サムエル記 第7回

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第1部・サムエルの時代

イスラエルの神vsペリシテの神(上巻5章~6章18)

神に従うのではなく、神を自分たちに従わせようとしたイスラエルは、ペリシテ軍に大敗北を喫しました。3万人というおびただしい戦死者を出し、さらに契約の箱までも奪われてしまったのです。

これはペリシテの側にしてみれば、あの大エジプトをも手玉にとった恐るべき「イスラエルの神」を相手に奇跡的な勝利でした。
実のところは、神ヤハウェはイスラエル軍とともにはいなかったのですが、そんなことは知らないペリシテ人にとっては、イスラエルの神ヤハウェに対する、ペリシテの主神ダゴン(*1)の勝利と思えたことでしょう。
ペリシテ人はさっそく奪った契約の箱をアシュドド(*2)という都市に運び、[ダゴンの神殿に運び入れ、ダゴンのそばに置いた]と記録されています。捕虜をひざまずかせるように、ダゴン像の足元に置いたのでしょう。聖書に記録はありませんが、おそらくその日はダゴン像の前でお祭り騒ぎに興じたのではないかと思います。

ところが翌朝、アシュドドの人々が早くに起きてみると、[主の箱の前の地面にダゴンがうつ伏せに倒れていた]のです。もちろん彼らはすぐに神像を直しましたが、この時点では偶然か、せいぜい「誰だ粗相をしたのは。罰当たりな」と思ったくらいでしょう。
ところがさらに翌朝になってみると[ダゴンはまたも主の箱の前の地面にうつ伏せに倒れていた。しかもダゴンの頭と両手は切り取られて敷居のところにあり、胴体だけが残されて]いました。強力な民族だったといわれるペリシテの主神の神殿ですから、それなりの広さ、神像の安置されたところから敷居までも相当の距離だったでしょう。

いたずらにしても度が過ぎると思っただろうアシュドド人に、それは人の仕業ではないと知らせるかのように、神ヤハウェからの災害が襲いました。[主はアシュドドとその周辺の人々を打って、はれ物を生じさせられた]と記録されています。戦勝気分も吹っ飛んだ彼らは、[イスラエルの神の箱を我々のうちにとどめて置いてはならない。この神の手は我々と我々の神ダゴンの上に災難をもたらす]と悲鳴をあげました。ペリシテの神はイスラエルの神にまったく及ばないことを思い知らされたのです。
ペリシテの領主たちが全員集まって協議した結果、とにかくこの箱をダゴンの神殿から離そうと、ガトという町に移すことになりました。すると今度はガトの住民がはれ物に襲われたのです。ガト人はたまらず箱をエクロンという町に送りましたが、話を聞いていたエクロンの住民は箱が来たとたんに悲鳴を上げてしまいました。

この様子をイスラエル人が見ていたとしたら、「いったいヤハウェはイスラエルに味方しておられるのか、それならあの敗北はなんだったのか」と思ったかもしれません。
聖書には「イスラエルの神」という表現が200回以上も出てきます。イスラエル自身がヤハウェをないがしろにしようとも、ヤハウェはアブラハムとの契約のゆえに変わらず「イスラエルの神」であり続けるのです。(→おまけ1参照)
しかしそれは、ヤハウェをないがしろにすることを黙認するということではありません。イスラエルがペリシテに敗れるままにしたのも、ヤハウェを証言する箱を偶像にひざまずかせたペリシテを討ったのも、神であるヤハウェを人間がどうにかしようとすることはできないということを示すものです。

そこで領主たちは、ダゴンに仕える祭司たちと占い師たちを呼び寄せました。(→おまけ2参照)
彼らは、賠償の奉納物をそえて送り返すべきであること、その奉納物は領主が5人であることにあわせて「はれ物の模型と大地を荒らすねずみの模型」を金で5つずつ作るべきことを答えました。
(なぜここでネズミが出てくるのかは、よくわかっていないようです。海洋民族であったペリシテにとって、穀物や畑だけでなく木造船にも被害を与えるネズミを金で作ることは、はれ物の模型とあわせて、災厄をかたちに現すという気持ちだったのかもしれません。)

領主たちは言われたものを準備すると、これも祭司たちの言葉に従って、授乳中の雌牛を子牛から引き離して荷車につなぎ、その荷車に契約の箱と奉納物を載せました。もし雌牛が普通に子牛の方へ行くなら、災厄は偶然だったことがわかると考えたのです。しかし雌牛が、子牛に見向きもせずイスラエルへ向かっていくなら、やはりこの災厄はイスラエルの神が起こしたものであることがわかるというわけです。

すると雌牛は、イスラエルの町ベト・シェメシュ(*3)に向かう道をまっすぐに進んで行きました。こうして契約の箱は七か月ぶりにイスラエルの地に戻ってきたのです。
驚いたのはベト・シェメシュの町のイスラエル人です。畑で小麦を借り入れていたら、契約の箱が牛に引かれてやってきたのですから。
牛の引く荷車は、とある畑の大きな石のところで止まりました。人々は車を解体して薪とし、そこで雌牛を奉納物として焼いたと記 録されています。
国境までついてきていたペリシテの領主たちは、箱が無事にイスラエル領に入って受け取られたのを見届けてから、帰って行きました。

それにしても、ベト・シェメシュの人たちの喜びはどれほどだったことか。雌牛以外にも[他のいけにえを主にささげた]と記録されていますから、町から家畜などを引っ張ってきたのでしょう。
契約の箱はこのあと移されますが[主の箱が置かれた大きな石は、今日でも、ベト・シェメシュの人ヨシュアの畑にある]と書かれていますから、のちにサムエル記が文章としてまとめられた時までも観光名所のような扱いになったかもしれません。

ところが。
ベト・シェメシュの人たちはまるでペリシテ人のように、箱について[我々のもとから誰のもとへ行っていただこうか]と言い出すことになってしまうのです。


おまけ1:「イスラエルの神」とキリスト教

キリスト教は世界宗教とも呼ばれますが、そのキリスト教の聖典である聖書で、キリスト教の神は「イスラエルの神」と呼ばれ続けています。
この「イスラエルの神」と呼ばれる、自身でもそのように名乗る神を、なぜユダヤ人でないキリスト教徒も神として信じるのでしょうか。

聖書に次のように書かれていることが理由の一つです。引用中の「異邦人」とはユダヤ人以外の民族、「わたしたち」とはユダヤ人、「約束されたもの」とは、神がアブラハムに約束したものを指します。

異邦人が福音によってキリスト・イエスにおいて、約束されたものをわたしたちと一緒に受け継ぐ者、同じ体に属する者、同じ約束にあずかる者となる。(*4)

この一文だけでなく、アブラハムとヤハウェの契約に異邦人が参加するようになることが、聖書には繰り返し書かれているのです。

キリスト教徒はまた、イエスこそ「人となった神、キリストだ」と信じているわけですが、このキリストという言葉は王様を表す言葉です。
ここで王というものは民の上に立つ者なわけですが、ではキリストは誰の王なのかというと、まず「ユダヤ人の王」です。
イエスが降誕したときにメソポタミアの賢者たちが「ユダヤ人の王としてお生まれになった方」と呼んでいます。またイエスが十字架に架けられたときは、ローマ帝国の総督が十字架の上に「ユダヤ人の王」と書かせています。(*5)
キリストであるイエスは最初から最後まで、しかも異邦人から、「ユダヤ人の王」と呼ばれたわけです。

その「ユダヤ人の王」を、世界中のキリスト教徒も「主」と呼ぶのはなぜなのか?
キリストが次にこの世に現れるときには「王たちの王、君主たちの君主」(*6)と呼ばれると聖書に書かれているのが理由の一つです。
邦訳では単数複数がわかりにくいですが、英訳聖書では、ヘンデル作曲「メサイア」で有名なあのフレーズ「King of kings, and Lord of lords」と訳されています。王や君主というのは民の上にとっての権威ですが、その王や君主にとっての王であり君主であるのがキリストだ、と聖書は言っているわけです。

言うまでもありませんがこれは、キリスト教徒が争って世界中を植民地化していったことを聖書によって正当化しようというのではありません。キリストは「右手に銃、左手に聖書」でKing of kingsになるのではなく、[その名は、「驚くべき指導者、力ある神、永遠の父、平和の君」と唱えられる。]と書かれています。(*7)

それはそれとして、キリストがいま現れたとしたら(筆者をはじめ多くのキリスト教徒はそれが一日も早いことを待ち望んでいるのですが)、王制の国はわかりやすいとして日本では「王」は誰のことになるのでしょうね。

菅首相?

現行憲法では国民が主権者だから、KingsやLordsは一人ひとりの日本人、という考え方もできそうです。


おまけ2:聖書と占い

聖書は繰り返し、占いを禁じています。これはTVや雑誌で大安売りされているような占いごっこのことではなく、本物の占いのことです。

今「占いごっこ」と呼んだような、人間がつくりあげただけの調子のいい言葉は、聖書ではむしろニセ預言者に類するものだろうと思います。

いつわりのまぼろし、むなしい呪術、あざむく心によってお前たちに預言している(エレミヤ書14章14)

いつわりを預言し、自分の心があざむくままに預言する預言者たち(同書23章26)

その一方で、本物の占いというものがあるがそれはイカン、たとえ人の役に立ったり幸せをもたらしたりしているように見えてもそれは悪しき力によるものだ、というのが聖書の立場です。
たとえば使徒言行録16章には「占いの霊」に取りつかれた女奴隷というのが出てきます。その占いによって主人たちに多くの利益をもたらしていたとありますから本物ではありますが、しかしそれは「霊に取りつかれた状態」なのです。

わたしたち(使徒言行録を書いたルカ)は、祈りの場所に行く途中、占いの霊に取りつかれている女奴隷に出会った。この女は、占いをして主人たちに多くの利益を得させていた。…パウロはたまりかねて振り向き、その霊に言った。「イエス・キリストの名によって命じる。この女から出て行け。」すると即座に、霊が彼女から出て行った。

ところで聖書によると、本物の占いと、ただ人間が頭の中でつくっただけの占いごっこ(ニセ預言者)とを見分けることができる、おもしろい方法があることに気付きます。本物は、神について証言してしまうのです。
たとえば上の引用でパウロが何にたまりかねたかというと、「…」としたところは実はこう書いてあります。

彼女は、パウロやわたしたちの後ろについて来てこう叫ぶのであった。「この人たちは、いと高き神の僕で、皆さんに救いの道を宣べ伝えているのです。」

他にも、マタイ8章では「悪霊に取りつかれた者」二人が、イエスに向かって[神の子、かまわないでくれ。まだ、その時ではないのにここに来て、我々を苦しめるのか。]と悲鳴を上げています。マルコ3章には[汚れた霊どもは、イエスを見るとひれ伏して、「あなたは神の子だ」と叫んだ。]と書かれています。
旧約聖書では、以前に読んだモアブの占い師バラムがおもしろいですね。イスラエルを呪えと言われたのに、ヤハウェに従ってイスラエルを祝福することに。(*8)
「本物は本物を知る」ということでしょうか。


*1 ダゴンはペリシテの主神。ヘブライ語として理解すると(つまりペリシテ人の言葉ではなくイスラエル人がそう呼んだのだとすると)、ヘブライ語の「魚」あるいは「穀物」を指す言葉に近く、海洋民族ペリシテにとって豊饒の神だったと思われます。

*2 アシュドドはユダ族に割り当てられた土地でしたが、のちのちまで征服には苦労したようです。当時のペリシテ5大都市のひとつで、一時的にイスラエルに服属することもありましたがその後にイスラエルから完全に独立するなどしています。現在のガザから北へ30kmほどの地中海沿岸に、テル・アシュドデがあります。(テルは廃丘と訳され、古代都市が滅びた後にその上にまた都市を造り、ということが繰り返されて丘のようになっているところ。)

*3 ベト・シェメシュはエルサレムの西29kmにあり、イスラエルにとってはペリシテとの国境にもっとも近い町。対ペリシテ最前線であると同時に、イスラエル王国の南北分裂後は、南王国にとって対北王国の最前線となります。

*4 エフェソの信徒への手紙3章6

*5 マタイ福音書2章2、マルコ福音書15章26。

*6 ヨハネの黙示録17章14と19章16。新共同訳聖書などで「王の王、主の主」というのは単数複数がわかりにくいので、上記本文中では英訳の「King of kings and Lord of lords.」からさらに訳しました。KingsやLordsは国民の上に立つ各国の権威を指し、そしてそれらの権威の上に立つKingでありLordであるのがキリストだ、ということを聖書は言っているのです。

*7 イザヤ書9章7。

*8 民数記22~24章

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#193
作成:2011年2月21日

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