ルツ記 第6回

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裁判(4章1~8)

ナオミが[あの人は、今日中に決着がつかなければ、落ち着かないでしょう。]と言ったとおり、ボアズはすぐに、町を囲む城壁の門へ行きました。人が行きかうこうしたところは、必要な場合には裁判が行われる場でもあります(都市国家アテネなどでは広場は議場としても用いられています)。そういう場所にボアズが行ったのは、ルツの身分を法的に解決するためです。

折りよく、ボアズがルツに話していた、ボアズ以上に「ゴーエールの責任がある人」が通りかかりました。名前がでてきませんので仮にA氏としますが、ボアズは[引き返してここにお座りください]とA氏を呼び止め(*1)、さらに町の長老のうち十人に、証人としての同席を依頼しました。
そしてボアズはA氏に議題を切り出したのですが、ここからのやりとりが興味深いのでまずは二人の言葉を紹介します。(聖書からの引用のままではなく、文意を変えない範囲で説明を加えるなど編集しています。)

ボアズ:
モアブの野から帰って来たナオミが、わたしたちの一族エリメレクの所有する畑地を手放そうとしています。
もしあなたがゴーエールの責任を果たすつもりなら、この裁きの座にいる人々と長老たちの前で買い取ってください。
もし責任を果たせないのでしたら、わたしが考えます。エリメレク家に対するゴーエールの責任は、あなたの次にわたしにありますから。

A氏:
わたしがその責任を果たしましょう。

ボアズ:
ナオミから畑地を買い取るなら、亡くなった息子の妻であるモアブの婦人ルツとレビラト婚して、エリメレク家をその嗣業(*2)の土地に再興することになります。

A氏:
そこまで責任は負えません。それではわたしの嗣業をそこなうことになります。あなたがゴーエールの責任を果たしてくださいませんか。

ナオミのことは町中の人が知っていましたから、たぶんA氏も「あの一家についてゴーエールの責任がいちばん強いのは自分だ。さてどうしよう」と思っていただろうと思います。A氏が一度は買い取りの意思を表明したことからも、エリメレク家の畑地を買い取ることは金銭的には無理ではなかったようです。

ただ、エリメレク家の嫁をめとってその嗣業の土地に再興する、という一事だけは引き受けられませんでした。A氏がルツと結婚して息子が生まれても、その子はエリメレク家を嗣【つ】いでその家名を再興する者となるわけで、A氏は「じゃあ私の家は誰が継ぐんだ?」ということで、責任を降りざるをえなかったわけです。この時点でまだA氏は独身だったか、少なくともまだ跡取り息子を得てはいなかったのですね。

ただ、誰かがルツと結婚して息子ができたらその子はエリメレクの息子マフロンの跡取りとなってその家を再興する、というのはルツが一族の誰と結婚してもかわりません。
ボアズは「A氏が自分の嗣業のことを考えると辞退せざるを得ないというのであれば、自分がゴーエールになろう」ということなのですが、ルツとのあいだに生まれた息子がエリメレク家の嗣業を再興するとなると、ボアズ家の嗣業はどうするつもりなのでしょうか。

この時代は一夫多妻は問題ないことでした(*3)。それを考えると、ボアズは既婚者でこの時すでに跡取り息子がいたのでしょう。

同じ一族ですから、ボアズとA氏はたがいの家族構成や資産の状況についてある程度はわかっていたとしても不思議ではないでしょう。推測ですが、ボアズは「ルツは孝心は篤いし働き者だ。そうでなくても、せっかく自分を頼ってくれたのだ。でもA氏のほうがゴーエールの責任について優先権がある。彼の資産状況は、エリメレク家の畑地を買い取ることに問題ないから、正面から話を切り出せば、公式の場で責任を放棄して男を下げるわけにもいかないだろうし、彼は引き受けようとするだろう。彼の体面を傷つけずにやむなく責任を降りるようにさせるには?」と考えて、自分にはもう息子がいるけど彼にはまだいないということで話を持って行ったのではないかと思うのです。

ところで、当時の習慣について[かつてイスラエルでは、親族としての責任の履行や譲渡にあたって、一切の手続きを認証するためには、当事者が自分の履物を脱いで相手に渡すことになっていた。これが、イスラエルにおける認証の手続きであった。]と記録されています。(*4)
この習慣に従ってA氏は、「どうぞあなたがその人をお引き取りください」とボアズに言って、履物を脱ぎました。(会話の中で「わたしがその責任を果たしましょう」と言いましたが、それは誓いでもなんでもない意思の表明で、手続きはされていなかったのです。)

周りを取り囲んでいた人々は、うわさの孝行娘の落ち着く先がどうなるかと固唾を呑んで見守っていたでしょう。A氏が履物をボアズに渡してルツの身分が公式に決着したとき、大歓声が起ったのではないかと思います。


*1 A氏を呼び止めたボアズの言葉は、新共同訳ではずいぶん丁寧な物言いになっていますが、原文にはそのような丁重さはありません。これはたとえば英訳聖書だと"Come over hear, my friend, "とか、"Come aside, friend,"と訳されていて、Pleaseもなしに「来てくれ」という感じです。
十人の長老が依頼に応じて同席してくれたこと、裁判の進め方の手際よさ、さらに昨夜のルツとの会話で彼女を「相手が若者なら追いかけていくということもせず」と評したことなどから、ボアズはそれなりの年齢で、町でそれなりの地位を持っていたのではと考えられます。

*2 嗣業【しぎょう】とは、先祖から代々にわたって嗣【つ】いできたもののこと。直接的には家門とくに土地のことで、それらが表す「神ヤハウェからの恵み」も含みます。ヤコブとエサウは、父イサクの家督だけでなくヤハウェとの契約を相続することを争ったのです。⇒創世記27章

*3 一夫多妻ということでは、ボアズより前のヤコブもラケルとレアという二人の妻がいますし、ボアズよりあとのソロモン王などは[七百人の王妃と三百人の側室]がいたと記録されています。

なお、神であるヤハウェがナオミとルツを助けるために、ボアズを独身でいさせた、ということも考えられます。
でもボアズの年齢や財産、それにA氏を上からの物言いで呼びとめたり、町の長老たちを十人もつき合わせたりしていることから推測される地位、そうしたことを考えれば、独身だったとすると周囲から「何か問題でもあるのかしら」と思われかねない不自然だったでしょう。それにこれでは「ボアズ家の家督はどうなったの?」は解決されませんし。

ところでマタイ福音書1章に、アブラハムからイエス・キリストに至る系図が記録されていますが、その中にも「ボアズはルツによってオベドを」もうけたと書かれています。
これは筆者の推測を補強するのが目的で聖書の行間を読むような読み方になってしまいますが、このマタイ福音書の記録は「ボアズは第一夫人によって自分の跡取り息子を、ルツによって(エリメレクの家を継ぐ)オベドを、それぞれ得た」という意味だ、とも考えられるのではないかと思います。

聖書(特に旧約聖書)の時代の一夫多妻については、「聖書は一夫一婦か一夫多妻か」のページもご参照ください。

*4 ルツ記の著者が「この時代の認証手続きはこうでした」という説明をしているのは、ルツ記が少なくとも文字で書き記されたのが、説明なしでは当時の習慣がわからない(でもルツ記の著者は知っていたか、少なくとも詳しい人に聞けばわかる)程度に時代が移ってからであることをうかがわせます。

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#185
作成:2009年8月2日

布忠.com