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イエスの父ヨセフの反論

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このページはあくまでも「筆者がその立場だったら」と想像して書いているものです。このため、聖書に反しない範囲で書いてるつもりではありますが「解釈」としては正統なものではないことを、あらかじめご承知ください(聖書に反すると思われた場合には、メールでご指摘ください)。
なお、従来の解釈に異を唱えている部分もありますが、それらの解釈を支持する方自身を否定するものではありません。


へぇ、あっし(私)がナザレ村のヨセフでごぜぇます。っつっても、うちの嬶(かかあ)のマリアのほうが皆さまはご存知かと思いやすが。へェ、今でこそ大工(*1)などやっておりやすが、何を隠そうあのダビデ王をご先祖に持つ、れっきとしたユダ族の生まれでございやす。

こうして皆さまの前に出てめェりやしたのは、実はあっしに関して妙なウワサを耳にしたからでございやして、聞くところによると何でもあっしが若くして死んだなんてェことをおっしゃる御仁(ごじん)が多いそうで。
へえ、確かに福音書にあっしのことが出てくるのは、せがれのイエスが生まれた前後と、イエスがそういう年になりやしたときにお宮参りに連れて行ったときだけでごぜェます。ですが、じゃあそのあとじきに死んだのかといわれますと、そいつァ早合点というものでごぜェやす。名前(なめェ)が出てこねェっつっても(*2)、あっしァ神様のおかげをこうむりやして、元気にやっておりやした。

へェ、せがれが神様の御用のために働き始めた当初ってェものは、あっしら身内には「アレは気がふれた」としか思えませんで、家内と下のせがれたちにアレを連れ戻しに行かせたことがございやした。ご存知たァ思いやすが、あっしらみたいなもんは、そうそう仕事を休んでちゃあ、おまんまの食い上げ(その日の収入がなく食べ物も買えない)ってもんでごぜェやす。ちょうどお上が、あっしらのナザレ村の近くにでけェ町を造ってた頃ですから、大工(でェく)のあっしァ忙しくて、行きたくても行けなかったってェのが事の次第でございやした。決してあの世に逝っちまってたわけじゃあ、ございやせん。(*3)

イエスが死刑になったときですか?
実ァアレが生まれる前、神様の使いに「マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである。その子を「主は救い」と名づけなさい。この子は自分の民を罪から救うからである。」と言われたことがごぜェやした。それが、都の偉い先生方は、アレがお上に反抗するならず者だと言うじゃございやせんか。そう言われちまっちゃあ、こちとら学もねェ下賎の生まれでやすから、ああそうか、そうするってェとあの時のこたァ、夢でも見たんじゃねェか、ってねェ。
でも初子のお宮参りの時に女預言者に「この子は、反対を受けるしるしとして定められています。」なんて言われたこともございやしたから、ああ、せがれがこんな目に会うのも神様のお決めになったことなのかとか、いろいろと考(かんげ)ェたものでございやす。

そうは言ってもあっしにとっちゃあ、ありゃァ最初の子で、いずれは手前(てめェ)の職を継がせようと思って仕込んで来たもんでごぜェやすから、それが殺されるとなっちゃァ、手前(てめェ)にはもうどうしたらいいかわかりやせんで。
せがれが、家業を棄ててまで男として選んだ道のために死ぬってンだから、最後を見届けてやるのが父親ってェもんなんでしょうが、へェ、恥ずかしながらあっしにゃあ、遠くから都のほうを眺めてるのが精一杯でごぜェやした。情けねェ野郎と笑ってやってくだせェ。
そこへいくと、自分の腹を痛めた母親ってェのはてぇしたもんで、アレが磔(はりつけ)になったその足元まで行って見取ったってんだから、肝が据わったもんでごぜェやすが、なンにしろ逆縁ってェのは切ねェもんでございやす。(*4)

そのあとどうしてたかですって?いや、イエスの遺志を継いだつもりか、二男坊のヤコブも「神様の御用のためだ」などと抜かして家を出ちまいやして。(*5)
本人たちはいいでしょうが、何しろ小っせェ村でございやす。お上に楯突くのが家から二人も出たとなると、その時分にゃ娘たちももう嫁いでやしたが、こいつァ離縁されても文句ァ言えねェと案じておりましたが、へェ、三行半(みくだりはん=離縁状)をいただいた奴ァ一人もございやせんでした。多少の風当たりがねェわきゃァねェんですが、どの婿も口をそろえて「妻自身に不貞があったわけではないから、離縁など考えてもいない」とこう笑って、むしろ励ましてもらっちまったくれェで。息子二人なくしたかわりに、いい義理の息子をいただいたようで、なんともありがてェことでごぜェやした。(*6)


(今回は、ヨセフが大工だったということで、江戸風の職人言葉にしてみようと試みました。
が、難しいですね。たぶん、何種類かまざってしまっているんじゃないかと思います。江戸弁に職人言葉とか町人言葉とか博徒言葉とか。どなたか監修してくださる方がいらっしゃいましたら、メールでお知らせくださいませ)


*1 大工といっても、家屋などは基本的に石と土で建てられる社会なので、木工が主となる日本の大工とは異なる。

*2 十字架の場面でイエスの遺体を引き取ったヨセフは、アリマタヤ出身の別人。イエスの父ヨセフは、左記のほかは「ヨセフの子イエス」というように名前しか出てこない。このため、ヨセフは早い時期に天に召されたのではないかと言われている。

*3 イエスの幼少時代に一家がナザレ村に暮らしたことは確かだが、ヨセフがもともとナザレの出身であるかは定かでない。少なくとも、ナザレよりもベツレヘムのほうがルーツであったとはいえる。
ヘロデ・アンティパスが北の拠点としてガリラヤの首都セフォリスを建てたのは、イエスがちょうど少年の頃にあたる。ナザレから6kmという距離から、大工ヨセフが跡取り息子を連れて働きに行っていた可能性は十分ある。

*4 逆縁とは、親が子の葬式を出すこと。因果応報で考えれば、前世の悪因縁で早死にした子は、親より先に死んだことでさらに業を背負うことになるという悪循環だが、イエスは少なくとも母よりは先に死んだのに「罪がなかった」と言われている。逆縁は罪ではないらしい。

*5 イエスには、名前がわかっているだけで4人の弟と複数の妹がいた。何番目の弟かわからないが、そのうちのヤコブが、新約聖書の「ヤコブの手紙」の著者と考えられている。

*6 日本のような「義理の親子」という感覚があるかは不明。むしろ(日本とは違う意味で)家系を大事にするイスラエル人としては、実の親でもない人間を親と呼ぶのは実の親に対する不孝と感じるかもしれない。

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更新:2003年2月20日

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