やさしい聖書のお話

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足のともしび

今日のお話しから(2000年9月17日)

聖書は足元の明かり、道のともしび

聖書には、たとえばなしがたくさん出てきます。イエス様は特にたとえばなしが得意で、「天国っていうのは、たとえるならこんな感じです」とか、「神様を心から信じる人というのは、たとえるならこういう人です」というふうに教えていました。これはイエス様だけの得意技ではなくて、当時の先生とよばれる人たち(いわゆるラビ)はみんなこういう教え方をしていたようです。普通の人々に、神学や聖書学の専門用語を使わずに教えるには、たとえばなしがとても有効でした。

そして聖書には、「聖書そのものをたとえるなら、こういう感じ」ということもたくさん書いてあって、旧約聖書の詩編には「神様の言葉である聖書は、たとえるなら、道を歩くときの光のようなもの」という詩があります。
今の日本、とくに東京のまんなかあたりでは、真の暗闇というのはなかなか経験できませんが、この詩が詠まれたのは今から数千年も昔のことです。イスラエルあたりは昼間の暑さを避けて夜に旅することがありました。そんなときもし月と星が隠れてしまったら、文字通り真の闇。一歩間違えたら、荒れ野の真中で道を見失い、水も尽きて死んでしまう、そういう旅です。昼間は頼りなく思えるちいさなろうそくの炎が、こんな闇の中ではとても明るい照明になります。
神様の言葉である聖書は、暗闇を旅するときに足元を照らす明かりであり、街灯であると、この詩人は言うのです。

人生もしばしば旅にたとえられます。こどもたちにとっては、毎日が冒険の旅かもしれません。親から見て「そっちの道は危険だ」と思うような遊びや情報も多いことでしょう。社会の危うさを知っている大人にとっては、どの道を行くべきか途方にくれるときがあるかもしれません。毎日が同じことの繰り返しと思っていても、今日が安全だったから明日も安全という保障はどこにもない。暗黒のような社会を旅する人生、一寸先は闇という旅路に、聖書は確かな照明を与えてくれるのです。

聖書を口から離すな

偉大な指導者モーセのあとをついで、エジプトから逃げてきた数百万のイスラエル人をひきいることになったヨシュア。責任重大。しかもイスラエルの民は、神様に従えば大丈夫だと言ってるのに神様にさからってばかり。
途方もなく大きな任務についたヨシュアを、神様がはげましました。

一生の間、あなた(ヨシュア)の行く手に立ちふさがる者はない。わたし(神)はあなたと共にいる。あなたを見放すことも、見捨てることもない。ただ強く、雄雄しくあって、聖書の教えをすべて守り、右にも左にもそれてはならない。聖書を口から離さず、昼も夜も口ずさみ、書いてあることをみな守れ。そうすれば、あなたは、その行く先々で栄え、成功する。うろたえてはならない。おののいてはならない。あなたがどこに行ってもあなたの神、主は共にいる。

神様が「俺がついてるんだ、心配するな」と言ってくれるのだから、これほど心強いことはありません。しかも自分は、聖書の教えを守るだけでいいのです。
「聖書はたとえるなら明りのようなもの」といいましたが、明りがあるだけでは旅をすることはできません。目的地までの地図が必要です。途中で標識でもあればなおいい。
そして人生という旅では、聖書が地図であり標識なのです。右にも左にもそれないで進んでいけばいいだけというのだから、現代風にいえばカーナビみたいなものです。聖書をよく読んで、聖書で神様が命じていることを守るだけでいいのです。
戒律と思うと堅苦しくて難しそうですが、神様はあまり難しいことは命じていません。(たとえば「人を殺すな」という命令を守るのと破るのでは、命令を破るほうが難しいのでは?)

ただ、今のカーナビでは自動運転はできないし、スイッチをいれなければ当然使えないし、カーナビに従って運転していかなければ、カーナビがあるだけでは何の意味もない。聖書も同じで、持っているだけでは意味がありません。よく読んで、お気に入りの歌を口ずさむように聖書の言葉をくちずさみなさいと、今日の聖書個所は教えているのです。
数学の公式をおぼえている人は、必要なときに適切な公式を頭から取り出して、問題を解いていくことができます。聖書の言葉も同じで、覚えておくと、人生の旅で困ったときに適切なみことばを頭から取り出して、問題を解決していくことができるのです。

参考

「私が牢獄につながれ、ただ一冊の本を持ち込むことを許されるとしたら 私は聖書を選ぶ」ゲーテ。
(キリスト教が一般的な国々では、「もし無人島にひとつだけ持っていけるとしたら」という質問に「聖書」と答える人は多い)

「聖書は、神が人間に賜った最もすばらしいプレゼントである。人間にとって望ましいものはすべて聖書にある。」リンカーン(米国大統領)

「私はこの時代に、偉人と呼ばれる95人の人を知っている。うち87人は、聖書を奉ずる人であった。」グラッドストン(英国首相)

「私の生涯に最も深い影響を与えた書物は聖書である。」ガンジー(インド独立の父)

「謙虚になって聖書をひもといて見れば、それ(知識)は最も基本的な形において聖書に示されておる。これを今日の社会情勢と、人間の知識の進歩と、世界の複雑性に照らし合わせて応用すればよいだけです。根本は聖書に示されている通りであります。」矢内原忠雄(東京大学総長)

【今日のお話しの聖書箇所】

あなたの御言葉(みことば)は、わたしの道の光
わたしの歩みを照らす灯(ともしび)。
(詩編119篇105節)

この律法の書をあなたの口から離すことなく、昼も夜も口ずさみ、そこに書かれていることをすべて忠実に守りなさい。そうすれば、あなたは、その行く先々で栄え、成功する。
(ヨシュア記1章8節)

「今日のお話しから」は、幼稚園礼拝で聖書のお話をした際に、保護者向けに作成したレジュメです。

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作成:2000年9月17日

布忠.com