聖書を遊ぶ
サムソンの髪

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このページは、筆者としては「おそらくこういうことなのだろう」と思い、慎重に考えた上で書いていることです。ただ、不勉強な者が、生半可な知識を、仮定でつなげたにすぎない部分が多々ありますので、公開はこの「聖書を遊ぶ」のコーナーで行うことにしたものです。そういう性格の文書であることを、あらかじめご承知ください。
ご意見、ご指摘、ご感想などはBLOGにいただけるとうれしいです。メールはこちらからお願いします。


0.サムソンとは

当サイトで発行しているメールマガジンで、士師記に登場する剛力無双の勇者サムソンを扱ったときから、どうにも気になっていたことがあります。
聖書が伝える彼の生涯のあらましは、要約すれば次のようなものですが。。。

モーセやヨシュアといった指導者は世を去り、しかしまだイスラエルに王が立てられる前の時代。サムソンは[胎内にいるときから、ナジル人として神にささげられ]て生まれる。ナジル人とは特別の誓願を立てた人のことで、誓いの期間(終身の場合もある)は身を清く保ち、ナジル人である証として髪を伸ばす。
生まれながらのナジル人サムソンは単身で、イスラエルを苦しめるペリシテ人を相手に驚異的な怪力で戦った。しかし、彼が愛した女デリラの罠によって髪を失い、このために神から与えられた剛力を失い、ペリシテの手に落ちることになる。しかしやがて髪が再び伸びたとき、その身に神の力が戻り、指導者たちを含む多くのペリシテ人を斃してみずからも散る。

詳しくはこのサイトの士師記のページをごらんいただくとして。
サムソンは、があるあいだはの力がともにありました。
を失ったとき、の力も失いました。
そしてが戻ったとき、の力もまた戻ったのです。

髪と神。
だじゃれのようでもあります。なぜ、ナジル人の証しが髪だったのでしょうか。なぜの力ととがリンクしていたのでしょうか。

1.髪と神

現代の日本語で普通に「カミ」といって出てくる一字の漢字といえば、「神」と「髪」以外にも、「上」「紙」「守」といったところがありますが、このカミということばについて江戸時代の国学者の本居宣長(*1)が次のように説明しています。

「すべてカミとは、いにしえの御典等みふみどもに見えたる天地のもろもろの神たちを始めて、そを祀れるやしろにいます御霊みたまをも申し、また、人はさらにも云わず、鳥獣木草のたぐい、海山など、そのほか何にまれ、尋常よのつねならずすぐれたることのありて、可畏かしこきものをカミとは云うなり。
 そもそも、カミはかくの如く種々くさぐさにて、貴きもあり、卑しきもあり、強きもあり弱きもあり、善きもあり悪しきもありて、心もしわざもそのさまざまにしたがいて、とりどりにしあれば、大かたひとむきに定めてはいがたき物になむありける」

「すぐれたるとは、尊きこと善きこと、いさおしきことなどの、すぐれたるのみを云うにあらず、悪しきものあやしきものなども、世にすぐれて可畏かしこきをば、神と云うなり。
 さて人の中の神は、まずかけまくもかしこき天皇すめらみことは、御世御世みよみよみな神にいますこと、申すもさらなり、そは遠つ神とも申して、凡人ただびととははるかに遠く、尊く可畏かしこくいましますがゆえなり。かくて次々にも神なる人、いにしえも今もあることなり。またあめの下に受け張りてこそあらね、一国一里一家の内につきても、ほどほどに神なる人あるぞかし」[*2 p21-22]

(適宜、引用もとの漢字を平仮名になおしています。なお、引用中で「カミ」と表記したのは引用元では「迦微かみ」となっています。以上[*2]からの孫引きです。)

カミとは、尋常(世の常)ならずすぐれたることのあるもの。そう考えると、先ほどあげた5文字は共通性が高いように感じます。

まず「上-カミ-」はそのまま、他(世の常のもの、尋常なもの)よりも「上-うえ-」であるものです。ここでいう上とは位置関係の上下だけでなく、上位、上等、上質といった意味です。
たとえば、川の上流が「川上 -カワカミ-」。畿内が日本の中心だったから「上方-カミガタ-」。より目上の人の席を「上座-カミザ-」など。

「髪」は、体毛のなかで一番上にある「カミの毛」です。

「紙」は、木札や竹簡を「尋常なもの」とすれば、記録媒体としてそれらより「すぐれたること」のあるものです。耐久性ということでは現代まで残って発掘される木札や竹簡のほうが耐久性が上ですが、記録者自身やその同時代人にとっては、軽くてかさばらない紙というものは上等上質のものだったでしょう。

「守」と書いてカミと読むのは、「讃岐守」などのように人の地位に関する場合です。「長官」と書いてカミと読む場合もあります。(*3)
政治的な権力を「おかみ」と呼び、あるいは天皇を「主上-okami-」と呼ぶのもこのニュアンスかもしれません。料亭や旅館のトップの女性、あるいは一家をきりもりする主婦が「おカミさん」と呼ばれるのも、同様ではないかと思います(「おかみさん」の語源を調べてはいませんし、天皇を「主上-おかみ-」と呼ぶようになったのはいつごろかというのも本当は調べなければいけないのでしょうが)。

こうして見てみると、もともと(漢字の伝来以前)の日本語に、広く「上であるもの」一般を表す「カミ」という言葉があって、そこに漢字が伝来したときに、カミが表していたいろいろなニュアンスに髪、上、紙、守そして神といった字が当てられたのではないかという気がしてきます。たぶん、漢字が伝来したときに日本人は次のように考えたのではないでしょうか。

この「髪-ハツ-」という漢語はどういう意味?ああ、なるほど、じゃあ和訳するとカミだな。
次は「守-シュ-」か。この漢語の意味は?なるほど、じゃあこれも和訳するとカミだな。

このように考えると、サムソンが髪を失ったときに神の力を失い、髪を取り戻したときに神の力を取り戻したという聖書の記録も、「カミ(髪でも神でも、とにかく『上であるもの』)と自分自身とが、くっついているか離れてしまったか」という、同じことをいっている話ということになります。

ただ、上代仮名遣いというもの(万葉仮名とイコール?)では、「上-カミ-」と「神-カミ-」は書き方が違うのだそうです。
そして、上代仮名遣いでの表記が違うということは発音(上代音)が違うということになるそうで、あちこちのWEBページが拾ったことですが、「上」の「み」は甲類で「カミ」にちかい発音、「神」の「み」は乙類で「カム」に近い発音、ということのようです。
で、表記が違い発音が違うのは、もともと別の言葉だったということになるようです。
(「神-カミ-」の語源が「上-カミ-」なのかそうではないのかということを扱っているページは意外とありました。)

確かに「神」は辞書で「かむ」を引いても出てきます。またたとえば「神風」という言葉も「かむかぜ」でも載っている。ただ、大字林では次のように説明されているのです。

かむ 【神】

上代、「かみ(神)」が他の要素の前に付いて複合語を作るときの語形。〔上代では複合語を作る際、「かむかぜ」「かむさぶ」など「かむ」の形をとる。(後略。excite.辞書より

つまり、「神」は「カミ」と読むのが基本であって、場合により「カム」と読むということですね。この大字林の説明が、上代仮名遣いや上代音についての研究の成果をどれくらい踏まえたものかはわからないのですが。

ただ、仮に大字林が間違っていて「神」は「カム」と読むのが基本的だったのだとしても、それで「だから別の言葉だった」ということになぜなるのかは今の時点では不勉強なものでわかりません。
むしろ、たとえば中西進氏(*4)は、「かみさま」という言葉について次のように書いています。

 カミは日本プロパーのことばではなく広くアジアに共通することばらしい。すなわち、日本語のカミは韓国語のコムと同じではないか。韓国語では熊をコムといい、日本語ではクマという。
 御承知のように、熊はアイヌ語でもカムイという。カムイとは神のこと、つまりアイヌでも動物としての名はなく、熊を神と呼ぶのである。
 じつは英語で熊をさすベアーも神様のことだ。また昔ケルトにアーサー王がおり、いまもマッカーサー(アーサーの息子のこと)がいるが、このアーサーも熊のことである。これまた熊王こと神なる王なのである。
 このように並べてみると日本語も仲間に入れるほうが自然であろう。日本語のクマも韓国語のコムも、ともにカミと同語だと考えた方がいい。
(中略)
 さてこうなると古代世界では世界中で熊という動物を神様だと考えていたことがはっきりする。いや、正しくいうと神様の化身だと考えていたのである。
 そもそも神様は人間の目には見えない。もっぱら夜現れると思われていたから、見えないのも当然である。こぶとりじいさんの話だって、鬼は夜出て来る。だから現代、神社の祭りを昼やるのは便法にすぎない。
 見えないとなると、神様はどこにいるのか、どんな姿をしているのか、と人間はあれこれ想像する。すると山野に住む人たちにとっていちばん恐ろしくて、いちばん人間の形に似ている熊に神様をなぞらえることになる。[*5 p74-75]

個人的に非常に興味深い内容なので思わず引用が長くなりましたが、まず熊がカミサマというのは容易に想像できます。古くはカミサマを表すのに「虎」という字を使った例もあるそうですが、熊も虎も人にとってはおそるべき存在、本居宣長に言わせれば「尋常ならずすぐれた」存在だったでしょう。まして人間同様に後ろ足2本で立ち上がることのできる現在の生物としては最大最強の熊は、畏怖の対象そのものだったでしょう。
この「熊-kuma-」が、あるいはよく知られているようにアイヌ語の「カムイ-kamui-」が、同じようにカミサマを表すということであれば、「神+上+髪+紙+守+…」という広い意味をもつ言葉としての「カミ」を想定することは、それほど無理な想像ではないのではと思うのです。上代には「神-kami-」が複合の場合に「神-kamu-」になったという大字林の説明とあわせると、たとえばいずれの言葉も「カム-kuam-」から変化したと、これはまったく素人の想像ですがそう考えることさえ無理ではないのではと思うのです。(カミが広くアジアに共通するという言葉らしいという中西説が正しいのであれば、「神≒熊」を表すカミが、やがて意味が広がって「尋常ならざるもの一般」を意味するようになったのかもしれません。)

上代音についてはこれくらいにしますが(専門家が一所懸命に研究している分野にすでに土足で踏み入りすぎという気もしますけど)、素人の気楽さでこれ以降は「神」も「上」も、そして「髪」も同じ言葉だったとして話を進めます。
勉強する機会があったら、この自説を補強することができるのか、それとも全部ひっくりかえさなきゃならなるのか。

「仮に神=髪だとしても、サムソンの物語は日本語で書かれたわけではないだろう」って?もちろんそうです。そういう意味では「上≠神≠髪」だとしても「上=神=髪」だとしても、「サムソンの髪」というテーマには影響しないことになります。
ですが、「髪=神だから、サムソンは髪を失ったときに神の力を失ったのでは」というだけではないのです。

2.髪と命

老いも若きも自由な色に髪を染める昨今では、「女の命の黒髪を」などというのは時代劇の中でさえあまり聞かなくなりましたが。

人の医学的な死のあとも、髪は伸びる

ということをご存知でしょうか。
正確にいうと、髪が伸びるわけではありません。医学的な死によってのあとに、体組織の収縮が始まります。すると、髪の全長のうち「皮膚に隠れていた分」がむきだしになってくる。これが、「死んだのに、髪が伸びた」ように見えるわけです。長髪の場合には「目に見えて」ということはないかもしれませんが、坊主頭やそれに近い刈り方の場合には見とめられると思います。(ヒゲなどは、普段は剃ってる人ならほんのわずかでも皮膚が収縮後退すれば「死後に伸びた」と思うでしょう。爪の付け根などにも観察されるかと思います。)

科学的にはそういうことなのですが、しかしこの現象は、「命は髪にある」という印象を抱かせるものではないでしょうか。そうだとすると、思い当たることがいくつもあります。
たとえば、なぜ戦死した兵の遺髪が遺族のもとに届けられるのでしょうか。髪が物質として残りやすいということは発掘されたミイラを見てもわかりますが、そういう都合というか便利ということだけでなく、「身は戦場に斃れても、この遺髪がある家に自分の魂もともにあるのだ」という感覚がどこかにあるからだとはいえないでしょうか。
武士や力士がマゲを切る(髪を身から離す)ことは、「それまでの自分」が象徴的に死ぬということなのではないでしょうか。それだから文明開化の折にも男たちはマゲを落とすことを厭うたのだと考えることはできないでしょうか。
体組織の収縮によって死後も毛が伸びたように見えるというのは、日本だけで見られる現象ではないでしょう。また、現代日本では火葬率が100%に近いといわれますが、世界的には火葬は必ずしも普通の習慣ではないそうですから(*6)、だとすると遺体に接している時間が相対的に長くなり「死後に髪が伸びる」という現象が観察されやすくなるのではと思います。そう考えると、アジアでは出家した仏僧が剃髪し、西洋ではカトリックにトンスラ(修道者が頭頂部を丸く剃ること)があるのも、「それまでの(俗世間に生きてきた)自分」を象徴的に葬り、新しい自分として新生するために、命である髪を我が身から切り離すのだと考えることができるのではないでしょうか。武士や力士の断髪と同じようにです。(*7)
さらに、これはべタな話になりますが、女性が髪を切るとすぐに「失恋でもしたのか」という話になるのは、やはり髪を切ることが「古い自分との決別」を象徴しているのではないでしょうか。ちょっと昭和な話ですが。

以上のことは統計的にも民俗学的にも裏づけはとっていませんが、十分に考えられることなのではないだろうかと思うのです。「髪と命とが何か関係を持っていそうだ」という印象を(それが科学的には正しくないとはいえ)人は自然に持つのではないかと。
そうであれば、西アジアに生きた聖書の人物たちだけがそうした印象を持たなかったとも思えません。むしろ日本より乾燥した中東では、遺体の収縮で髪が伸びたように見える現象は日本以上にではないかとも想像します。

そして聖書の神ヤハウェは、「別段めずらしい風習ではなかった割礼」をイスラエルとの契約のしるしとして定めたように、「命と髪とが何か関係ありそう」という自然な感覚を「ナジル人の証し」にしたのではないかと思うのです。
次に引用するように、誓願の期間中にタブーを破って身をけがしてしまったナジル人は、髪をそり落としてもう一度最初から誓願の期間をやりなおすことになっています。日本でも、何か不手際があると「頭を丸める」と言いますが、まるっきり同じです。やはり髪を落とすことで、「いっぺん死んでやりなおす」ということを象徴しているのではないでしょうか。

主に献身している期間中、死体に近づいてはならない。(中略)もし人が思いがけず、突然自分のそばで死んで、献身のしるしである髪を汚したならば、七日目の清めの日に頭をそる。(中略)その人は改めて、主に献身してナジル人となる期間を定め、一歳の雄羊を賠償の献げ物として携える。
(民数記6章6~12)

このように髪を命と関連させて考えると、サムソンの物語は、キリストの雛形(プロトタイプ)であったと考えることができます。
あるできごとが事前に別のできごとによって「あらかじめ表されている」という考え方、ことに旧約聖書の記事が、のちに来るキリストをあらかじめあらわしたものであるという考え方を、キリスト教用語で「予表(よひょう)」と言いますが、サムソンの最後はキリストの予表だったのではないかと思うのです。ちょっと比較してみましょう。

表.キリストの予表としてのサムソン
サムソンキリスト
デリラに売られて、髪(命)を失う。 ユダ・イスカリオテに売られて、十字架で殺される。
牢につながれる。 墓に葬られる。
髪(命)が戻る。 三日目によみがえる。
神の力が戻る 死者の中からの復活によって力ある神の子と定められる。
(ローマ書1章4)
敵ペリシテの支配層を討つ。 蛇(サタン)の頭を砕く。
(創世記3章15)

サムソンはデリラと出会う前には、同胞ユダ族によって敵ペリシテに引き渡されています(*8)。これも、キリストが「自分の民のところへ来たが、民は受け入れなかった。」(ヨハネ福音書1章11)ということの予表と言えそうです。
(上の表の最後にあげた、キリストがサタンに対して最終的な勝利をおさめることは、聖書に予告されているもののまだ実現はしていません。しかし、聖書に予言されたことで「間違いだった」というものは、今のところひとつもありません。「まだ実現していないもの」はありますが。)

ところで先に、神とは「尋常ならずすぐれたること」のあるものであり、「一国一里一家のうちにも、ほどほどにカミなる人」がいる、という本居宣長を先に引用しました。サムソンも「尋常ならざる者」という意味では、確かに「そこそこにカミである人」だったといえるでしょう。
これはサムソンをGodにしようというのではありません。それ以前にまず、Godを神と訳すことはできても、神をGodと訳すことはできないと思うのです。

3.神とGod

日本語の「カミ」は、「普通ではないもの、他より(何かしらの意味において)上であるもの」であるとしました。本居宣長の言葉は今でいえば「都道府県、市区町村、一族のうちにも、そこそこに神である人というものがいる」という意味になります。
ここでいう「神-kami-」とは、「God」とイコールではありません。英語のGodは、「ほどほどにGodである人」などという使い方はできないものです。しかしカミが「尋常ならずすぐれたこと」のあるものという広い意味であるなら、日本語には「ほどほどに神である人」というのはありえるのです。

たとえば、江戸時代の盗賊ねずみ小僧の墓が東京の回向院にありますが、この墓石をけずりとってお守りにすると勝負事に強くなるといわれ、回向院のサイトによると現在も合格祈願に訪れる受験生があとを絶たないそうです。これをクリスチャンの中には「日本では死ねばドロボウさえ神様になれる」と言うひともいますが、しかし「悪しきもの奇しきものなども、世にすぐれて可畏きをば、神と云うなり」という定義に従えば、盗賊の中ではすぐれた者でありしかも義賊と呼ばれたねずみ小僧は、確かに「カミサマ」だといえます(「God」とは言えませんが)。

筆者は世代ではありませんが、かつて日本球界には「神様、仏様、稲尾様」という言い方がありました。また、もと阪神の吉田監督は八木裕選手を「代打の神様」と呼びました。
稲尾和久氏にしても八木氏にしても、プロ野球選手の中でさえ「尋常ならずすぐれた」者だったのでしょう。まして世人にしてみれば、プロのアスリートという時点で尋常ならざる者です。そういう意味ではこうした人たちもまさに「神様」と呼ばれておかしくありません。(Godだと言っているのではありません。念のため。)

格闘技界に、山本KID徳郁という選手がいます。プロ格闘家が北京五輪(アマレス)を目指したことで一般にも少し知られたアスリートですが、マスメディアが彼につけたキャッチフレーズが「神の子キッド」だと聞いたら、クリスチャンなら眉をひそめるかもしれません。
しかし彼はインタビューに「俺は、格闘技の神様の子供」と答えただけなのです。つまり、自分の強さとか才能が天賦のものであるという自信という以上の意味はありませんし、まして自分を「神の子イエス・キリスト」になぞらえたわけでもありません。むしろ「格闘技の神様」と言わずに「格闘技の神様の子供」と言ったのは謙虚さとさえとれます。(*9)

このように日本人が人間をカミサマと呼ぶことを、比喩表現だという人もいます(*10)。しかしそうではなく、もともと「神-kami-」と「God」は違う言葉なのです。
少なくとも、尋常ならざる者であるGodを神と呼ぶことはできても、神を常にGodと訳すことができるわけではありません。「経営の神様」と呼ばれた松下幸之助氏は、確かに会社経営という点では尋常ならざる者だったでしょうけれど、だからといって氏を海外に紹介するのに「ア・ゴッド・オブ・マネージメント」などとは言えないのです。

ではなぜ「God」の訳語が「神-kami-」になったのか。それを考察することは、それだけで研究書が何冊も出ているくらいの話なのでここではあまり掘り下げず、聖書の中国語訳とその後の邦訳に関する柳父章氏の研究を少しだけ紹介しておくにとどめます。

 モリソン(*11)の訳した新旧約の『神天聖書』が改訳の必要があるということは、生前のモリソンじしんも認めていた。やがてアヘン戦争後、宣教の機会が格段に開かれ、多数の清国人のためにいっそうよくできた中国語訳聖書が求められるようになった。…始めからもっとも問題とされたのは、Godの翻訳語である。聖書翻訳は原典による建前であるから、新約ではギリシャ語のTheos' 旧約ではヘブライ語のElohimであるが、じっさいには英語訳は正しい翻訳として参考にされるからGodも原語である。
 委員会の意見は二つに分れた。委員長メドハーストは「上帝」を主張し、ミルンなど多数を占めるイギリス人宣教師がこれに同調した。これに対し、ブリッジマンは「神」を主張した。両者の意見は遂に折合わず、GodとSpiritの訳語だけを白く残した草稿をまとめて、一八五〇年、会議を終え、以後、両者は別々の中国語訳聖書を出版した。
 …そしてブリッジマンはアメリカ人宣教師カルバートソン(M.S.Culbertson)とともに翻訳にとりかかり、一八六一年に新約を、六三年に旧約を出版した。日本への黒船来航(引用者注:1853年)のやや後のことである。やがて日本への宣教が開始されると、まずやってきたのはアメリカ人宣教師たちであった。黒船以来のよしみである。ペリー提督の主席通訳官は、ブリッジマンの仲間の宣教師ウィリアムズであった(*12)。明治初期来日した宣教師たちが持ってきた中国語訳聖書は、当然このブリッジマン=カルバートソン訳であった。

 この訳が、やがて始まった聖書和訳に大きく影響する。アメリカ人宣教師は、日本語より中国語の方ができたし、また当時の日本知識人は、漢文を日本文のように読んでいたが、英語はよく分らなかった。和訳聖書のおそらくもっとも重要な原典は、モリソン訳の流れを汲むブリッジマン=カルバートソンの中国語訳だったのである。Godの日本語訳「神」も、アメリカ人宣教師主導のもとに、こうして決められた。中国語訳では大問題だったが、日本ではこれはほとんど問題にされなかった。
 問題にされなかったことは、すなわち問題であって、中国語「神」(shen)と、日本語「神」(かみ)とは同じでない。[*13 p120-122]

「God」は、激しい議論の末に見切り発車で、中国でまず「神-shen-」と訳された。そしてそれが今度はすんなりと「神-kami-」と訳された。
問題にされなかったのが問題というのはまさにその通りで、これが原因で今も日本の英語教育では「God」を「神-kami-」と訳し、「神-kami-」を「God」と訳しているのです。
ですが、先に書いたように「神」という字は、相当に意味の広い日本語「カミ」のある一面だけにしか相当しません。まして中国語の「神-shen-」がすでにして「God」の訳語として適切であるか結論が出なかったのです。
柳父章は前掲の続きで、津田左右吉を引用しています。孫引きですが紹介します。

 津田左右吉は、私がここで述べているように、中国語訳の聖書で、「神」がGodの訳語としても、またSpiritの訳語としても用いられたことを述べたあとで、日本語の「神」についてこう言っている。

 今日でも日本の民衆が用ゐてゐるカミの語の示すところはそれ(引用者注:Godという語のこと)とは違ふ。シナ語の神とも同じでない。神といふシナ文字は古くからカミの語にあてられて来たが、それには当たつてゐるばあひもゐないばあひもある。カミには無い用ゐかたが神にはあり、神には無い意義がカミにはあるからである。従つてカミをすべて神と書くのも、神の字をいつでもカミと訓むのも、誤りである。この誤りを犯したために、カミの語または神の文字の意義に無用の混乱が少からず生じた。(中略)たヾ多くの知識人においては、上にいつたやうな事情から、カミといへば、神といふ文字を用ゐる訳語によつて、思ひ出される唯一神としての「神」をすぐに連想し、または何となくそれと同じやうなものであるかの如く思ひなされる傾向さへもある。(*14)(中略)

 これは鋭い指摘で、伝来のやまとことばカミと、もとは中国語の漢字、神とが実は違っているのだが、このことはふつうほとんど気づかれていないのである。とくに日本の知識人は、翻訳語の意味と、翻訳以前の日本語の意味のズレに気づかず、翻訳語の意味、つまりここで言えばGodの意味をモデルとして、翻訳以前の日本語のカミや神の意味を切捨てるという根強い傾向がある。津田はそこを突いているわけである。
 この例の場合、ことばのズレは二重で、もとのやまとことばカミと、中国渡来の神と、そして近代以後やってきたGodの翻訳語の神と、それぞれの間で問題となる。[*13 p124-126]

「かみさま」という概念がすでに日本にあった以上、その概念に収まりきらないGodのほうが「かみさま」ではないというべきでしょう。「かみさま」という日本語にしてみれば、ひさしを貸して母屋をとられるというところです。

ただ、ここでキリスト教を少しばかり擁護しておくなら、ヘブライ語のエロヒム(あるいはラテン語のデウス)を訳すのに中国語(漢語)訳聖書を踏襲したのは、無理もないところでした。学問といえば漢籍が特等だった時代が長かった日本、しかも当時の世界においては識字率が高すぎた日本で、外国の本を邦訳しようとしたときにすでに漢訳になっているものがあれば、それをベースにするのは自然だったでしょう。同志社大学を建てた新島襄も、中国語訳(漢文)の聖書を読んでキリスト教のGodを「発見」しています。(*15)

しかし、いくら弁解の余地があるとはいえ、やはり「神-kami-」は、「God」の、あるいはエロヒムやセオスの訳語としては妥当ではないというのはかわらないでしょう。
「ブリッジマン系の聖書が日本に持ち込まれてから150年、いまさらではないか」という気もします。しかしキリスト教人口が「まだ」ごくわずかであることを考えると、先のことを考えて今のうちに訳語を変更するべきかもしれません。個人的には、下手に訳すより「エロヒム」でいいのではと思うのですが、カタカナ語だと「(日本を含む)天地の主」とうよりも「(日本とは縁のない)外国の神」という印象になります。七福神だって、外国のカミサマだけど漢字言葉だから日本でも受け入れられているのではないでしょうか。とするとやはり日本語にない(もとからはなかった)言葉で考えた方がいいでしょう。
たとえば宗教社会学者の鹿嶋春平太氏は(おそらく暫定案として)「創主-つくりぬし-」とすることを試みています[*17 p14]。確かに、世界の各文化では「どのようにして神が生まれたか」を物語る神話を持つものは多いですが「問答無用で神は存在し、その神が世界を創造した」とするものはあまりありませんから、「創主」というのは「聖書の神」を一意に表現するには向いていそうです。ただ、創造はヤハウェの手のわざの一つであって、ヤハウェの在られ様のすべてではありません(おそらく鹿嶋氏もそういうことで、「創主」と呼ぶことを「試み」と言っているのではと推測します)。そういうことでは、中国語訳の候補にあった「上帝」なり、あるいはカトリックが使っていた「天主」などのほうがいいかもしれません。いずれにしても「神」のままでは、天照大神や「経営の神様」と同じところにヤハウェを引きずりおろしたままになります。

4.サムソンはカミだった

「God」は「神-kami-」であるが、「神-kami-」は必ずしも「God」ではない、と言いましたが、これに関連して非常に興味深い話を紹介します。日本人クリスチャンにとってはある意味で爆弾発言かもしれません。
次に引用するのは、「大使が書いた、日本人とユダヤ人」という本からで、著者は前の駐日イスラエル大使だった、エリ・コーヘン氏。先に説明しておくと、同書によればコーヘン家というのは祭司の一族で、バビロン捕囚の時代に西へ向かい、地中海のジェルバ島(現在のチュニジア)にシナゴーグ(会堂)を建てた家系だそうです。エズラの時代にも帰還しなかったおかげで後のローマ帝国による神殿破壊と迫害の時代にもジェルバ島でヤハウェ礼拝を守り続け、現代になってようやく帰還し始めた一族なのだとか。そういう環境で生まれ育った人物が、神(の使い)と組み打ちしたヤコブ(創世記32章23~33)について次のように書いているのです。

 すなわちイスラエルの民の一人ひとりは"イスラエル"という名の父祖から生まれ、それは十二部族の父祖であるばかりか、大勇士でもあった。そして単に戦いの勇士であっただけでなく、日本のカミのような、天使と戦って勝利する人間でもあったのだ。[*18 p41-42]

日本では神社の神主の長男がテレビで「ラーメン、ツケメン、ぼくイケメン」などというギャグを言っていますが、ユダヤ教のしかも祭司の一族という筋金入りの「啓典の民」が、人間ヤコブを「Godだった」などと冗談でいうわけがありません。ではコーヘン氏はなぜヤコブを「日本のカミのような」と書いたのか?少なくとも氏は、クリスチャンが言うような意味での「現人神」としてヤコプをとらえてはいません。

今、現人神という言葉を「クリスチャンが言うような意味で」とことわりました。この現人神という言葉はかつて天皇に対して使われ、そしてそれを戦後の日本の教会は「人間である天皇の神格化」だったと「非難」しています。
しかし、非難されるべきものがあるとしたら、ヘブライ語のエロヒムを「神」と訳してしまったキリスト教の方こそ話をややこしくした張本人なのです。国(文部省)が昭和12年に次のような通達をださなければならなくなったという事実がそれを証言しています。

「天皇は皇祖皇宗こうそこうそうの御心のまにまに我が国を統治したまう現御神あきつかみであらせあれる。この現御神(明神あきつかみ、あるいは現人神あらひとがみ)と申したてまつるのは、いわゆる絶対神とか、全知全能の神とかいうが如き意味の神とは異なり、皇祖皇宗がその神裔しんえいであらせられる天皇に現れまし、天皇は皇祖皇宗と御一体であらせられ、永久に臣民、国土の生成発展の本源にましまし、限りなく尊くかしこき御方であることを示すのである」[*2 p20]

(適宜、引用もとの漢字を平仮名になおしています。)

要約すれば「天皇を現人神だというのは、キリスト教でいうような意味のGodではなく、尊いお方(人間)ということだ」という、いわば天皇の人間宣言です。しかし、これは戦後の話ではありません。文部省がこの通達を出したのは昭和12年です。その前年には「天皇機関説」が弾劾されて美濃部達吉博士が国会から追い出される事件があるなど、現在「天皇の神格化が強力に推進された」とも形容される時代の話です。
どうしてこんな通達が必要になったかと言えば、キリスト教が「神」という言葉に「絶対神とか、全知全能の神とかいうがごとき意味」をつけたしてしまったからです。冒頭で「カミ」という言葉についていろいろ書きましたが、「上」とか「髪」とかと「神」を結びつけるのがたとえ筆者の妄想の域を出ないとしても、少なくとも日本語の「神-カミ-」に唯一神とか全知全能者といったニュアンスはそもそもなかったということだけは言えるでしょう。津田左右吉が見たとおりというわけです。

唯一神、全知全能者という概念は、キリスト教によって日本にもたらされた「新しい概念」でした。しかし「神」は古い言葉です。ここまで書いてきたように「神」を「カミ」というくくりで考えることができるなら、漢字の伝来よりも古い言葉だということになります。
そして、何であれ新しい概念を既存の言葉で表現するなら、既存の言葉の意味が変更されるか、新しい概念が既存の言葉の意味するところに限定されるか、その両方が起きるかではないでしょうか。
キリスト教が「エロヒム」を「神-shen-」という中国語に訳し、さらに「神-shen-」という中国語を「神-kami-」という日本語に訳した結果、まさにその「両方」が起こったといえます。つまり「神-kami-」という言葉がまるでGodに引きずられるように、「唯一神、全知全能者」の意味が付加され、むしろこれが基本とされました(でなければ前述の昭和12年の文部省通達は必要なかったはずです)。結果、カミサマというのは何でもできる(全知全能である)と認識されています。「人の願いをかなえることのできない神は神ではない」とでもいうような、カミサマを「可畏きもの」どころではなく人間の家来か自動販売機のように考える人さえ少なくありません。
一方、新しい概念でったエロヒム(God)の方も、既存の言葉に引きずられています。全知全能のはずのGodが、稲尾投手や八木選手、あるいは「マンガの神様」手塚治虫氏や「プロレスの神様」カール・ゴッチ氏と同列に置かれてしまったのです。このために教会では、聖書が示す神(旧約のエロヒム、新約のセオス、つまり英語で言うゴッド)を「本当の神様」「まことの神様」「唯一の神様」などといちいち形容しなければならなくなっています。

エロヒム=セオス=ゴッドは、「神-kami-」ではありません。いえ、「尋常ならずずぐれた」者であるGodを「神-kami-」と呼ぶことはできますが、「神-kami-」をGodとは言えない以上はイコールではありません。誤解を恐れずにいえばヤハウェはカミサマではないのです。日本語を話すキリスト者として言うなら、ヤハウェはカミサマではなく、カミサマをはるかに超える存在なのです。

90年代のNFL(アメフトの米国プロリーグ)に、ジョー・モンタナという現役時代から伝説化していたような名選手がいました。このモンタナをどう思うかという他の選手へのインタビューをNHKで当時みましたが、インタビューに答えていたのがどの選手だったかさえ覚えていないのにそ印象深かった答えだけはいまだに覚えています。彼は「(モンタナは)人間ではない。神とは呼びたくないが、それに近い存在だ」という趣旨のことを答えていたと記憶します。
「キリスト教圏の人はこれほど、人を神と呼ぶことに慎重というか抵抗があるのだな」と思ったものですが、今にして考えるとこれはまさに「モンタナはほどほどにカミなる人だ」と言っていたのです。もし彼エリ・コーヘン氏のように、Godという英語のほかにkamiという日本語を知っていたら、確実に「モンタナはGodではないが、まさしくkamiだ」と言ったことだろうと思います。

以前、ある牧師の論文をキリスト教メディアで読んだとき、「天照大神」を「天照」と書いているのに気づきました。他の人ならともかく牧師という職業を考えると、おそらく意図的に「大神」という書き方を忌避したのでしょう。しかしこれはまったく逆で「日本の神は神ではない」というほうがおかしいのです。正確には「ヤハウェは日本語でいう神ではない」というべきです。戦時中にある牧師が公安だか特高だかにつかまったとき「聖書の神だけが神である」と証言したところ、取り調べ官から「キリスト教が来る前から日本には神がある」と言い返された、という話を聞いたことがありますが、「神-kami-」という言葉の使い方ということではその取り調べ官の方こそ正しいのです。(当時の司法が牧師やクリスチャンを捕らえたり拷問したりしたことが正当化されるという話をしているのではありませんので、念のため。)

エロヒムを神と訳したのが間違いだったとは言えません。確かに「尋常ならざる者」であるヤハウェを指して聖書で使われている「エロヒム」を「神」と訳したということでは正しかった。ただ、日本語の「カミサマ」は意味が広く、その意味の広さゆえに「唯一神」を表すためには不適だったわけです。
むしろ、コーヘン氏がいうようにヤコブが、あるいは人智を超える怪力無双だったサムソンが、その「尋常ならずすぐれたること」のゆえにカミだったのです。
クリスチャンではない日本人、つまり「創造者であり全能者であるGod」をまだ啓示されていない日本人が「カミ」という言葉を使っているときに、クリスチャンがいう意味での「God」の概念を要求してもしかたありません。

5.天皇の神格化とは

サムソンの話からは離れますが、「神-kami-」について考えたところで、日本キリスト教界にとって最大の関心時の一つである「天皇の神格化」ということについても考えてみます。

まず、「神-kami-」という日本語が「God」とイコールではないとはいえ、日本ことに明治新政府が、伊藤博文公を中心として「天皇という存在を西洋列強におけるGodの位置に置くことで統治の芯にしよう」としたのは事実です。
この意味では、「天皇の神格化」とは「天皇のGod化」であったと言えます。これについては昭和天皇ご自身も「普通の人間と人体の構造が同じだから神ではない。そういふ事を云はれては迷惑だと云つた事がある。」と仰せになったと、昭和天皇独白録にも書かれていました。

ただし、天皇が「神」ではないとしても、貴い方「カミ」ではあるのです。その意味では、例の昭和12年の文部省通達はやはり正しい。
天皇は主上(おかみ)ではあっても、カミサマではありません。前述の文部省通達でも天皇が「天孫」であることは前提にしているといえますが、天孫というのは「カミの子孫」ではあっても「カミサマ」ではないのです。日本書紀を読んでも、神武天皇からは人代であって、それ以前の神代とは区別されています。つまり、神武天皇ことカムヤマトイワレヒコノミコトは「天つ神-kami-」の子孫(天孫)ではあっても本人は「天つ神」つまりカミサマではないのです。
このことは、天皇は「祈りをささげられる対象」ではなくみずからが「祈りをささげる者」だということからも明らかでしょう。今上陛下に対しても、あるいは昭和天皇がご存命の頃でも、「天皇陛下、豊作にしてください」などと祈った日本人はおそらくいないでしょう。むしろ天皇こそが豊作を祈念してこられました。
日本人の感覚では死んだものは神になりますが、この場合もそれは「全知全能のGod」になるというわけではありません。繰り返しになりますがそれはキリスト教が持ち込んだ概念で、日本語のカミという言葉にはなかった意味です。現在でもたとえば初詣で明治神宮に行ってお賽銭を入れる人の中に「明治天皇陛下、これでうちの会社を繁盛させてください」などと祈っている人はおそらくいないだろうと思います。

「しかし、例の文部省通達にある「皇祖皇宗と御一体であらせられ」というのは、天皇家の神である天照大神といった神代のカミと一体化ということではないのか。つまりGod化だろう」という考えもあろうかと思います。
在位中(=この世でご存命中)の天皇をカミサマとしたのは、折口信夫博士[*19]だったといえます。天皇と神ということについて論じる際に天皇霊という言葉を使う人は、この言葉を作った折口博士の「大嘗祭とは、即位する天皇が“天皇霊”を身に受けて神になる儀式だ」という説にもとづいていると言っていいと思います。例の文部省通達も折口説を前提としているかもしれません。
ところが折口博士はのちに「天子非即神論」を表し、天皇はカミサマだという自説を捨てているのです。これについては一度図書館で全集所載のものを読んだだけで返却してしまって今手元にないのですが、折口説を根拠として「だから天皇制反対」と言うのは、提唱した本人が捨てた仮説にいつまでしがみついているのだろうとは思います。

話を戻しますと、人代の天皇が「カミサマ」ではないということと、天皇を尊く可畏い方だと思う者が「主上-おかみ-」と思うということとは、何の矛盾もありません。十戒も「敬うべきはGodのみ。人間を敬ってはならない」ということではなく「信仰すべきはGodのみ。人間を信仰してはならない」といっているのです。
とはいえ信仰するなら、父や母やご先祖を敬いつつも「もっとも敬うべき」は人を創造し救済したもうたGodということになっていくのが自然なことのように思われます。日本人の「カミサマ観」を「God信仰」にしていくものは、「カミサマ観」を否定し攻撃していくことではなく、アレオパゴスでのパウロの顰(ひそみ)にならって日本人の「カミサマ観」を完成に導くこと、ということではないかと思うのです。

*1 本居宣長(もとおりのりなが)1730年~1801年。江戸時代の国学者・文献学者・医師。当時すでに解読不能に陥っていた古事記の解読に成功し、その註釈書「古事記伝」を著した。(Wikipedia「本居宣長」より

*2 山本七平「昭和天皇の研究 その実像を探る」(祥伝社)

*3 律令制の四等官(しとうかん。諸官司の幹部職員)のうち、業務を統括する官職を長官かみと呼んだ。→excite.辞書(大字林)の「四等官」の項目を参照。

*4 中西進(なかにしすすむ)1929年~。古典文学者、万葉学者(文学博士)。多くの大学で教授、学長などをつとめる。万葉集を始めとする古代文学や日本文化、日本人の古来の言葉や精神に関する著書多数。詳しくはwikipedia「中西進」の項目などを。

*5 中西進「日本人の忘れもの」ウェッジ社。2001年7月28日第1刷。

*6 wikipediaの「火葬」の項目より。

*7 ただし仏教では、お釈迦様ことゴータマ・シッダッタ以来、火葬の習慣がある。日本では火葬は費用や技術を要するため仏教徒でも土葬の方が庶民的には一般だったが、インドでは火葬にして遺灰をガンジス川に流すのが一般的であった。
カトリックを含むキリスト教は、ユダヤ教やイスラム教とともに、復活信仰ゆえに火葬を忌む傾向が強い。ただしキリスト教では新約聖書に「死者の復活もこれと同じです。蒔かれるときは朽ちるものでも、朽ちないものに復活し、蒔かれるときは卑しいものでも、輝かしいものに復活し、蒔かれるときには弱いものでも、力強いものに復活するのです。」(第一コリント書15章42-43)とあり、復活とは死の直前の身体状態に復旧することではないため、気持ちの上ではともかく(そして気持ちというのがとても大事なのではあるが)聖書的には火葬後に散骨しようと土葬後に腐敗しようと(救われたものは)復活するはずである。

*8 サムソンはダン族であって、ユダ族ではないが、サムソンはダン族の英雄というだけでなく(ユダ族を含むイスラエル全体の)士師=指導者であった。

*9 山本KID選手は別のインタビューの機会には、「ミュンヘンオリンピックに出場した父(山本郁栄)は自分の中では神。だから俺は神の子」と答えている。これも彼にしては謙虚な発言であると同時に、彼が決して「全能なるGod」の意味で「神」という言葉を使っているのではないこともわかります。

*10 「比喩としての「神様」「神」一覧」という項目まであるのがWikipediaのすごいところ。

*11 ロバート・モリソン。1782年~1834年。はイギリス人宣教師。*13によると、アヘン戦争の6年前に26歳で中国(当時の清)に渡り、客死するまでの27年間を広州とマカオを中心として活動。中国語聖書の翻訳、中国語-英語辞書の作成などの功績がある。また白人随一の中国通として、英国の対清交渉のための特命使節ネーピアの補佐として働いた。(同書によると交易というものを「清国側では、これは貿易ではない、朝貢である、と考えていた。イギリス商人は貢物として毛織物、時計などを持ってくる。だからそれに対する恩恵として、茶、生糸などをほどこし与える、というわけである。」というものであった。だからといってアヘン戦争をしかけたことは何ら正当化できないが。)

*12 ウィリアムスが到着した1859年を記念し、今年2009年に「プロテスタント宣教150年」が祝われる。ただし、イギリスからベッテルハイム宣教師が琉球の那覇に到着したのは1846年4月30日である。
つまり、沖縄を切り捨てないのであれば2009年は「プロテスタント宣教163年」なのだが、たとえば日本キリスト教協議会のサイトには「1859年、アメリカ聖公会、アメリカ長老教会、アメリカ・オランダ改革派教会の宣教師たちが、長崎と横浜に到着しました。その時から数えて今年は、150年になります。」という文章に続けて「1846年には、英国海軍琉球伝道会派遣の宣教師ベッテルハイムが琉球の那覇に上陸し、8年間、宣教活動を行っており、これが日本のプロテスタント宣教の始まりでもあります。」と書かれており、日本のプロテスタント宣教が1846年に始まったということは切捨てて1859年から数えますという姿勢を明確にしている。推測でしかないが、ベッテルハイムによる宣教は明治政府が琉球国を鹿児島県に編入(1871年)する以前のことだから関係ないということであろうか。参考までに、日本基督教団も「プロテスタント150年記念」に参加しているが、その九州教区では「日本伝道150年記念行事」に対する批判的見解を明らかにしている。

*13 柳父 章著「ゴッドと上帝 歴史の中の翻訳者」筑摩書房。1986年3月25日初版。

*14 上記[*13]のp123によると、「津田左右吉全集第二十一巻」(岩波書店1965年)のp69-70にある「日本語雑感」からの引用であるとのこと。

*15 同志社大学のWEBサイト内の新島襄ディスコグラフィーに、「『ロビンソン・クルーソー物語』の日本語訳、アメリカ史に関する漢訳の書物(『連邦志略』)や聖書の物語などを読んで「天父」を発見する。」とある。時に文久3(1863)年、いまだ江戸幕府下で禁教が続いていた時期に、漢文の心得があったゆえに「天父」を発見したわけである。

*17 鹿嶋春平太「神とゴッドはどう違うか」新潮選書。1997年2月25日初版。

*18 エリ・コーヘン「大使が書いた、日本人とユダヤ人」中経出版。2006年8月28日初版第1刷。

*19 折口信夫(おりぐちしのぶ)明治20(1887)年~昭和28(1953)年。民俗学、国文学、国学の研究者。


冒頭にも書きましたが、書いた本人は大まじめですが無理やりなところがあるかもしれません。ご意見、ご指摘、ご感想などはBLOGにいただけるとうれしいです。メールはこちらからお願いします。

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作成:2009年4月19日

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