このページはあくまでも「筆者がその立場だったら」と想像して書いているものです。このため、聖書に反しない範囲で書いてるつもりではありますが「解釈」としては正統なものではないことを、あらかじめご承知ください(聖書に反すると思われた場合には、メールでご指摘ください)。
なお、従来の解釈に異を唱えている部分もありますが、それらの解釈を支持する方自身を否定するものではありません。
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へぇ、あっし(私)がナザレ村のヨセフでごぜぇます。っつっても、うちの嬶(かかあ)のマリアのほうが皆さまはご存知かと思いやすが。へェ、今でこそ大工などやっておりやすが、何を隠そうあのダビデ王をご先祖に持つ、れっきとしたユダ族の生まれでございやす。 | 大工といっても、家屋などは基本的に石と土で建てられる社会なので、木工が主となる日本の大工とは異なる。 |
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こうして皆さまの前に出てめェりやしたのは、実はあっしに関して妙なウワサを耳にしたからでございやして、聞くところによると何でもあっしが若くして死んだなんてェことをおっしゃる御仁(ごじん)が多いそうで。 |
十字架の場面でイエスの遺体を引き取ったヨセフは、アリマタヤ出身の別人。イエスの父ヨセフは、左記のほかは「ヨセフの子イエス」というように名前しか出てこない。このため、ヨセフは早い時期に天に召されたのではないかと考えられている。(ただし聖書は基本的に、その画面で神が人に伝えるのに必要なことしか記録していない。) |
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へェ、せがれが神様の御用のために働き始めた当初ってェものは、あっしら身内には「アレは気がふれた」としか思えませんで、家内と下のせがれたちにアレを連れ戻しに行かせたことがございやした。ご存知たァ思いやすが、あっしらみたいなもんは、そうそう仕事を休んでちゃあ、おまんまの食い上げ(その日の収入がなく食べ物も買えない)ってもんでごぜェやす。ちょうどお上が、あっしらのナザレ村の近くにでけェ町を造ってた頃ですから、大工(でェく)のあっしァ忙しくて、行きたくても行けなかったってェのが事の次第でございやした。決してあの世に逝っちまってたわけじゃあ、ございやせん。 |
イエスの幼少時代に一家がナザレ村に暮らしたことは確かだが、ヨセフがもとからここの出身かは定かでない。 ヘロデ・アンティパスが北の拠点としてガリラヤの首都セフォリスを建てたのは、イエスがちょうど少年の頃。ナザレから6kmという距離から、大工ヨセフが息子を連れて働きに行っていた可能性は十分ある。 |
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イエスが死刑になったときですか? |
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そうは言ってもあっしにとっちゃあ、ありゃァ最初の子で、いずれは手前(てめェ)の職を継がせようと思って仕込んで来たもんでごぜェやすから、それが殺されるとなっちゃァ、手前(てめェ)にはもうどうしたらいいかわかりやせんで。 |
因果応報で考えれば、前世の悪因縁で早死にした子は、親より先に死んだこと自体でさらに業を背負うことになるという悪循環だが、イエスは少なくとも母よりは先に死んだのに「罪がなかった」と言われている。逆縁は罪ではないらしい。 |
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そのあとどうしてたかですって?いや、イエスの遺志を継いだつもりか、二男坊のヤコブも「神様の御用のためだ」などと抜かして家を出ちまいやして。 |
イエスには、名前がわかっているだけで4人の弟と複数の妹がいた。何番目の弟かわからないが、そのうちのヤコブが、新約聖書の「ヤコブの手紙」の著者と考えられている。 日本のような「義理の親子」という感覚があるかは不明。むしろ(日本とは違う意味で)家系を大事にするイスラエル人としては、実の親でもない人間を親と呼ぶのは実の親に対する不孝と感じるかもしれない。 |
(今回は、ヨセフが大工だったということで、江戸風の職人言葉にしてみようと試みました。が、難しいですね。たぶん、何種類かまざってしまっているんじゃないかと思います。江戸弁に職人言葉とか町人言葉とか博徒言葉とか。どなたか監修してくださる方がいらっしゃいましたら、メールでお知らせくださいませ)
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