聖書研究

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ラザロの復活

ヨハネによる福音書11章1~54より。(千葉バプテスト教会水曜祈祷会での発題を加筆訂正)

これから起きることが前もって説明される(1~18)

まず地理関係ですが。
ラザロ、マルタ、マリアが住んでいたベタニアは、エルサレムから15スタディオンのところにありました(1スタディオン=185mとして、15スタディオン=3km弱)。
オリブ山のふもとにあり、受難週にはイェスはここに泊まってエルサレムに通っています。

一方、10章40の時点でイェス一行は「ヨルダンの向こう側、ヨハネが最初に洗礼を授けていた所」に滞在していますが、これについては1章28に「ヨハネが洗礼を授けていたヨルダン川の向こう側、ベタニア」とあります。

つまりヨハネ福音書には二つのベタニアがあり、イェスはヨルダン川東岸のベタニアから、オリブ山のベタニアに向かいます。ヨルダン川からオリブ山まで、急がなくても二日ほど、急げば一日で着けなくもないでしょう。

さて。 ラザロが「病気なのです」との連絡があったとき、それが危篤を知らせるものだったとは記録されていません。しかしイェスの使命を(ある程度は)理解していたであろうマルタたちが、それでもあえてイェスに助けを求めたのだとすれば、知らせは切迫したものだったでしょう。
しかしイェスは、連絡を受けたあと二日経ってからラザロのもとに向かいます。この二日には何の意味があるのでしょうか。

連絡を受けた際のイェスの第一声は「この病気は死で終わるものではない」です。ラザロの死を前提として、「しかしそれで終わる物語ではない」と言っています。

そしてイェスたちは、ラザロの死の四日後(あるいは四日目かもしれません)にベタニアに到着しています。
イェスの宣言の「ちょうどそのとき」に癒された例(マタイ8:13)から推察すると、イェスがラザロの死を口にしたその時にラザロはこの世を去り、それから二日間経ってから出発し、一日~二日をかけて移動することで、死の四日後にラザロの元に到着するように日程を調節したように見えます。

前後しますが33節には、ベタニアに着いたイェスが「心に憤りを覚え、興奮して」と記録されています。これは「霊において息巻き、かき乱され」と訳せるとのことです(*1)。そしてイェスは「涙を流された」と記録されています(35)。
なぜイェスは、息巻き、かき乱され、涙を流したのか。
「愛するラザロを失ったため」ということはありえません。イェスは急ぐこともできたし、離れていてもそこで言葉一つをもって癒す事もできるのに、あえてそうしていないからです。もしラザロの死を悼んで息巻き、かき乱され、涙したのなら、それは「そうしたいから、あえてラザロを見殺しにした」ということになります。それは、「イェスは『悲しみに打ちひしがれたい』という自虐趣味のために、人間の生死を弄んだ」というに等しいことです。
そもそもイェスは、自分がラザロを失ってなどいないことを知っていました。

ではイェスは何をしようとしているのか。何のために、四日も経ってから到着するように調節したのか。
ベタニアに向かう前に、これからのことをイェス自身が説明しています。このできごとは「神の栄光のため」(4)であり、「神の子(つまり自分)が栄光を受けるため」(4)であり、「あなたがた(弟子たち)が信じるようになるため」(15)であると。
さらに、あとで「あなた(父)がわたし(イェス)をお遣わしになったことを、彼ら(周りにいる群衆)に信じさせるため」であるとも言っています。イェスにとってよりも、人(私たち読者を含む)にとって重大な出来事がこれから起こるのです。

三つの宣言(19~27)

ベタニアに到着しマルタと再会したイェスは、マルタに三つのことを宣言し「このことを信じるか」と尋ねます。

(1)わたしは復活であり、命である。(25)
(2)わたしを信じる者は、死んでも生きる。(25)
(3)生きていてわたしを信じる者はだれも、決して死ぬことはない。(26)

どれも、理解することは難しいことです。どう解釈したらいいでしょうか。
たとえば「ここでここでいわれているのは、肉体の『命』ではなく、霊的な永遠の『いのち』である」といった解釈がされることがあります。つまり「死んでも生きる」とは「肉体が死んでも、霊の命に生きる」という解釈です。しかしこれには多くの問題があります。
まず、マルタの「終わりの日の復活の時に復活することは存じております」に対してイェスがこれらを宣言している理由がありません。
「もし信じるなら、神の栄光が見られると、言っておいたではないか」(40)というイェスの言葉も意味が通らなくなります。イェスはラザロを「霊的な永遠のいのち」に復活させたのではないと思われます。

だからといって、極端と思われる人たちのように、現世でイェスを信じたものは肉体的にも決して死なないと読むべきでしょうか。

先ほど「理解することは難しい」とあえて書いたのですが、イェスのこの宣言を「理解しようとすること」がそもそも間違っているのではないでしょうか。
イェスの問いは「まだ悟らないのか」ではなく「信じるか」です。つまり、この箇所で求められているのは「理解」ではなく「信仰」です。
地上の何者も、神によって養われているからこそ肉においても生き、神の許しがなければ肉において死ぬことさえもできません。その神であるイェスが、命というものについてこのように宣言しているとき、イェスが待っている私たちの答えは「主よ、お言葉をこのように解釈すれば理解できます」ではなく「主よ、お言葉をそのまま信じます」ではないでしょうか。

しかも、それはイェスの宣言を丸ごとそのままでなければ意味がありません。つまり「死んでも生きる」は信じられるが「決して死なない」は信じられない、というのはナシです。
なぜなら、イェスの宣言は「わたしは復活であり」が「死んでも生きる」と、「命であり」が「決して死なない」と対応しているからです。
つまりイェスは「わたしは復活であり命である」を信じるかと言っているのであり、(2)(3)は「わたしが復活であるというのはこういうことであり、わたしが命であるとはこういうことである」と噛み砕いているのです。

イェスの怒り(32~38)

イェスと再会したとき、マリアはイェスの足もとに「ひれ伏し」たと記録されています。(32)
一般に「ひれ伏す」という日本語が与える印象は、権威に対する礼、あるいは権力に対する服従でしょう。いずれも、神に対する人のあり方としてふさわしいものです。でもマリアは、イェスに向かって礼や服従を表そうとしたのでしょうか。
新共同訳聖書の巻頭序文に、翻訳にあたって「聖書にふさわしい権威、品位を保持した文体である」ようにしたと書かれています。でもマリアは、そのような文体で伝えきれるような状態だったのでしょうか。
「ひれ伏す」と訳されている言葉は、崩れ倒れるとも訳せるといいます(*1)。まさにそうでしょう。続くマリアの言葉からも、礼もへったくれもなくイェスの足もとにくずおれ「なぜラザロが生きているうちに来てくれなかった」と泣きわめいたのではないでしょうか。瀕死の状況だったとしても「イェスなら癒せる」という信仰があればこそ。
同じ「ひれ伏す」でも場合によってそこに込められる思いは異なります(*2)。聖書の物語は、生身の人間たちの物語です。

さて、ここで前述のとおりイェスは「心に憤りを覚え、興奮して」「涙を流された」のですが、それはラザロの死そのもののためではありえないことも前述しました。もしそうなら、涙を流す前にラザロの病気を癒すべきでした。
聖書をよく読むと、イェスが「心に憤りを覚え、興奮し」たのは、「彼女(マリア)が泣き、一緒に来たユダヤ人たちも泣いているのを見」たためであったと書かれています。「ラザロの死のゆえに」ではなく「ラザロの死を嘆いている人々のゆえに」イェスは息巻き、かき乱されているのです。
だとするとイェスは、悲しむ人たちの痛みを知り、憐れみをもって心を添わせているのでしょうか。それが全くないとも思いがたいですが、しかし「心に憤りを覚え、興奮」という描写からうかがえるのは、憐れみよりも激しい怒りです。

ではマリアたちはなぜ、イェスがそこまで怒るほどに嘆いているのでしょうか。私たちはなぜ、人の死に直面して嘆くのでしょうか。
イェスが復活であり命であること、イェスを信じる者は死んでも生きること、信じる者は決して死なないことが、信じられないからです。

終わりのときの復活について、マリアたちは会堂で教えられていました。私たちも教会で聞いています。
マリアに限ってはつい先刻イェスの口から、イェスが復活であり命であると教えられました。私たちも聖書で読んでいます。
にも関わらず、教えられたこと、聞いたこと、読んだことを信じられず、そして自分のその不信仰のためにマリアも私たちも嘆くのです。

その不信仰のゆえに。
絶望の中に希望を知らせたイェスの前でなお絶望しか見ない私たちのゆえに。
さらには、死をもって「復活であり命であるイェスを信頼すること」から目を逸らさせているサタンのゆえに。
イェスは息巻き、かき乱されているのではないでしょうか。
そして、サタンがもたらす不信仰によって、信頼と希望を手放している人々に、嘆き、涙したのではないでしょうか。

イェスが「信じるか」と問うている内容は、非常に信じるのが難しいことです。
死の恐ろしさなどは相対的なものであって絶対的なものではない、ということが聖書に書かれていますが(マタイ10章28)、だからといってもし「イェスへの信仰によって死の恐怖に打ち勝て。死が怖いのは信仰がないからだ」などということになれば、つまずかないでいるのは難しいのではないでしょうか。

だからこそイェスは、自身が「死」をはるかに、圧倒的に、完全に凌駕することを示さなければならなかったのです。
イェスは死に勝利できるのだということを実際に見せなければ「わたしは復活であり命である」を信じることは難しいことを、イェスは知っていた。だからこそ、「ラザロを癒す」という物語で終わらせるのではなく「ラザロをよみがえらせる物語」にする必要があった。

だからこそ、イェスはゆっくりベタニアにくる必要があった。
イェスが死者を復活させたのはこれが初めてではありません。でも以前に死者を復活させたときは、それは死の直後のできごとでした。それでも「復活であり命であるイェス」がわからない人々(私たち)のために、確実に遺体の腐敗が始ったころになって、人々がまったく絶望しきったところに、すべてを示す必要があったのです。
ラザロの物語は、「人間が人間を感動させるため」ではなく、「神(イェス)が人間(私たち)を信じさせるため」のものなのです。

ラザロを呼び戻すイェスの声(39~44)

イェスは墓を開けさせると、「ラザロ、出て来なさい」と大声で叫ばれた(43)。

では、何がこのイェスの声、イェスの命令を聞いたのでしょうか。

イエスの声は墓の中の遺体に届き、その朽ちた鼓膜を振動させ、そして遺体が起き上がって出てきたのでしょうか。
そのように読むことは、おそらく妥当ではないでしょう。イェスの声を聞きそれに従ったのは「四日も経って腐敗が進んでいた遺体」ではなく、「ラザロという存在そのもの」です。(*3)

では、体を離れたラザロはどこでイェスの声を聞いたのでしょうか。

彼は天国にいたのではありません。十字架による救いを信じることのほかには、人は神の国に入ることはないからです。
彼は地獄にいたのでもありません。地獄にはまだ誰も行ってないからです。人が地獄すなわち永遠の炎に投げ込まれるのは、マリアがいう「終わりの日」の裁きのあとです。
彼は、ダンテが神曲に描き出したような煉獄にいたのでもありません。そもそも煉獄というものは聖書には出てきません。

聖書には、死者は陰府(よみ)に入ると明記されています。(*4)
ダビデやアブラハムなど、これより前の時代の信仰者たちも、天国でも地獄でもなく陰府にいるのです。人は死後に裁きを受けることが定められていますが、死の直後に天国行きか地獄行きかに裁かれるわけではないのです。(*5)
となると、ラザロも陰府にいたことになります。そこでイェスの言葉を聞いて、そして引き戻されたのです。

多神教の神話体系においては、この世とあの世(彼岸、冥界、黄泉)とは別々の神が支配し、現世の神とあの世の神は互いに相手の領域に干渉することができない、としているものが目立ちます。(全部は知りませんが、少なくとも日本神話やギリシャ・ローマ神話はそうですし、北欧神話やケルト神話にもそのような発想があると思います。)
しかし聖書は、イェスの言葉は陰府にいる者をも従わせるのだというのです。旧約聖書は、「主」は私たちが天に登ろうとも陰府に床をもうけようともそこにおられ(詩編139篇8)、深い陰府からわたしたちの魂を救い出す(同86篇13)ことができると証言し、そして新約聖書はイェスこそその「主」であると証言します。
「ラザロ、出てきなさい」という「叫び」は、愛するものを失った悲しみからの涙ながらの呼びかけの絶叫ではありません。風を叱り湖に「黙れ。静まれ」と命じるイェスの、ラザロに対する「陰府にとどめられるのではなくわたしに従え」という命令であり、陰府に対する「ラザロをひきわたせ」という命令なのです。

ラザロの復活の意味(45~54)

イェスがラザロをよみがえらせた結果、次の三つのことが起きました。

(1)イエスのなさったことを目撃したユダヤ人の多くは、イエスを信じた。(45)
(2)「一人の人間が民の代わりに死に、国民全体が滅びないで済む方が」よいと預言された。(49-51)
(3)敵対する者たちが、イェス殺害に本気になった。(47~53)

イェスは最初に、ラザロの死は「神の栄光のため」であり「神の子がそれによって栄光を受ける」ためであると宣言していました。(1)はその成就の一端です。
イェスが苦難を受けることはイザヤ書などに「予言」されていた神の計画ですが、あらためてそのことが(2)で「預言」されました。(*6)
そしてキリストの受難という神の計画が動き始めたことの記録が(3)です。

キリストの十字架によるあがないこそが神の栄光であるという意味では、4節の「栄光」は(1)で完結したのではなく(3)で始まったとも言えます。ラザロの死に始まるこのできごと全体が、十字架の物語の始まりでもあり神の栄光の始まりでもあるのです。


*1 日本バプテスト連盟「聖書教育」2014年1,2,3月号

*2 たとえばアブラハムは創世記17章3、同17章17、同18章2で神に「ひれ伏し」ていますが、同じ動作でも思いはいずれもまったく異なっています。17章3では神に向かっての礼、服従でしょう。しかし17章17では、神をあなどる思いを持っています。そして18章2では、神と気づかずに人間の客として謙譲をあらわしています。
「原文ではこのような単語が」は大切ですが、それを踏まえつつそこからさらに意味を汲み取ることが必要です。ましてギリシャ語で記録されている新約聖書はすでに翻訳ですから(イェスたちはギリシャ語を話していたのではないはず)。

*3 「人」を構成するものは何か。第一テサロニケ5章23には「あなたがたの霊(プニューマ)も魂(プシュケー)も体も」とあります。人が生きているとは、霊と魂と体とによるということだと受け取れます。
とはいっても、じゃあ霊と魂とはどう違うのでしょうか。なかなか難しいところですが、ただ少なくともラザロの「体」は墓の中で朽ちていました。イェスの声を聞きその命令に従ったのは、ラザロの「体」ではなく、ラザロの「霊と魂と体」です。ラザロの霊あるいは魂が、あの世から帰ってきて体とともに墓から出てきたのです。
このとき、ラザロの「体」に異常があった様子はありません。生き返ったが体は病気に侵されたままですぐまた死んだわけでもなく、まして霊と魂が体に戻ったがその体は腐っていたということでもなく、生きている人間として出てきたのです。

*4 黙示録20章12~15に、裁きのときに「死と陰府」から死者が出され、玉座にいる方(キリスト)に裁かれ、そして「命の書」に名前のない者が「火の池(地獄)」に投げ込まれることが書かれています。
この陰府については、聖書中に手がかりはほとんどありません。ルカ16章19~31は、世に来る以前のキリストが見た陰府の光景であると考えることができますが、たとえ話である可能性も否定できません。
(なお、生前に救われるチャンスだけでなく死後にも救われる可能性があるという、いわゆるセカンドチャンス論(90年代後半頃にキリスト教雑誌「レムナント」で提起されて賛否両論が起こり、別のキリスト教雑誌「ハーザー」誌上でも議論が交わされた)については、否定はできませんが(否定するには聖書の多くの箇所を無視する必要がある)、聖書に明確には書かれていないことについて取り扱いすぎる説でもあり全面的に賛成しにくいと思っています。)
なお、キリストが十字架のあと復活するまでの間に陰府に下ったときに、陰府にいる旧約時代の信仰者などを救い天国へ連れて行った、とする解釈もあります。第一ペトロ3章19~、同4章6などが根拠とされますが、そのような聖書の読み方は神話的であるとして否定する向きもあります。
結局のところ、陰府についての手がかりは少なすぎます。これは、聖書というものは地上に生かされている者が生きているうちに救われるためのものだということなのでしょう。
(預言は現代も廃れていませんが、預言されたことは聖書によって吟味されるべきです。私自身は預言の賜物がないため一般論でしかありませんが、これほど聖書に手がかりの少ない事柄についてもし語られた場合、それが預言の賜物によるのかニセ預言者なのか判断は難しそうです。)

*5 死者は陰府に行くが、ヨハネ3章18「御子を信じる者は裁かれない」などから、生前に信仰に入ったものは終わりの日の裁きを待たずに天国に移されると考えることができます。
いずれにせよ、死は「地上における生の終わり」ということ以上の意味も力も持ちません。力があるのはただ神である主だけです。これは、信仰を告白することなく地上を離れた者たちのためにも、とりなしを祈ることは手遅れではないことを意味します。「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたも家族も救われます。」という約束には「生きている家族も」という但し書きはありません。(前述のとおり陰府ついての手がかりは非常に少なく、陰府に行った者がどのようにして「命の書」に名前を記されるようになるかも書かれていませんが、信じたものは「裁きを免れる」と書かれているにも関わらず、裁きにおいて神の国に入れられる人がいるということは、人が救われるということにおいて死は何の区切りでもないということです。)

*6 カイアファによって預言されたことは、一人の人間(イェス)の死は「民」の代わりであり、滅びを免れるのは「国民全体」であるというものです。
イェスの十字架はすべての人の身代わりとしての死でですが、それによって滅びを免れるのはすべての「民」ではなく「国民」に限られているということです。
ヨハネ福音書3章16に「独り子を信じる者が」一人も滅びないで永遠の命を得るためである、と示されていることに照らせば、ただイェスを信じることで誰もがこの「国民」に加えられます。旧約時代に神はイスラエルを「わたしの民」と呼びましたが、新約時代となりイスラエル以外も「国民」に加えられています。「異邦人(ユダヤ人以外)が福音によってキリスト・イエスにおいて、約束されたものをわたしたち(ユダヤ人)と一緒に受け継ぐ者、同じ体に属する者、同じ約束にあずかる者となる」(エフェソ3章6)


蛇足的な補足

七つのしるし

ラザロの復活は、ヨハネ福音書の「七つのしるし」と伝統的に総称されるものの七番目です。「七つのしるし」と呼ばれているのは次のものです。

ベタニア

イェスは受難週に、日中はエルサレムで過ごし夜はベタニア(エルサレムに近いほうの)に泊まっています(マタイ21章17)。おそらく、愛するラザロたちの家に泊まったのではないでしょうか。
参考書によれば、現在の地名は「エル・アザリヤ」でこれはアラビア語で「ラザロの場所」を意味するそうです。

ディディモと呼ばれるトマス(16)

ディディモはギリシャ語で双子、トマスはアラム語で双子の意味。
シリア語教会では、トマスはイェスの双子の兄弟であると伝え、マタイ13章55にあるイェスの兄弟のうちユダ(ユダの手紙の著者)と同一視しているといいます。この説はちょっと信じがたいところもありますが、双子の兄弟がいる場合にその一人を「双子」と呼ぶとは考えにくいですし(二人そろってる場合には「おい、双子」と呼ぶかもしれませんが)、もしかすると「トマス」に発音の似たヘブライ語ないしアラム語の本名だったのではないでしょうか。

メシア(27)

マリアの信仰告白にある「メシア」は、新改訳および口語訳では「キリスト」と表記されていました。新共同訳では多くの箇所で「キリスト」が「メシア」に直されていて、その結果ルカ福音書からは「キリスト」という言葉が消えています。

最高法院(47)

新約聖書には、ヘブライ語またはアラム語からギリシャ語に音訳された単語が多くありますが、最高法院または議会と訳されているサンヒドリン(サンヘドリン)は逆にギリシャ語のシュネドゥリオンが音訳されたものだそうです。
このことから、議会制度そのものが比較的新しい時代に言葉とともに輸入されたと考えることができそうです。イスラエルには共和制の時代はありませんし、イスラエルを統治する強国の都合で自治機関が必要となり、議会という言葉と制度が持ち込まれたのではないかと。
ローマ時代には地方の小サンヘドリン(マルコ13:9の「地方法院」)および中央の大サンヘドリンという構成でした。

カイアファ(49)

紀元18~36年に大祭司をつとめました。

意外なことに、というべきでしょうか、大祭司カイアファ自身がイェスに敵対的であったという記述は聖書にはありません。
11章49の彼の発言は預言つまり神からのものであることが明記されています。
マタイ26章3~4ではカイアファの屋敷で「イエスを捕らえ、殺そうと相談」されていますが、その相談の参加者は「祭司長たちや民の長老たち」だけです。
ゲツセマネで捕らえられたイェスはカイアファのもとで裁判にかけられています(マタイ26章57~)。しかしカイアファは、偽証人たちに加担してはいません。カイアファがしたのは、不利な証言に反論することをイェスに求めたこと、そして(信仰がない者の耳にはまさしく)冒涜的であるイェスの言葉に怒りを表したことだけです。しかも、カイアファ自身はイェスに対して判決せず、議員に「どう思うか」と問うているだけなのです。

使徒4章では、使徒たちを喚問した中にカイアファの名前があります。しかしここでも、ペトロたちを脅して伝道を禁じたのは「議員や他の者たち」なのです。いやしくも大祭司たる者をその他大勢よばわりするとは思えません(「他の者たち」もおそらくは議員以外の祭司長、律法学者、ファリサイ派ではないでしょうか)

カイアファは(内心でイェスをどう思っていたかはともかく)イェスとその使徒たちについて、祭司長たちの動機や行動とは一線を画して、神の大祭司としての職責をまっとうした人物であった、と言えるのではないでしょうか。
祭司長たちも、公式にイェスを弾劾するために、大祭司を巻き込むのではなく大祭司に裁かせることを狙ったのでしょう。あるいは、いくらなんでも自分たちのたくらみに大祭司を加担させるのは恐れ多いと思ったのでしょうか。

エフライム(54)

ラザロ物語のあと、イェスは「荒れ野に近い地方のエフライム」へ去ったと記録されています。これは「エフライム部族の割り当て地」のことではなく、第二サムエル記13章23に登場する町の名前なのだそうです。
これはエルサレムの北約20kmにあるサマリアの町で、つまりイェスはエルサレムの追っ手を避けてサマリア人の地に向かったという意味の記録です。


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テキスト
日本バプテスト連盟「聖書教育」2014年1,2,3月号
テキストのテーマ
溢れだした涙
初稿
千葉バプテスト教会「祈祷会」発題。2014年1月29日。
参考図書
新聖書注解 新約1(いのちのことば社)
エッセンシャル聖書辞典(いのちのことば社)
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作成:2014年02月19日

布忠.com