聖書朗読

教会デビュー

キリストは「人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる」(*1)と言いました。礼拝は人が創造者にささげるものであると同時に、創造者である神が人を養う時でもあるのです。神の言葉とはつまり聖書のことで、だから聖書朗読は礼拝において主要な位置を占めます。

創造者の言葉には、力と権威があります。創造者が「光あれ」と命じるだけで、光が生まれました。創造者はただ言葉だけでこの世を創造したのです。
そんな力ある言葉で、神は私たちに「わたしを求めよ、そして生きよ。」(*2)と命じています。命じるだけで物理的にこの世を創造してしまうほどの言葉にとって、人ひとり生かすのはどんなに簡単でしょうか。「人は神の口から出る一つ一つの言葉で生きる」とは、内面的なことだけではないのです。

聖書に影響を受けた人の例について、pisgahさんのホームページで紹介されています。
聖書館[BIBLE HOUSE]

*1 マタイ福音書4章4
*2 アモス書5章4


もしあなたが今日はじめて礼拝に出席して、聖書の朗読を聞いて「たかが本じゃないか」くらいに思ったとしたら。
読まれるひとことひとことが、あなただけに宛てられた手紙だと思って聞いてみてください。
それは数千年前に書かれたただのありがたい言葉ではなく、たった今あなたに向けて発信された、創造者からのアプローチなのです。