インターネット信徒伝道

menu

第3章 事例(「聖書を読んでみよう」の場合)

4.運営に関するよくある質問

「自分の解釈が正しいという自信があるか」という質問を受けることがあります。
これは、メールマガジンとして「聖書を読んでみよう」を創刊するにあたって、自問自答した点でもありました。自分なんかがこんなことをやっていいのだろうか、できるのだろうか、そんな資格があるのだろうか、と。
みなさんの中にも、「こういうことができるというのはわかったが、自分がそんなことをしていいのだろうか」と躊躇することがあるかもしれません。(「自分には発信できるようなネタがない」という人、きっとそんなことはないと思います。こんなこともできるのではというアイデアの例について、あとで挙げます)

私が自問自答した結果として得た答えは、「自信なんてない。けれどそのままでいいのではないか」というものでした。開き直りではないです。

マルコ福音書4章33節に、イエス様は「人々の聞く力に応じて」語られたとあります。今の私には、理解が不足しているところは山ほどあるけれど、それが今の私の「聞く力」なのだし、そのことは謙虚に認めなければならないと思います。けれどそれは、「私はまだふさわしくない」という理由にはならないはずです。「もっと学びを深めてから」「もっと立派なクリスチャンになってから」なんて言っていたら、信徒伝道は永久にできませんよね。けれど私たちは、今このままででも、出て行くべきなのではないでしょうか。

モーセは召命を受けたとき、「誰か他の人を」と言って断ろうとしましたね。モーセは、自分がその任にふさわしいとは思えなかったのです。けれど結局、モーセは出て行きました。自分がふさわしいかどうかは、自分自身ではなく主が決めることなのだと思います。(ただ、「自分がやりたいだけ」なのか「主が命じたこと」なのか、よく祈ることは必要と思います)

坂井には、自分の解釈が正しいなどという自信はありません。けれどこんな自分に主が「やってごらん」と言われることなら、そのために必要なものは主が与えてくださると期待します。

前へ 上へ 次へ

初稿:2000年秋
更新:2004年10月20日

布忠.com