聖書研究
使徒行伝6章15

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(礼拝説教からの所感。2005年1月30日。メッセージのタイトルは「天使の顔」)

議会で席についていた人たちは皆、ステパノに目を注いだが、彼の顔は、ちょうど天使の顔のように見えた。
使徒6章15

ルカは資料を収集して使徒行伝を編んだのだから、誰かがルカに「私はあの時、議会で席にいたのだけど、ステパノの顔はちょうど天使の顔のように見えたよ。みんなそうだったって。」と証言したわけだ(あるいは又聞きかもしれない)。

そう考えると。天使の顔のように見えたそのステパノを処刑したというわけだ。
それ以前に、「天使の顔のよう」と比較しているということは、実際に天使の顔を見たことがあるということだな。さすが、神の民の国の最高法院。

あるいは、聖書にある変容の記事に類したことが起きて、それを「天使の顔」と形容したのだろうか。

彼らの目の前でイエスの姿が変り、その顔は日のように輝き、その衣は光のように白くなった。
(マタイ17章2)

モーセはそのあかしの板二枚を手にして、シナイ山から下ったが、その山を下ったとき、モーセは、さきに主と語ったゆえに、顔の皮が光を放っているのを知らなかった。アロンとイスラエルの人々とがみな、モーセを見ると、彼の顔の皮が光を放っていたので、彼らは恐れてこれに近づかなかった。(中略)モーセは彼らと語り終えた時、顔おおいを顔に当てた。しかしモーセは主の前に行って主と語る時は、出るまで顔おおいを取り除いていた。そして出て来ると、その命じられた事をイスラエルの人人に告げた。イスラエルの人々はモーセの顔を見ると、モーセの顔の皮が光を放っていた。モーセは行って主と語るまで、また顔おおいを顔に当てた。
(出エジプト34章28-35)

ステパノはキリストがヤハウェの隣にいるのを見た時に、キリストはヤハウェの雲の中でモーセとエリヤと語らった時に、モーセは顔と顔をあわせてヤハウェと過ごした時に、明らかに容貌が変わったわけだね。

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作成:2005年1月30日

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