クリスマス賛美歌
クリスマスになると、街中でもよく流れる賛美歌のいくつかを紹介します。
左が歌詞、右は当サイト管理人の解釈です。
もろびとこぞりて
| (歌詞) | (意味) |
もろびとこぞりて迎えまつれ
久しく待ちにし主は来ませり
主は来ませり、主は主は来ませり
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諸人(すべての人)よ、みんなで迎えよう
長い間待っていた主が来られる
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悪魔のひとやを打ち砕きて
捕虜(とりこ)を放つと主は来ませり
主は来ませり、主は主は来ませり
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悪にとらえられ正しく生きられない人を
解放するために主が来られる
(ひとや=牢獄) |
この世の闇路を照らしたもう
妙(たえ)なる光の主は来ませり
主は来ませり、主は主は来ませり
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暗い世の中を照らす、
比べるもののない光である主が来られる
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しぼめる心の花を咲かせ
恵みの露(つゆ)置く主は来ませり
主は来ませり、主は主は来ませり
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しぼんだ花を露で咲かせるように
心を恵みで咲かせる主が来られる
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平和の君(きみ)なる御子を迎え
救いの主(ぬし)とぞ、ほめたたえよ
ほめたたえよ、ほめほめたたえよ
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平和の王である神の子を迎えて
救い主だと賛美せよ
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アーメン
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こう歌ったのは、心からそう思ってのことです
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まぶねのなかに
| (歌詞) | (意味) |
まぶねの中に産声上げ
木工(たくみ)の家に人となりて
貧しき憂い 生くる悩み
つぶさになめし この人を見よ
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家畜のエサかごをゆりかごとして生まれ
(神の身分を離れて)庶民の家で人間となり
貧しさの苦しみも人生の悩みも残らず経験した
この人を見よ
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食する暇もうち忘れて
虐げられし人を訪ね、
友なき者の友となりて
こころ砕きしこの人を見よ
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食事の間も惜しんで弱い者を訪ね
孤独な者のために心を砕いたこの人を見よ
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すべてのものを与えし末
死の他なにも報いられで
十字架の上にあげられつつ
敵を赦ししこの人を見よ
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人間にすべてを与えたのに、
得たのは死だけで
十字架に磔(はりつけ)にされながら
それでも人をゆるしたこの人を見よ
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この人を見よ この人にぞ、
こよなき愛は現れたる
この人を見よ この人こそ、
人となりたる活ける神なれ
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この人を見よ、まさにこの人に、
この上ない愛があらわれている。
この人を見よ、この人こそ、
誰かがつくったのではなく生きている神が人となった方 |
(この讃美歌は、イエス・キリストの誕生だけでなく地上での生涯を歌ったもので、日本人の作詞作曲です。
歌詞の「この人」は言うまでもなく、神でありながら人となって世にきたイエス・キリストのことです。)
きよしこのよる
| (歌詞) | (解説) |
きよしこの夜 星は光り
救いの御子は、まぶねの中に眠りたもう
いとやすく
| まぶね=飼い葉オケ
御子【みこ】=キリスト
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きよしこの夜
み告げ受けし まきびとたちは
御子の御前(みまえ)に ぬかずきぬ
かしこみて
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まきびと=羊飼い
ぬかずきぬ=ひれふす
(「ぬか」はひたい(おでこ)のこと)
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きよしこの夜
御子(みこ)の笑みに
恵みの御代(みよ)のあしたの光り
輝けりほがらかに
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あした=朝
(夜だけど、神の恵みの時代というものが 朝の光のようにほがらかに輝いている、という意味)
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(ルカによる福音書2章6節以下を歌にしたものですね。
一番の2行目「救いの御子は、御母(みはは)の胸に眠りたもう」という歌詞もあります。上はプロテスタント教会で広く使われている讃美歌集の歌詞です。)