ルツ記 第5回

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ボアズの判断(3章7~18)

大麦の収穫を一段落させたのを祝ったボアズは、飲み食いしたあと、[心地よくなって、山と積まれた麦束のはしに身を横たえた]と記録されています。 しゅうとめの助言どおり、身をきれいにして香油をふりドレスアップしたルツは、ボアズが横になるのを見ると[忍び寄り、彼の衣のすそで身をおおって横にな]りました。

前回、衣は夜には毛布になると書きましたが、昼にマントの役割をするようなものですから、そう大きなものではないでしょう。そのすそに女とはいえ大人が一人入れば、[夜半になってボアズは寒気がし]というのも無理からぬこと(*1)。それで目が覚めてみると、星明りだけでは顔は判別できないながらも女が足もとに寝ているという。。。

詳しくは次回書きますが、ボアズは財産のことだけでなく、町でそれなりの地位があったと考えられます。そうであれば、少なくとも人から後ろ指をさされるような人物ではなかったでしょう。ガチガチの堅物とは限らないかもしれませんが。
イスラエルではそれは律法に忠実であることを意味しますから、ボアズが仮に独身だったとしても、正式に結婚したわけではない異性と床をともにすることをよしとする人ではありません。軽率な行動に出ることなく冷静に[お前は誰だ]とたずねました。

これにルツは、こう答えています。

わたしは、あなたのはしため(*2)ルツです。どうぞあなたの衣の裾を広げて、このはしためを覆ってください。あなたは家を絶やさぬ責任のある方です。

女性を衣のすそで覆うことは結婚の意味があったことも前回書きましたが、ボアズがゴーエールであることをいわば法的根拠としてレビラト婚の習慣によって迎えてください、と言っているわけです。

ルツの行動が単なる玉の輿狙いではなく、といって若い男というだけで軽率に追いかけていったりせずに自分を頼ったことを、ボアズは自分への真心と受け取って答えました。

わたしの娘よ(*3)。どうかあなたに主【ヤハウェ】の祝福があるように。わたしの娘よ、心配しなくていい。きっと、あなたが言うとおりにします。

ボアズは、ルツが望むとおり自分がゴーエールとしての責任を果たそうという意思を明らかにしたわけです。
ただ、実はエリメレクの家について自分以上に責任のある人がいるのだということを、ボアズはルツに告げます。おそらくボアズよりも近い親戚なのでしょうが、その人がゴーエールになるというのであれば、ルツたちがどのように希望していても、ボアズがゴーエールとなることはできません。ボアズは、

明日の朝その人が責任を果たすというのならそうさせよう。しかし、それを好まないなら、主【ヤハウェ】は生きておられる。わたしが責任を果たします。

と、人の想像や木石ではない生きている神ヤハウェに誓って、この夜はそのままルツを休ませました。

翌朝ボアズは、まだ人の見分けがつかない暗いうちにルツを帰らせました。
[麦打ち場に彼女の来たことが人に知られてはならない、とボアズが考えたから]と記録されています。ルツが軽率な行動をしたと噂になっては、そのこと自体が好ましくないですし、このあとルツの身分について「ボアズ以上に責任のある人」と話し合うのにも影響するかもしれません。

ルツを帰らせるときにボアズは、ルツが羽織ってきたショールに大麦をたっぷり(*4)入れて持たせました。[(ルツを)しゅうとめのところへ手ぶらで帰すわけにはいかない]というボアズの考えによるものです。
ボアズとしては、「法的根拠があるとはいえ、ナオミもずいぶんと思い切ったことを嫁にさせたものだ。今夜のところは『Yes』という返事をルツに持たせてやることができないが、せめて『恥をかかされた』なんていうことにならないようにしてやらなければ」というところでしょうか。
ボアズの心中はナオミにも伝わったようで、帰ってきたルツからことの次第を聞くと[あの人は、今日中に決着がつかなければ、落ち着かないでしょう。]とルツに成り行きを見守るように言いました。


*1 前にも書きましたが、イスラエルを含む中東は、昼は暑いですが、夜は極端に寒くなります。大気が乾燥しているために温度を保ちにくく、日没後は急激に気温が下がるのです。余談ですがクリスマスの記録の中に「羊飼いたちが野宿をしていた」とあり、いくら中東でも冬は夜に野宿などしないことから、少なくとも羊飼いたちが幼子イエスの生まれた馬小屋を訪ねたのは12月ではないだろうという意見があります。
話を戻すと、大麦の収穫感謝は4月前半に行われますがそれでも夜半ともなれば、毛布がわりの衣をルツになかばとられたボアズは、よほど寒かったろうと思います。
蛇足ですがルツも、殿方の寝所に忍び込んだからといってそれほどセクシーなかっこうをしていたわけではありません。ナオミも肩掛け(たぶん晴れ着でしょう)を羽織っていきなさいと言っていますが、それだけでは夜半には風邪を引いてしまいますから、ちゃんと着るものは着ていたはずです。 ところで、イタリアの画家フランチェスコ・アイエツは胸もあらわなルツが麦の穂を手に立つ姿を描いていますが、イスラエルの宗教的倫理観を無視するとしても昼間にそんな姿で野良仕事をしたらすぐに倒れてしまうでしょう。

*2 「はしため」は現代ではほとんど使われない言葉だと思います。漢字で書くと「端た女」で、はしの方にいる女、つまり身分の低い召使とか下女という意味で、婢女とも書きます。聖書に登場する女性が謙譲の一人称を名乗る場面の訳語として使われていて、英訳聖書では"servant"とか"maidservant"などと訳されています。

*3 ボアズはルを「わたしの娘よ」と呼びましたが、聖書の中で自分の子供以外を娘と呼んでいるのは、ナオミがルツやオルパを呼んだときと、ボアズがルツを呼んだときだけです。
エリメレク家の嫁であるルツは、日本語なら「義理の娘」、英語なら"Daughter-in-law"ということになるわけですが、ナオミやボアズがストレートに「わたしの娘」と呼んでいるのは、「義理の」とか「法律上の」と形容するよりも親愛の情を感じます。
一方でルツ記の著者は、強調したいかのように、ルツがモアブ人であることを繰り返しています。原語を確認していませんし、単なる表現上の習慣ということもありえますが、「ルツは、出自としては神の民イスラエルに加わることも許されないモアブ人だが、個人としては愛される人柄だった」ということを著者は伝えようとしている、というのは深読みしすぎでしょうか。

*4 ボアズがルツに持たせた大麦は「六杯」とだけ記録されていますが、詳しい単位はわかりません。ボアズが量り入れるときルツはショールをしっかり握っていなければならなかったほどですから、それなりの量だったのでしょう。

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#184
作成:2009年8月2日

布忠.com