祈祷(おいのり)

教会デビュー

受験、恋愛、仕事、家庭など、生きてきて「祈る」ということをしたことが一度もないという人は、あまりいないのではないかと思います。
ところで、その祈りは、誰(何)に向けたものでしょう。流れ星?てるてる坊主?おひなさまや鯉のぼり?菅原道真?それとも、祈りの言葉を口にすることで自分を発奮させるのが目的でしょうか。

キリスト教では、全知全能の創造者に向かって祈ります。この世界の主権者である創造者に、不可能なことは一つもないことを知っているからです。
医者の手におえなくても、人に肉体を与え命を与えた存在に、希望を失わずに祈ります。国のため世界平和のためにも、人に知恵と分別を与えた存在に、しらけずにマジで祈ります。
もちろん、結婚式であれば新しい家庭を創造者が祝福してくれるように願い、葬式であれば、故人が天国に入ったことを信じて感謝しつつ、遺族を創造者が慰め励まし力づけてくれるようにと祈るのです。

キリスト教の祈りは「願い事」ばかりではありません。祈りは創造者との会話なので、人との会話のように、お礼を言ったり相談したりもします。
礼拝での祈りも、感謝(礼拝が開かれること、礼拝に集まれたことなど)、願い(説教する牧師のため、病者があればその癒しのため、まだ信仰していない人のため、平和のためなど)、相談(生きかたについての問いなど)などがあります。


もしあなたが今日はじめて礼拝に出席して、「ただ祈るだけで何かが実現するなんて、甘いんじゃないの」と思ったとしたら。
祈りを聞いてくれる相手は全能者で、しかもあなたをとても大事に思っているんだということを知ってください。子供が親に話しかけるように、創造者に話しかければいいのです。