そのとき、何があったのか

祭りの3日前 火曜日 昼過ぎ?


最高額の奉納

ユダヤ指導者たちを退けたイエスは、神殿の賽銭箱の向かいに座って、群集を眺めていました。
この時代、金持ちの豊さは神の恵みであると考えられていたこともあって、大勢の金持ちたちが次々と大金を賽銭箱に入れていました。もしかしたら見せびらかすようにして競い合っていたかもしれませんが、金持ちであるほど金に執着するものだとしたら、帳簿の上ではロスでしかない献金をおこなうというのは、神への信仰がなければできないことです。
だからこそ、以前イエスが「金持ちが天国に行くのは難しい」と言った時、弟子たちは非常に驚いたのです(*1)

そんな中、イエスは貧しい身なりをした一人のやもめに目をとめました。彼女は「婦人の庭」(*2)の賽銭箱の前に立つと、レプトン銅貨ふたつを入れたのです。
1レプトンは1/128デナリオン。1デナリオンは労働者の1日の労賃に相当し、ローマ兵の年俸が300デナリオンだったという記録もあります。大雑把に1デナリオン=1万円と考えると、このやもめの献金額は150円ちょっとというところでしょうか。
ところが彼女の行動を見ていたイエスは、弟子たちを呼び集めてこう言ったのです。

はっきり言っておく。この貧しいやもめは、賽銭箱に入れている人の中で、だれよりもたくさん入れた。皆は有り余る中から入れたが、この人は、乏しい中から自分の持っている物をすべて、生活費を全部入れたからである。

イスラエルは男性社会でしたから、夫に先立たれた妻は生活も大変だったでしょう。初期の教会では、やもめの生活を保護することも大事なことだった様子がうかがえます(*3)。
にもかかわらず、この婦人は生活費のすべてを神にささげてしまったのです。もし有り金すべてを献金する人を筆者が見たとしたら、せいぜい「正気か?」と思うか、もしかすると「すべて手放して、自殺でもする気か?」と思うかもしれません。しかしイエスの目はもっと深いところまで見とおしていました。この婦人の、すべてを神にゆだねた生き方を、イエスは賞賛したのです。

律法では、収入の十分の一を、惜しまずに喜んで奉献せよと命じていますが、これについて預言者はヤハウェの言葉を伝えています。

これによって、わたしを試してみよと
万軍の主は言われる。
必ず、わたしはあなたたちのために
天の窓を開き
祝福を限りなく注ぐであろう。(*4)


*1 マルコ10章23-27

*2 神殿の庭は、聖所に近いほうから「祭司の庭」「イスラエル人の庭」「婦人の庭」「異邦人の庭」と分けられていた。
ちなみに現在も、神殿跡の「なげきの壁」は、ユダヤ教徒の男性が入るエリアと、ユダヤ教徒の女性が入るエリアが分けられており、異邦人(外国人)はそこには入れないことになっている(ただしキッパというユダヤ教徒が頭に載せるちいさな帽子をかぶると入れるそうです)

*3 使徒言行録6章1

*4 マラキ書3章10

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