聖書研究
マルコ福音書2章13~17節

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聖書研究

1.レビ=徴税人=罪人

レビはマタイと同一人物と考えられ、さらにマタイは古くから第一福音書の著者と考えられている。そうであるなら、マタイ福音書10:3の十二弟子名簿で自分を「徴税人のマタイ」と呼ぶほど罪の自覚のあった者が、今日の箇所ではイエスを家に迎えたことになる。「徴税人のマタイ」という言い方に、「罪人の頭である自分さえもが救われて十二人のうちに数えられた」という喜びの証しがあふれているように見える。

ひるがえって、私たちはどうなのか。聖書教育誌は「私たちも自分自身の罪を認めるのですが、どこか形式的になっていないでしょうか。あなたはなぜ自分を罪人と認めるのですか?多くの人は、愛の戒めに従う力のなさや利己心を挙げるでしょう。しかし、レッテルを貼られる苦しさを感じている人もいるかもしれません。」と言います。
「私は罪人」というとき、それを逃れようのない事実として告白しているか。単なる謙遜の言葉になってしまっていないか。「わたしは自分の望む善は行わず、望まない悪を行っている。」(ローマ7:19)と告白したパウロのように、罪と格闘しているだろうか。
一方、自分で自分に「罪人」のレッテルを貼って苦しんでいる人もいる。心からでなく自分を罪人とするのも、自分は救われる資格がないというのも、両極端というべきであろう。私たちは自分の罪を正面から見つめ、そしてどんな罪も赦す力が主の十字架の血にあることを信じなければならない。しかしこれが難しい。

2.「心の貧しい人々」について(前週の聖書教育より)

聖書教育誌では前週にルカ伝から「貧しい人々は幸いである」を取り上げているが、この箇所はマタイでは「心の貧しい人々は、幸いである」となっている。マタイ福音書はマタイこと徴税人レビが記したと考えられており、経済に関する書き方がその特徴の一つであるとされている。にもかかわらずこの箇所では、ルカが「貧しい人々は」としているのに対して、徴税人マタイが「心の貧しい人々は」としているということは、ここでは目に見える貧しさの問題を扱っているのではないことを意味するものであろう。なお、この箇所をヘブライ語新約聖書では「ルーアハ(霊)の貧しい人々は」と訳している。

心の貧しさということでいえば、その最たるものは「自分は不必要な人間である」という思いではないだろうか。まさにそのような人たちのために、マザー・テレサは働いた。マザー・テレサとその修道会によって、多くの心の貧しい人々が幸いを得た。
聖書の世界においては、罪人の烙印をおされることは、救いに与れないということである。救いに与れないということほど「心(霊)の貧しい」状態はない。
イエスは群集の全体に向かって「幸いなるかな、心の貧しい人々」と言われた。マタイのような徴税人や、遊女たちである。身を清める間もなく働く奴隷たちである。家畜とともに生活するためにシナゴグにつどわない羊飼いたちである。聖書教育誌によれば、律法学者は医者さえも「罪人」に数えていたという。

聖書教育誌は、マルコ2章とルカ5章を比較して、「悔い改めさせる」と付け加えるルカを「罪人から一歩距離を置いて批判的に眺めている印象も否めません。」としているが、ゲヘナに落とされるべき罪人を悔い改めさせないほうが一歩距離を置く視点であり、救いを不要にする解釈である。ルカが伝える「悔い改めに導く主」こそ、愛である。

マタイ5章8節「心の貧しい人々は幸いである、天の国はその人たちのものである。」は「自分が罪人であることを知っている人々は幸いである。悔い改めはその人たちのものである。」と読めるのではないか。そう考えてこそ、先週の「貧しい人々は幸い」に続けて今日の箇所を配置した聖書教育誌のプログラムが光る。

15節以下について聖書教育誌は「食事を共にすることは、愛と友情のしるしです。」としているが、これはつまり愛餐会の光景である。この愛餐会には「多くの徴税人や罪人も、イエスや弟子たちと同席していた」とある。
この徴税人や罪人たちは「イエスに従っていた」人たちであるが、私達が神を愛する以前に神が私達を愛してくださったことを思うなら、彼らがイエスに従う以前にイエスが彼等を招いたのである。愛餐会は主が主催するものでなければならず、仮にも主が招かれる者を教会が追い出すようなことがあってはならない。主が招かれるものとは罪人たちであり、幼子らであった。「多くの幼子らも、イエスと同席している」私たちの教会の愛餐会は、主の招きと祝福がある。

差別について

罪人というレッテルから、聖書教育誌は差別について展開し、「言われなき差別」は、差別する側からは「言われある差別」であるという。『例えば「女性社員はいずれ出産や育児があるから、管理職にするわけにはいかない」というようなもっともらしい理由で女性の賃金が低く抑えられるというようなことがあるのです。』と。
そのような差別は廃されてしかるべきだが、一方たとえば半年や一年という短期間の仕事では、終盤で「これから追い込み」というときに主要なメンバーが産休に入ってしまっては、プロジェクトが立ち行かない。こういうときに人選で若い既婚女性を除くことも差別だというのであろうか。
私たちは差別と戦わなければならないというのは事実であるが、その前に、何が差別であるかというの問題にも難しさがある。

むしろキリスト教の歴史は、聖書を根拠にして人権を踏みにじってきた歴史でもある。キリスト教は「女は男に劣る」「神は奴隷を認めている」「人を殺してはならないが、白人以外は人間ではない」などと、聖書を根拠に使って主張し、実践してきた。魔女裁判は教会がおこなったことであり、十字軍はキリスト教国をも蹂躙した。教会はついには神の民ユダヤ人をさえ踏みにじってきた。現代でも、米国大統領はイラクを侵略するにあたって演説の際に必ず「神の祝福を」と言っている。聖書の言葉を正しく用いることの困難を感じざるを得ない。しかし困難だろうとも、神の言葉は正しく用いなければならない。

あえて言うが、差別はなくならない。差別が罪であるのなら、そして罪がサタンから来るのなら、終わりのときにサタンが打ち倒される時まで、私たち人間はほかのすべての罪同様に、差別も手放すことはできない。
サタンの存在を知るキリスト者だけが差別の本質を知っていると言えるのであるから、キリスト者は先頭に立って差別と戦わなければならない。宗教の枠を超えて差別と戦うネットワークにおいても、キリスト者にしかできない差別との戦い方、つまり「正しく裁く神」(詩篇7:12)に期待する祈りと、差別する者の悔い改めを求めるとりなしの祈りとによって、戦うべきである。

差別において私達がもっとも留意しなければならないことは、教会の中での差別であろう。ある牧師は著書で『「敵を愛せ」というが、クリスチャンの一番の敵はクリスチャンである』と書いている。どれだけ多くのクリスチャンが、困難の中にあるときに、教会の中で「信仰が弱いからだ」「祈りが足りないからだ」と言われてきただろうか。またそのように自分を責めていることだろうか。

WWJD ( What Would Jesus Do? )

聖書教育では今日の箇所を「キリストと出会う-人々と共に」というテーマの下においている。キリストとすでに出会った私達が、キリストが人々と共にあったように、私たちも人々とともにあるかというのが、今日のテーマの中心であろうか。

日本には、クリスチャンに対してかなり好意的な評価がある。先日の牧師による少女への性的暴行事件でさえ、ほとんどの報道で「キリスト教の」ではなく「聖神中央教会という宗教法人の」と伝えたことは、「本当のキリスト教ならこんなことがあるはずはない」という評価を得ていたからではないだろうか。
このようにキリスト教のいわばシンパが多い日本で、しかしクリスチャンは1%にも満たないと言われるのは、「教会は善男善女の行くところ」と思われている、あるいは思わせている、あるいは私たち自身が思っていることもあるのではないだろうか。「悔い改めた者」の教会ではあるが、「悔い改めたい者」「悔い改めるべき者」の教会ではなくなっているということはないだろうか。
いわゆる「困った人」が来たとき、教会の器量が問われるであろう。中越地震被災者に対して多くの教会やキリスト者が「良きサマリヤ人」たらんとして動いたが、世にあって自分自身に「罪人」のレッテルを貼って苦しんでいる人に対して「良きサマリヤ人」たりえているだろうか。教会は、「召集する」から派生した「エクレーシア」であるが、すべての罪人が主に招かれているのである。

一方で、教会の中に秩序が必要であることも事実である。主イエス自身も、ペトロに向かって「サタンよ」といわなければならなかったときがあった。まして限界のある人間である私たちにまかされている地上の教会においては、主の群れであり続けようとするとき、「つまづかせる者」にむかって「サタンよ」と言わなければならない時が来るかもしれない。
しかし、ペトロに向かって「サタンよ」と言わなければならなかったとき、主イエスの胸中はいかばかりであっただろうか。あの時の主の痛みを思い、またそのようなペトロをさえもとことん愛し抜かれた主の姿にならい、いつも "What Would Jesus Do?" (イエスだったらどうしただろうか?)を基準とする者を目指したい。


参考

参考(1) アルファイの子レビ

アルファイの子レビは、他の福音書ではマタイと呼ばれている。(レビ=マタイとしている箇所はないものの、十二弟子リストを比較すると、同一人物と見るべき。)
「レビ族のマタイ」だった可能性もなくはないが、マタイの意味が「神の賜物」であることを考えると、イエスと出会い、徴税人だった罪深い自分がキリストの召命を受けた感動で、ありふれた名前から改名したと想像したくなる。

レビがイエスを家に迎えたことをルカ7章の百人隊長と比べると、「イエスによる罪の赦し」という「神の賜物」をレビは(十字架によるあがない以前であるにもかかわらず)よく感じ取っていたというべきかもしれない。

マタイはエチオピア、マケドニア、シリア、ペルシャ、メディヤなどで宣教活動し、エチオピアかマケドニアで生涯を全うしたと伝えられている。(ただし使徒に関する伝説は非常に多く、史実性の疑わしいものが多い)

レビという名は「結ぶ」に由来し(創29章34)、イスラエル(ヤコブ)の息子の一人にあやかるこの名は、ユダ族であるキリストの系図(ルカ3章)にも2人登場するなど、よくある名前だったらしい。男の子の名前として17世紀までよく用いられた。ジーンズのメーカー「リーバイス」の創業者であるリーバイ・ストラウスも、レビにちなんだ名前。

マタイ福音書に著者の名は明記されていないが、2世紀末頃には「使徒マタイが記した」という説が定着していた。エウセビオス(260年頃~340年頃)は著書「教会史」に、「マタイはヘブル語で神の語録を集成した。そしてめいめいが、自分の能力に従ってそれらを解釈した」と書いている。細かい記録、全体に渡る秩序立った構成、金銭に関する記録やたとえ話しが多いことなどが、ある意味ではエリートだったともいえる取税人らしい書き方とも考えられる。
(上記引用でエウセビオスは「ヘブル語で」と書いているが、マタイ福音書も最古の写本はギリシャ語である。)

参考(2) 徴税人

ローマは属州から税を集めるにあたって、現地の人間を徴税人とすることが多かった。納税者の反感が、ローマ帝国ではなく同胞の徴税人に向けられることを意図したと考えられる。
加えてユダヤでは律法の上からも、常に異邦人と接している徴税人はけがれていると見なされた。(なお、ユダヤはローマの属州であったと言われることが多いが、実際には属州ではなく、ローマを宗主国とする半独立国であり、ローマの支配圏で唯一皇帝礼拝を免除されるなどの特権も与えられていた。)

徴税人は税務署員のような公務員というより、入札のような制度で決まる徴税請負業者であった。徴収した額とローマに納める額との差が儲けとなる、経済的にはうまみのある職業である。
ルカ19章でザアカイは悔い改めた後、財産の半分を貧しい人々に施し、だましとった分は4倍にして返すと言っているが、それができるほど蓄財できる職業だったということでもある。

ルカ3章でバプテスマのヨハネは、バプテスマを受けに来た徴税人に「先生、わたしたちはどうすればよいのですか」と尋ねられたとき、「そんな仕事はやめろ」とは言わず「規定以上のものは取り立てるな」と答えているのが興味深い。

参考(3) 罪人

聖書教育誌によれば、「律法学者は羊飼いや医者など多様な職業を罪人に数えていました」とのこと。
十字架の救いより以前は、律法を守れないものはみな罪人である。マルコ10章の青年(金持ちで議員)のように、生活のためにあくせくしなくてよい、生産や客商売ではない名家の御曹司でもなければ、「そういうことはみな、子供の時から守ってきました。」などと言える人生はありえなかった。つまり一般大衆のほとんどが「罪人」となる。
厳格な律法主義を最大の特徴とするファリサイ派は、そのような律法を守れない人々を「地の民」と呼んで軽蔑した。イエスのまわりにあつまった群集の大多数がこの「地の民」であり、「自分には救いはない」と考える「心の貧しい人々」であった。

参考(4) ファリサイ派

ファリサイ(パリサイ)という名は「パールーシュ」(分離された者)に由来すると言われるものの、何から分離するのかはよくわかっていない。けがれから自分を分離し身を清く保とうとしたということであろうか。歴史家ヨセフスによって、サドカイ派、エッセネ派とともにユダヤ教の主要派閥に数えられている。

マカベア戦争を経てユダ・マカバイオスがエルサレムを回復(紀元前165年)した頃に、中下層の手工業者の間の熱心な律法研究家を中心に起こったと考えられる。
サドカイ派が世襲の祭司階級であったのに対し、ファリサイ派は一般に中流階級かそれ以下で、世襲的でなく律法に忠実な生活を何よりも重んじる個人が集まったものであった。偉大な学者も輩出しているが、家柄ではなく個人の学識と有徳とによって尊敬されていた。

ヘロデ体制下で政治的な発言力は低下していったが、逆にファリサイ派に属する人の数は増し、イエスの時代には最大グループに。サドカイ派がエルサレムの神殿を中心に生活していたのに対しファリサイ派はガリラヤも含めて各地で生活していたため、イエスとの衝突でもサドカイ派より目立っている。
その衝突も律法を大事にするあまりであり、彼らなりの神への信仰と忠実からきたことである点は評価されるべきと思う。イエスも、彼等が律法に対する解釈を律法そのものより重んじる本末転倒を起こしていることを攻撃したのであって(マタイ15章)、律法の義においては彼等が熱心であることを認めている(マタイ5:20)。

イエスとの対立からも悪役の印象があり、また現代でも教条主義なキリスト者を「パリサイ的」と批判することがある。英語でPharisaicといえば「形式にこだわる」という意味がある。しかし聖書教育誌も「根っからの悪人ではなく、むしろ信心に生きた人びとと言った方がよいくらいです。」と評しているように、律法を守れない大衆からはむしろ尊敬を集めていた。
使徒パウロもファリサイ派であり、「律法の義については非のうちどころのない者」であり、かつてキリストの教会を迫害したのもその熱心さが動機であった(フィリピ3:5-6)。

ファリサイ派の中に教師ニコデモ(ヨハネ福音書3章ほか)のように、イエスの言動を(旧約)聖書に照らして考えようとする者たちがいたのも、この派が(旧約)聖書を熱心に研究していたからこそであろう。

参考(5) 神の計画におけるローマ帝国の役割

(木村牧師(いのちの泉キリスト教会)の説教「歴史を動かす主」より要約抜粋。全文は同教会のサイトで。)

私たちが歴史を見るとき、まずエジプトの文化を見ることが出来ます。なぜ、神はエジプトを一番初めに持ってきたのでしょうか。 霊的な眼から見て、神がエジプトを用いられた理由はたった一つです。それは、イスラエルの民をエジプトに連れてきて、再びエジプトからイスラエルの民を出すためです。パロがイスラエルの民を再び捕まえようとしたとき、エジプト人に対して神は力を現しました。
ついで私たちは、アッシリア、バビロンと言う国を見ることが出来ます。ダビデ王、ソロモン王の時代にイスラエルは非常に繁栄を見ましたが、その後、彼らは堕落してしまいました。彼らは他の神々を敬うようになってしまったのです。神は彼らを裁き、彼らを清めようとなさいました。神はその為に、アッシリア、バビロンの国を用いました。
次に、ギリシャの国がやって来ます。神はアレクサンダー大王を用いました。彼を用いて、ギリシャからアジアの国々、最後にはインドに至るまでを支配させました。神の眼から見てギリシャの目的は一つです。それはギリシャ語と言うものを世界中に広めるためでありました。
ギリシャの次に何が興ったでしょうか。ローマ帝国です。何故、神はローマ帝国を用いたのでしょうか。 ローマ帝国を通して、神は世界中に出ていくための道というものを建設していきました。 ローマ人というのは非常に実践的な人々です。彼らは橋を造ったり、道や街道を造ったりしました。
次に、私たちはユダヤの国を見ることが出来ます。フェニキアの人々というのは、ただただお金を求めていました。ローマの人々は軍隊をつくって、ただただ領地を広げることを考えていました。そして、ギリシャの人々は、ただただ哲学を考えていました。それらの国々のただ中にイスラエルがあったのです。イスラエルの人々は、ただただ神を求めていました。 その様な状況の中にあって、イエス様はやって来たのです。
皆さん、歴史の中に現れている神秘というものをお分かりになりますか。イエス様が地上に来られたとき、すでにギリシャ語が広まっていたので、人々は聖書の御言葉をギリシャ語で書き留めることが出来ました。そして、神はパウロをお選びになりました。 パウロはローマ市民権を持っておりました。彼はギリシャの教養を持っており、ユダヤの律法をしっかりと学んでいました。彼がイエス様と出会ったことにより、一気に福音が世界中に広まることになりました。

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作成:2005年5月1日

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