新約聖書 第11回

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(このページは、プロテスタントの坂井栄一牧師が教会の印刷物に連載しておられたものを、許可を得て転載するものです。)

平和が遠のく世にあって -山上の説教(4)-

マタイによる福音書5章9~12節

平和を実現する人々は、幸いである、その人達は神の子と呼ばれる。
義のために迫害される人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである。

1.平和を創り出そう 9節

「シャローム」とは、ヘブライ語で「こんにちは」という挨拶です。朝も夜もそして「さよなら」も「シャローム」です。平和という意味です。歴史上戦火が絶えることのなかったユダヤにおいて人と会うときには平和であったかを問い、平安であることを願って別れたのです。
シャロームとは戦いの無い状態をいうのではありません。人間の最高の幸福を作り出す全てのものを意味します。
主は、「平和を実現する人々は、幸いである」と言われます。「平和を愛する人々」ではありません。この世は罪の世です。平和は、愛するだけでは実現しません。ユーゴの空爆もやっと先が見えてきました。戦火のただ中にいる人はもちろん、NATO諸国の大多数の人々も平和を愛しているでしょう。しかし悲惨な空爆が続いたのです。
平和は作り出さなければなりません。実現させない限り失われるのです。
日本には軍隊を放棄した平和憲法があります。すでにこの憲法の下で生まれ育った人々が国民の半数以上になっています。平和が当たり前の時代に生きているのです。それで平和を作り出そうという意志に欠けているのではないでしょうか。
日米防衛協力のための指針が成立しました。防衛という言葉が使われていますが、英語を丁寧に訳せば交戦時の協力の仕方となります。ガイドラインが用いられるときは、すでに戦争が始っているのです。ですからこの法案が通った時、戦後は終わったと言った人がいます。今、時代は、次の戦争の戦前になったという意味です。
大多数の国民は平和を愛しています。愛しているだけでは、平和はどんどん遠くに行ってしまいます。
主イエス・キリストは旧約聖書のイザヤ書で「平和の君」と預言されています。十字架におかかりになるためにエルサレムに入場される時も、平和の象徴であるロバの子に乗られました。
私たちが、神の「敵であったときでさえ、御子の死によって神と和解させていただいた」(ローマ5:10)のです。主イエスは、敵である私たちのために命を捨ててくださいました。和解のため、平和のために、命を捨てるのが神の子です。ユーゴ問題のように平和のために空爆をするというのは、決して許されることではありません。
キリストこそ、ご自分の命をかけて一番大切な神との平和を実現してくださいました。神との平和を経験したものだけが、真の平和をこの世に実現させようと、祈り、努力を始めるのです。
平和を作り出すのが主の願いです。平和は主のようにみずからを犠牲にする思いがなければ創り出せません。平和を実現するとは、主のようになることです。ですから主が神の子であるように、神の子と呼ばれるのです。子とは「息子」という意味です。自分の罪に心貧しく滅んでゆくはずの者が、神の息子と呼ばれるのは何と栄光に富んだことでしょう。

2.迫害に耐えられるか 10-12節

「心の貧しい人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである」と、どんな人々でも受け入れる招きで「幸い」の教えは始りました。八番目になると同じ天の国が約束されていながら、義を貫いて迫害される者が幸いであると語ります。
心の貧しい者、悲しむ者、時の権力によって柔和にさせられている者、飢えるほど義から遠い者と、人間的に見れば神に捨てられたような者を、主は幸いであると言って招いてくださいました。ところがここでは、キリストのために迫害される者が幸いだというのです。キリストの周囲でこの教えを聞いていた人々は、義のために迫害されるほど強くありません。
キリストを信じることは、難しくありません。主は「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。……わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである。」(マタイ9:12-13)と言われました。体が悪ければ医者に診てもらうように、罪あるまま主イエスのところに行けばいいのです。そして主を信じた者を、主が変えてくださるのです。キリストのために迫害されることが喜びとなるのです。
キリストの弟子たちは、主が十字架にかかる直前まで、誰が一番偉いのかと言い争っていました。主が十字架につけられた時には、逃げ出しました。とても迫害を喜び、耐えられるような強い者はいませんでした。
その同じ弟子が、主の復活の後に大きく変わったのです。迫害に甘んじるようになったのです。イエスの名を語ったため鞭打たれた時も、「使徒たちは、イエスの名のために辱めを受けるほどの者にされたことを喜び」(使徒5:41)と、記されています。そして使徒のほとんどが殉教の死をとげました。
私たちはもちろん、キリストの弟子たちも弱い人間でした。迫害に耐えられるような者ではありません。迫害を受けた時、実際に喜びがわいてこなかったら、耐えられなかったでしょう。
山上の説教を学び始めた時、主が「幸いである」と宣言された人は、どんな状況の中でも幸いが始ると書きました。まったく同じように迫害の中にある人を、主が「喜びなさい。大いに喜びなさい」と祝福されたら、喜びが起こるのです。実際、キリスト教の歴史を見ると、迫害で殉教していった人々は、使徒や聖人ばかりではありません。名もない女性や子供まで、命より主とともに歩むことを選んで天の御国(みくに)に帰っていったのです。ローマ帝国の迫害時代には、そうした人々の姿を見て、迫害しているローマ兵が真の信仰を求めたのです。ローマ政府が迫害を続けるほど、キリスト者の数が増していきました。最終的にはローマはキリスト教をおおやけの宗教と認めざるを得なくなりました。(*1)
このように主が、弱い者を強くしてくださるところに、私たちの救いがあります。

(日本同盟キリスト教団富津教会 月報No.37 1999年6月号より)

発行者注

*1 ローマ政府が迫害を続けるほど…最終的には認めざるを
ディオクレティアヌス帝まで迫害が続いたが、コンスタンティヌス帝が西暦313年にキリスト教を公認し(ミラノ勅令)、テオドシウス帝が西暦380年にキリスト教を国教化した。


このページの著作権は坂井栄一牧師に、発行者注の内容と誤字等の責は発行者にあります。

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作成:1999年6月
更新:2002年12月17日

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