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新約聖書 第2回

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(このページは、プロテスタントの坂井栄一牧師が教会の印刷物に連載しておられたものを、許可を得て転載するものです。)

系図の中に隠された宝

マタイによる福音書1章1~17節

さて聖書を読むことを決意して、新約聖書の第1頁を開くと、そこで挫折を感じる人が多い。いきなりカタカナである。
三浦綾子が病床で初めて聖書を手にした時のことを語った講演をテープでだいぶ前に聞いた。期待して開いたら意味の無いような人の名前の羅列、それを飛ばすようにして読むと、今度は乙女が聖霊によって身ごもったなどと書いてある。とんでもない本だと思った。読ませないように自分に挑戦している。それなら無理にでも読んでやると思ったというように語っていた。
現在教会は、すべての人に福音を知らせよとのキリストの言葉に従って、実にやさしく福音を語る。聖書は、そうでない。読もうと決意した人しか読むことができないような雰囲気がある。主イエスが言われるように、神の国は畑に隠された宝である。真の宝を発見して欲しい。

「アブラハムの子ダビデの子、イエス・キリストの系図」と始まる。イエス・キリストによる救いは、突然この世に現れたのではない。長い歴史の中で神のご計画に従って実現したのである。そのことを教える言葉である。
マタイは旧約聖書との関係を強調しながらイエスを記している。アブラハムもダビデも旧約を知っているユダヤ人には親しい名前である。自分たちはアブラハムの子孫、そしてダビデの子(孫)である救い主を待っている。これは当時のユダヤ人の共通の思いであった。
マタイを最後まで読むと「兵士たちは金を受け取って、教えられたとおりにした。この話は、今日に至るまでユダヤ人の間に広まっている」(マタイ28章15)とある。イエスが復活したとき、祭司長たちはローマ兵に金を握らせて、弟子たちが死体を盗んだと言わせたのである。福音書が書かれた頃、ユダヤ人の多くは、イエスを自分たちが待っていた救い主-キリストではないと信じた。それでイエスこそキリスト-救い主であると示すのが、冒頭の表現である。
そして旧約を知っている者は、ここに登場する人々の生き方が浮かんでくるのである。系図が三つに分かれている。族長と呼ばれる時代、王国の時代、そしてバビロン捕囚となり独立を失ってからの時代である。数人を省いて一時代を14代としているが、それほどの意味はないと思う。
気になるのは、男性中心の系図に出てくる4人の女性である。タマル、ラハブ、ルツ、ウリヤの妻、そしてマリアである。マリアを別にして4人は、ユダヤ人から見ると決して好ましい女性ではない。タマルについては月報24号で創世記38章を学んだ時、詳しく触れた。嫁タマルは、舅ユダとの間にペレツとゼラをもうける。ラハブは賢い女性だがエリコの町の遊女(ヨシュア記2、6章)、ルツは立派な人物だがユダヤ人の嫌うモアブ人である。ソロモンの母に至っては、バト・シェバという名があるのに、わざわざウリヤの妻と、問題があることが判るように記している。
イエスが正当なユダヤ人の家系に属し、神が約束された救い主であることを示すだけなら、わざわざ女性を、しかも問題のある人物を記さなくて良いはずである。
聖書は、自らは神を知る清いユダヤ人であると自負する人々に、罪の歴史を思い出させるのである。神は、律法(戒律)を守る清い人間を救うのではなく、罪に染まり、罪に苦しみ、罪に死んでゆく人間を救うのである。さらに神を知らない異邦人に救いはないと思っている彼らに、救い主は異邦人にも心を留められる方であると教えている。真の救い主とはそのような方である。だからどんな罪人でも、神を知らない者でも救われるのである。人名を並べるだけの単純な系図の中に、実に深い書き込みをするよう神は導かれたのである。
女性たちをはじめ、族長、王たちの生き様については旧約聖書の該当箇所を読めば解る。大変だが、それを知ると無味乾燥な系図もまた楽しくなる。

(日本同盟キリスト教団富津教会 月報No.28 1998年9月号より)

発行者註

「すべての人に福音を知らせよとのキリストの言葉に従って」
マルコ福音書16章15「それから、イエスは言われた。「全世界に行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい。」は、「大宣教命令」と呼ばれ、このことばによって多くの宣教師が送り出されている。

「主イエスが言われるように、神の国は畑に隠された宝である」
キリストのたとえ話「天国をたとえるなら」シリーズのひとつ。「天の国は次のようにたとえられる。畑に宝が隠されている。見つけた人は、そのまま隠しておき、喜びながら帰り、持ち物をすっかり売り払って、その畑を買う。」(マタイ福音書13章44)

「族長と呼ばれる時代~独立を失ってからの時代」
族長時代はアブラハムにはじまる、一族の長がイスラエルを率いた時代。王国時代はサウル王にはじまり、南北に分裂した王国がそれぞれ滅びるまで。バビロン捕囚は南王国がバビロンに滅ぼされ、民が捕虜として連れ去られた事件とその後の時代。

「4人の女性」
タマルは、ヤコブの息子ユダの長男に嫁いだが、夫の死後に舅のユダと関係して双子を生んだ。
ラハブは異邦人。イスラエル軍がエリコを攻略する際に神がイスラエルとともにあることを知り、エリコに潜入した斥候をかくまったことで、エリコ陥落後にイスラエルに迎えられた。
ルツも異邦人。ルツ記のヒロインのモアブ人で、姑についてイスラエルに来た孝行娘。
ダビデ王は人妻バト・シェバと関係して妊娠させると、その夫である忠義の部下ウリヤを激戦地に送って討死にさせ、バト・シェバを妻に迎えた(サムエル記下11章)。


このページの著作権は坂井栄一牧師に、発行者注の内容と誤字等の責は発行者にあります。

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作成:1998年9月
更新:1999年6月15日

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