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カインの反論

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このページはあくまでも「筆者がその立場だったら」と想像して書いているものです。このため、聖書に反しない範囲で書いてるつもりではありますが「解釈」としては正統なものではないことを、あらかじめご承知ください(聖書に反すると思われた場合には、メールでご指摘ください)。
なお、従来の解釈に異を唱えている部分もありますが、それらの解釈を支持する方自身を否定するものではありません。


俺はカイン。アダムとエバの長男だ。つまりこの地上で3人めの人類で、しかも親父とお袋はヤハウェが創造したのだから、この世で最初に母親から生まれた人間ということになる。(*1)

などというより、怒りにまかせて弟アベルの命を奪った、人類史上最初の殺人者としての方が、有名なんだろうがな。
そう、俺は弟殺しさ。何もその罪を言い逃れするつもりはない。だけどよ、ちょっとばかり勘違いがあるみたいなんで、それだけは言っておくぜ。

俺がアベルを殺すことになってしまった、そのきっかけになったのは、あの収穫感謝礼拝のときだった。俺とアベルはそれぞれ祭壇をつくり、家畜を飼う係りだったアベルは群れから上等の一頭をささげ、俺は親父のあとをついで畑で働いていたから、畑の実りをささげた。ところがヤハウェは、俺のささげたものをまるきり無視して、弟がささげたものだけを喜んだというわけだ。

おっと、話しを進める前に言っておくが、ヤハウェは肉食(にくじき)がお好きだから、俺の五穀を無視して弟の羊をとったというわけじゃあ、ないぞ。俺だってそのくらいのことはわかる。
だいたい、俺たちの時代は肉食の習慣なんかなかったんだ(*2)。家畜は乳や毛皮をとるためのもので、メインは畑のものだった。だから長男の俺が親父とともに畑で働いていて、家畜のことは次男坊にまかせといたと言うわけだ。自分たちが肉を食わないのに、命を創造なさったヤハウェが肉を食うかもなんて思いつくわけないだろ。

あんたらの中には、聖書に「罪のあがないは(いけにえの)血をながすことなしにはありえない」と書いてあるのを引き合いに出す人もいるかもしれねえ。けどそれは的外れだぜ。俺たちはこの日は、贖罪のささげものじゃなく収穫感謝のささげものをささげたんだ。(*3)

そのささげものが、アベルのほうが優れていたなんて馬鹿なことを抜かす奴がいる。比べること自体あまり意味がないが、その勘違いを解くために言っておくぜ。ささげものの優劣を言うなら、俺のほうが思いがこもっていたのさ。「アベルは群れから最良の羊をささげたのに、カインはそういう配慮がなかった」なんて言うやつがいるけど、冗談じゃない。

農業も酪農も俺たち家族がはじめたばかりだから、技術もない。その上、何しろ人間がいないから、人手がない。
そんな中で、家畜を飼うっていったって、草なんかそこらじゅうにはえてるからえさの手間もかからないし、病気の心配もほとんどない。というか、楽な仕事だから弟に任せていたんだよ。猛獣の心配もないから、せいぜい、逃げないように気をつければいいだけだ。
畑仕事のほうは、そうはいかない。気候がいいから育ちはいいんだが、土だけは人間が耕してやらないとな。それに気候がいい分、雑草も虫たちも元気だから大変だ。(*4)

などとえらそうに言っても、所詮は採取生活に毛が生えたくらいの農業なんだぜ。一本ずつ比べて「この穂はだめ、この穂はよし」なんて優劣はつけられねえ。年によってできがいいとか悪いとかはあるけど、収穫の全部がいいか、全部が悪いかのどっちかしかねえんだよ。

じゃあ、俺とアベルと、どうして差をつけられたのかって?わからねぇよ、そんなことは。まあ、今にして思えば、もともと俺は怒りっぽいところがあるからな、それをさとすためだったんじゃねぇかなー、とは思うけどな。

何?怒りっぽいのが悪いって?てめぇ、ぶんなぐるぞ。「怒ってはならない」なんて、聖書のどこに書いてあるんだよ。聖書に書いてないことで決め付けるなっつってんだろ。

・・・おっといけねぇ。「ぶんなぐるぞ」はやばかったな。
あのな、聖書には「怒ったままでいてはイカン」とは書いてあるけど、「怒ってはイカン」とは書いてないんだよ。それが証拠に、神だってしょっちゅう怒ってるじゃんか。それより、怒るってのはけっこう人間にとって大事なんだぜ。溜め込むほうがよくねぇし、怒ったのに「私は信仰者ですから怒ったりしてません」なんて自分をごまかすほうが、よっぽどヘンじゃねぇか。
ただな、怒りってのはうまいことコントロールしないと、罪のもとになるってのも確かだ。俺が失敗したのは、まさにここなんだよ。今さら気づいても遅いけど。

その点、弟セツの遠い子孫でエサウってのがいるが、あいつはえらいね。俺と同じくらいカッとなるやつなんだけど、俺みたいに怒りつづけたりはしないんだよ。家の相続権を弟のヤコブに奪われたときにはそりゃ怒ってよ、殺してやるなんて息巻いたもんだけどな。怒ってる最中でも、弱ってる親父さんを気遣って、親父さんの存命中は手出しを控えるなんてこともできたし、最後には結局あっさりゆるしたもんな。ああいう、スカッとさわやかな怒り方が、一番いいんだよ。(*5)

俺もエサウくらいの冷静さがあればなぁ。怒ったまま、弟を殺すなんて取り返しのつかないところまでノンストップでいっちまったもんな。せっかくヤハウェが「気をつけないと"罪"がおまえを待ち伏せてるぞ」とまで言ってくれたのによ。あそこで気づけばなぁ。

せめてな、これもセツの子孫の話だけど、ヤコブの息子たちが兄弟ヨセフを殺そうとしたときみたいに奴隷商人でも通りかかってくれれば、殺すよりは売っ払うくらいでやめることもできたかもしれない。(*6)
まあ、それも誉められたことじゃねえけど、殺しちまっちゃあ取り返しがつかないからな。地球上の人口自体が文字通り数えるほどだったから、商人がとおりかかるなんて期待できっこねぇけどよ。

なあ。おまえさんの時代には、何かってぇと「カッとなった」だの「むかついた」だの言って、取り返しのつかねぇことをやっちまうようだな。それって、俺のときから人間は何の進歩もしてないってことじゃねぇか。
怒るな、なんて言ってんじゃねえからな。ただ、そこでエサウみたいに一呼吸おくってのが大事だと思うぜ。人類史に残る殺人者になっちまった俺が、俺の失敗からひとつだけ教えてやれることがあるとしたら、それだけだ。


*1 エデン追放のときに神はエバに「産みの苦しみを増す」と判決している。これは、エデン追放前にエバが苦痛のない(あるいは少ない)出産を経験していたことを表すと考えられないだろうか。

*2 肉食はノアの時代以降の習慣であると考えられる。

*3 いけにえによる贖罪(罪の清算)という思想は、おそらくアダム一家の時代にはなかった。しかしアダムたちを追放するとき、ヤハウェは毛皮で衣を作って与えている。この毛皮のもととなった動物が地上で最初に死んだ命だから「罪の結果には、死のにおいがともなう」くらいのイメージはあったかもしれない。

*4 創造論仮説によれば、ノアの洪水以前は水蒸気層(上の水)による温室効果で、気候は一定して温暖であったため、植物の育成にはもちろん、動物たちにとっても環境がいい。農薬やダイオキシンといった害毒もなく、水も空気もクリーン。家畜も植物も、創造されたばかりなので遺伝子の情報にエラーがない分、病気する可能性が少ない。(ただし病原菌などの生命も天地創造のときに登場していたと考えるとむずかしい)
「猛獣の心配がない」としたのは、肉食獣が創造当初から他の命を奪っていたとは考えにくいため、ノアの洪水以前は人間同様、果物など植物だけで十分であっただろうと想定した。

*5 聖書には瞬間湯沸機な登場人物が何人かいるが、根に持つことをしない好漢と言うことではエサウに軍配。おびえつづけていた弟ヤコブが滑稽に思われる。
ヤコブの子らが、兄弟ヨセフを殺そうとしたとき、隊商が通りかかったので、殺すよりは儲けようとヨセフを売った。数奇な運命の果てに、兄弟はヨセフと再会し、和解することができた。

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更新:2003年2月20日

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