キリスト語録

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第1回 「神の子」宣言

「どうしてわたしを捜したのですか。わたしが自分の父の家にいるのは当たり前だということを、知らなかったのですか。」(ルカ福音書2:49)

記念すべき?キリストであるイエスの、聖書に記録されている第一声です。

過越祭(すぎこしさい)は、イスラエルでも一番重要な祭りです。エジプトで奴隷だったイスラエルがヤハウェによって解放されたとき、創造者ヤハウェからの災厄がエジプト人の家々を襲った夜に、イスラエル人の家は災厄が「過ぎ越し」て行ったことを記念して、ヤハウェみずからが制定した祭りなのです。

この祭りのとき、イエスの母マリアと父ヨセフも毎年、ご近所や親戚とエルサレムに詣でました。そして少年イエスが12歳になったとき、はじめてこの祭りに連れていってもらったのです。ところが祭りの期間が終わってマリアとヨセフが帰途につき、一日分の道のりを進んだときのこと。誰か近所の人と一緒にいるのだろうと思っていたイエスがどこにもいないことに気づいたのです。

なんともノンキな親がいたものですが、隣りの子を叱ることもなくなった現代の私たちと違って、当時は町ぐるみ村ぐるみでお付き合いがあった上での安心だったのでしょう。しかしいざ居ないとなれば話しは違ってきます。イエスを探しながらエルサレムに引き返した両親は、三日後にやっとイエスを見つけました。

そのときイエスは、なんと彼は親の気も知らずに、神殿の境内で学者たちと問答していたのです。

当然ながらマリアは「なぜこんなことをしてくれたのです。御覧なさい。お父さんもわたしも心配して捜していたのです。」と叱責しました。それに答えたイエスの返事が、「どうしてわたしを捜したのですか。わたしが自分の父の家にいるのは当たり前だということを、知らなかったのですか。」だったのです。

イエスが見つかった神殿は、神ヤハウェの家です。その神の家を「自分の父の家」と呼ぶのは、「わたしは創造者の子だ」という宣言に他なりません。神の子イエス・キリストの登場です。

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作成:2002年
更新:2003年5月25日

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