キリスト語録

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第4回 未来の使徒たち

「もっと偉大なことをあなたは見ることになる。」(ヨハネ福音書1章50)

イエスが荒野から帰ってきたころ、バプテスマのヨハネはイエスを見て「見よ、世の罪を取り除く神の小羊だ。わたしをお遣わしになった神がわたしに予告したとおりの方だ」と言いました。さらに翌日、ヨハネが二人の弟子と歩いていてイエスに会い「見よ、神の小羊だ」と言ったので、この二人はイエスについていったのです。
するとイエスは二人に「何を求めているのか」と尋ねました。

イエスは常に、自分に興味を示す人にこの問いを投げかけています。
ある人は「見えるようにしてほしい」と求めた。ある人は「息子の病気を治してほしい」と求めた。ある人は取り憑いた悪霊を払ってほしかった。ある人は奇跡を見てみたかった。ある人はイエスがいなくなるか死ぬかしてほしかった。ある人はなんとなく興味があった。ある人はただの野次馬だった。。。

二人は、師ヨハネが「彼が神の子羊だ」というのでついていきました。二人のうちの一人は、あのシモン・ペトロの兄弟でのちに自分も使徒となるアンデレでしたが、このときはまだ、あらためて聞かれると神の子に何をしてほしいのか自分でもわかっていませんでした。それで「先生、どこに泊まっているのですか」とトンチンカンな逆質問をするのが精一杯だったのです。

たとえば幼児が一生懸命に絵を描いている。ところが「何を描いてるの?」と尋ねると、尋ねられてから何を描いていたと答えようか考え始める。かわいいものです。たぶんそんなときのようなほほえましい気持ちで、キリストは「来なさい。そうすれば分かる」と答えたのでした。
それで二人はついて行き、それは午後四時ごろでしたが、その日はそのままイエスのところに泊まったのです。

四時ごろから結局泊まるまで、二人はイエスと話していたのでしょう。そして、この人こそ以前から師ヨハネが「わたしのあとから来る」と言っていたメシア(キリスト)だと知ったのです。
アンデレは翌朝すぐに、兄弟シモンのところに行って「私たちはメシアに会った!」と言ってイエスのところに連れていきました。このときイエスは、初めて会ったというのに「あなたはヨハネの子シモンであるが、ケファ(岩:ギリシャ語でペトロ)と呼ぶことにする」とあだ名をつけたのです。

さらにイエスは翌日、シモンやアンデレと同郷のフィリポに会って「わたしに従いなさい」と誘いました。
そのフィリポはナタナエルに会って「モーセや預言者たちが書いていた方(=救い主)に会った。ナザレ出身のイエスだ」と証言したのです。ナタナエルは「ナザレなんて田舎から、偉大な人物が出てくるものか」と答えましたが、イエスに会ってみるといきなり「見なさい。まことのイスラエル人だ。この人にはいつわりがない。」と言われて面食らいます。わたしのことを知ってるのですかとナタナエルが尋ねると「わたしは、あなたがフィリポから話しかけられる前に、いちじくの木の下にいるのを見た」と言われたのです。
誰も見ていなかったはずなのに、この人は見ていたというのか。しかも私の人間性まで見ぬいている。イエスの中に創造者の力を感じたナタナエルは「ラビ(先生)、あなたは神の子です。あなたはイスラエルの王です。」と恐れ入ってしまいました。

そんなナタナエルにイエスは「いちじくの木の下にあなたがいるのを見たと言ったので、信じるのか。もっと偉大なことをあなたは見ることになる。」と言い、さらに「はっきり言っておく。天が開け、神の天使たちが人の子の上に昇り降りするのを、あなたがたは見ることになる。」と宣言したのです。

(「人の子」とは、神であるキリストが人間の子イエスとして世に来たことを現す以前に、世を救うために来るキリストを指して昔から(参考→ダニエル書10章16など)使われていた呼び方です。
十戒の「神の名をみだりに口にしてはならない」を拡大解釈してヤハウェの名を必要以上に恐れ多く感じていたユダヤ人は、神の子(神と等しい者=キリスト)を指す慣用表現として「人の子」という言い方を使っていました。)

イエスがここで自分を「人の子」と呼んだのは、ルカ2章49同様、自分をヤハウェと同等の存在とする「神の子」宣言なのです。
こうして何人かが、キリストの弟子となりました。しかしこのときはまだ、自宅に住み仕事をしながらイエスの教えを聞きに来ていたようです。彼らが家も生業も投げ打ってキリストに従うのは、もう少しあとになります。

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作成:2002年
更新:2003年5月25日

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