このページはあくまでも「筆者がその立場だったら」と想像して書いているものです。このため、聖書に反しない範囲で書いてるつもりではありますが「解釈」としては正統なものではないことを、あらかじめご承知ください(聖書に反すると思われた場合には、メールでご指摘ください)。
なお、従来の解釈に異を唱えている部分もありますが、それらの解釈を支持する方自身を否定するものではありません。
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私の名はトマス。そう、師イエスの多くの弟子の中から、師自身によって側近として選ばれた12人の一人、"使徒トマス"と呼ばれた男が私だ。 諸兄は私について、どのように思われているだろうか。不信仰者?疑り深い弟子?まあ、そう言われてしまうのも、やむをえないかもしれぬ。十字架で処刑された師イエスがよみがえったあと、再会を果たしたあの日について、福音書を書いた使徒ヨハネにあのような記録をされててしまったのだからな。 | |
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確かに、兄弟たちが「わたしたちは主を見た」というのを聞いても、私は信じなかった。(*1) |
*1 ヨハネ福音書20:24-25 |
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師を愛する一途さのゆえに、以来2000年にわたって「疑う者」呼ばわりされるとは思わなかったが、これも師が受難以前から予告していたことを理解できなかった身の不徳によるとなれば、致し方あるまい。がしかし、私一人が「疑う者」と呼ばれるのは納得いかぬ。 しかも、確かに私は師から「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。」と言われたが、見るまで信じなかったのも私だけではない。 | |
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あの十字架の日の翌々日、師の墓に行った女たちが、御使いから告げられたと言って師のよみがえりを知らせに来た。マグダラのマリアは、「わたしは主を見ました」とまで言った。(*2) |
*2 ルカ福音書23:55-24:12 ヨハネ福音書20:1-18 |
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みな、第一報をきいたあとも、「師イエスが処刑されたからには、次は自分たち弟子の番だ」と恐れおののき、家にカギをかけて閉じこもっていた。(*3) |
*3 ヨハネ福音書20:19 |
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さらに、あえて言おう。兄弟たちは、見たのに信じなかったではないか。 | |
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エマオに逃げた二人は、復活された師イエスが途中からともに歩いておられたというのに、信じなかった。しかも師自身から、聖書がメシアについてなんと言っているかを解き明かされながらも信じなかったのだ。二人がやっと気づいたのは、宿に入ったあと、師が食前の祈りをささげたときというありさまだ。(*4) |
*4 ルカ福音書24:13-35 |
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確かに師が私に仰ったとおり、見ないで信じるほうが、見てから信じるより何倍もまさっている。しかし私は、見た以上は信じたのだ。私と兄弟たちのいったいどちらが、不信仰だろうか。 | |
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昔、師が死んだラザロに会いに行くと言ったとき、「師は死にに行くというのか。それなら、一緒に行って師とともに死のう」と言ったときから私は変わっていない。(*5)ま、あのときはちょっと先走って勘違いしたわけだが、師はなまぬるいよりも熱いか冷たいかのほうがお好みなのだ。(*6) |
*5 ヨハネ福音書11:11-16 *6 ヨハネ黙示録3:15-16 |
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師が捕縛されたとき、不覚にもみなとともに逃げてしまったが、師が十字架で処刑されたからといって、私は閉じこもったり逃げたりはしない。むしろ、あのとき逃げてしまった悔悟から、私もとらえられ師と同じ苦難をうけることを望んでさえいたのだ(*7)。それで師が兄弟たちのところに現れたとき一緒にいなかったわけだが、何、後の者が先になるのだから後悔はない。 何も兄弟たちの不信仰をあげつらうのが目的ではない。私自身、今は愛する師のおそば近くに仕え、兄弟たち、預言者たち、父祖たち、御使いたちとともに、来るべき日を待っているのだから、誤解されていようとも私自身はかまわない。 |
*7 なぜトマスが他の弟子たちとともに閉じこもっていなかったのかについては、まったくの想像です。 |
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