)入った壺を持って来ると、それを壊し、香油をイエスにかけたのです。(*4)
すると、その場にいた人のうち何人かが、憤慨して「なぜこんな無駄使いをしたのか。これを300デナリオン以上に売って、貧しい人たちにほどこすことができたのに」と彼女を責めはじめました。

ナルドの香油は、アロマセラピーなどでいう精油(エッセンシャルオイル)の一つですがその中でも特に上等のものです。
300デナリオンといえば数百万円にはなります。想像ですが、おそらく彼女の母や祖母の代から少しずつ買って貯めてきて、大事な客のあるときなどにほんの数滴を使ったりしていたのでしょう。

それを一度に全部使ってしまうなんて。無駄使いにもほどがあります。確かに、ほどこしに使えば多くの貧しい者を助けることができたでしょう。
ではマリアはなぜこんなことをしたのでしょうか。彼女はそれについては何も言っていませんが、イエスのほうがマリアの行動について説明をはじめました。「この人はできる限りのことをした。つまり、前もって私の体に香油を注ぎ、埋葬の準備をしてくれた」と。

事実、十字架のあとイエスの遺体は、慣習に従って香油を塗られることもなく、あわただしく墓に収められるのです。
それをマリアが予見していたのかどうかは、わかりません。おそらく自分でも何をしているかわからないままに、ただ自分にできるせいいっぱいをしたのではないかと思います。

ナルドの香油は、1滴たらせば3ヶ月は香りがもつとさえ言われるそうです。イエスはそれを300g以上も頭からそそがれたのです。
イエスはこのあと、汗を流して祈り、ムチで打たれて血をしたたらせ、また汗を流して刑場まで十字架を背負っていき、そして十字架に打ちつけられて血を流します。でももしかしたら、それでもナルドの香りは汗と血のにおいを打ち消してイエスを包んでいたのではないかと思います。

冒頭の話しに戻ると、イエスの死と葬りにかかわることだから、マタイとマルコは話の順序を変えてまでここで記録しているのでしょう。

ところで、イエスは[はっきり言っておく。世界中どこでも、福音が宣べ伝えられる所では、この人のしたことも記念として語り伝えられるだろう]と言っていますが、今わたしたちがこの記録にふれているのは、イエスの言葉が実現しつづけていることです。


*1 新約聖書の「らい病」が、今日でいうハンセン病と同定できるものかよくわかっていません。もし同じものだとしたら、イエスや弟子たちが平然と「らい病の人」の家で食事をしていたこの記録を読んでいれば、らい予防法なんてつくらずにすんだのかも。

*2 イエスと親しかった3人。ルカ10章、ヨハネ11章に登場。

*3 「ナルド」は漢方では甘松香と呼ばれ、根茎を乾燥させたものが薬用・香料として使われています。
参考→http://www.takasago-i.co.jp/museum/koryo/koryo5.html

*4 マルコでは「香油をイエスの頭にそそぎかけた」、ヨハネでは「イエスの足に塗り、」と記録されています。量にしたらたったの300gちょっとのもので、家が香油の香りでいっぱいになったと記録されていますから、頭にかけたのやら何やらわからないほどの香りだったのでしょう。

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