ルツ記 第4回

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ナオミの思案(2章17~3章6)

はじめてボアズの畑に行ったその日、ルツは日が暮れるまで落ち穂を拾い集めました(*1)。それがあまりに大量(*2)だったのと、弁当も持たずに家を出たルツが畑での食事の残り(ナオミのためにとっておいたのではなく、食べ飽きて残したもの)を差し出したことで、ナオミはとても驚きました。しかも、「いったい誰の畑で」と尋ねると、ボアズの畑でというのです。

生きている人にも死んだ人にも慈しみを惜しまれない主【ヤハウェ】が、
その人を祝福してくださるように。

と感極まったようにナオミは賛美の言葉を口にすると、ルツにこう説明しました。

その人はわたしたちと縁続きの人です。わたしたちの家を絶やさないようにする責任のある人の一人です。

ナオミのひとつめの言葉にある「生きている人」とは、自分とルツのこと。オルパも含まれるかもしれません。そして「死んだ人」とは、亡き夫エリメレクと二人の息子のことです。ナオミには、この喜ばしい事態はヤハウェがボアズをとおして自分たちを窮状から救おうとしてくださっていることだと思われたのです。

「わたしたちの家を絶やさないようにする責任のある人」というのは新共同訳からの引用ですが、訳によってかなり表現が異なります。

わたしたちの家を絶やさないようにする責任のある人の一人(新共同訳)
買い戻しの権利のある私たちの親類のひとり(新改訳)
最も近い親戚のひとり(口語訳)

実はこれ、全部正しい訳だと言えます。ヘブライ語ではひとつの単語「ゴアレーヌー」なのですが、これにあたる日本語がない、というか日本にない習慣・文化なので、一語で訳すことができず、それぞれ説明を工夫しているのです。(*3)

ゴアレーヌーの元の形であるゴーエールは「買い戻す者、あがなう者」という意味です。たとえば家族や近親者が、先祖伝来の土地を失った、あるいは奴隷の状態に陥ったというときに、その土地や身柄を一族のものが買い戻すということをするのです。
ですから、上記の三つの訳をあわせて「私たちの最も近い親戚で、わたしたちの家を絶やさないように買い戻す責任と権利がある人」と理解するのがよいと思います。
つまりナオミは、「夫たちが亡くなった今、私たちには頼れる人がいないと思っていた。けれどヤハウェは、ゴーエールであるボアズによって私たちを助けてくださる。他家(*4)からエリメレクに嫁いだ自分も、他国からマフロンに嫁いだルツも、亡き夫たちが取り持つ縁故をとおして助けられようとしている」と悟ったわけです。 本誌のルツ記第1回で、ルツ記には神ヤハウェは登場しないと書きました。この場面でも、士師記やそれ以前の書のように「主はこうされた」とは書かれていません。でもナオミには、この事態は確かに神の恵みであることがわかったのです。

もうひとつ興味深いのは、ここに当時の死後観がうかがえることです。キリストを信じることで天国に行ける、という道がひらかれるのはまだずっとあとの時代にですが、この当時もイスラエル人は「人は死んでおしまい」とは考えていなかったことが、この箇所からもうかがえるのです。
現世にあるナオミたちがこうして神の恵みを受けるのは、あの世(*5)にいて同じように神の恵みを受けている夫たちをとおして、自分たちが一族のボアズとつながっているからなんだ、そうナオミは悟ったのでしょう。「幽明境を異にする」という表現がありますが、ナオミたちも「いる場所が違うだけで、故人は死んで消滅してしまったのではなく、生者と同じように神の慈しみの中にいる」という感覚だったのです。

話を進めます。
ルツが[うちの刈り入れが全部済むまで、うちの若者から決して離れないでいなさい]とボアズから言われたことを告げると、ナオミはとても安心したらしく[わたしの娘よ、すばらしいことです。あそこで働く女たちと一緒に畑に行けるとは。よその畑で、だれかからひどい目に遭わされることもないし]と喜びました。こうしてルツは[大麦と小麦の刈り入れが終わるまで]およそ2ヶ月(*6)、ボアズの畑で働きました。

一方ナオミは、ルツが働いている間にいろいろと思案していました。そしてある日、ルツにこういったのです。

あなたが幸せになる落ち着き先を探してきました。わたしたちの親戚であるボアズが今夜、麦打ち場で大麦をふるい分けるそうです。あなたは体を洗って香油を塗り、ショールをはおって行きなさい。あの人が食事を済ませ飲み終わったら、ボアズが寝る場所を見届けて、あとでそばに行き、あの人の衣のすそで身をおおって横になりなさい。そのあとのことはあの人が教えてくれるでしょう。

ルツは「言われるとおりに」と答えて、ナオミの言葉どおりにしたと書かれています。

ボアズたちは大麦の収穫のお祝いをしようとしていたのかもしれません。
「衣のすそで」とありますが、昼と夜で温度変化が激しいイスラエルでは、昼はマントに、夜は毛布になります(*7)。衣のすそを女性にかけることには結婚の意味もあったようです(*8)。 要するにナオミはルツにこう言っているのです。「ボアズは仕事が一区切りついた祝杯を上げるでしょう。あなたはシャワーを浴び、香水をふり、ドレスアップして彼のそばで隠れていなさい。彼が酔って寝てしまったら、行って彼のベッドに入りなさい」と。
聖書ってこんな艶っぽいことも書いてあるの? いったいどうなるの? と思うところですが、ボアズは紳士的かつスマートに対応します。それを信頼してナオミもルツを送り出したのかもしれません。詳しくは次号で。


おまけ

本文中で文法的な話をさせていただいたのは、ゴーエールというのは聖書を理解するうえでかなり重要なポイントだからです。というのも、「ゴーエール」は聖書では、ヤハウェについて使われることも多く、その場合「神に創造されたのに、罪を選んで神から離れてしまっている人々」を買い戻す、あがなう、ということになります。神自身であるキリストが人となって世に現れ、人々の罪を背負って十字架で殺されることで、神殿にささげられるいけにえの羊となったという意味です。このことからイエスを「贖罪(しょくざい=罪をあがなう)の子羊)と呼ぶことがあります。

聖書で「神が人を救う」というのは、どこか高いところから「救ってやろう」というのではなく、家族や近親者を心配する心から代価を払って買い戻すゴーエールなのです。


*1 農民画を多く描いたミレーの代表作のひとつに「落ち穂拾い」という有名な絵画があります。フランス・バルビゾンの農村の風景を描写したもので、服装などもヨーロッパ的ですが、ルツが落ち穂拾いをする様子をイメージさせるようなところがあります。
ミレーには「刈入れ人たちの休息(ルツとボアズ)」という作品もあり、ボアズがルツを農夫たちの昼食に招いている様子が描かれています。どちらもヴァーチャル美術館で見ることができます。

*2 ルツが集めた大麦は、落ち穂の量ではなく[集めた穂を打って取れた大麦]の量が1エファ(約23リットル、一升瓶なら13本近く)にもなりました。女二人ならしばらくは食べられる量を一日で集めたわけです。

*3 40余年前、アメリカの有名な説教者が来日して、東京ドームになる前の後楽園球場でキリスト教を伝える集会をしたことがあります。そのとき説教者が話の中で「ノアの箱舟」について触れると、通訳は洪水とノアの箱舟について説明するのに数分を要したのだそうです。(今ならクリスチャンでなくてもノアの箱舟のことは聞いたことくらいはあるかもしれませんが。)
幸い日本人なら船というものは説明の必要がありませんが、世界中のあらゆる言語への聖書翻訳が進められている中でたとえば船も見たことがない山岳民族の言葉に訳すときには、聖書に出てくる帆とか帆柱、あるいはパウロの船旅などをどう表現するかは、とても苦労するのだそうです。

*4 他家とはいっても、エリメレクやボアズの一族とナオミの実家とは、おそらくは12部族のうちの同じ一族に属していただろうとは思われます。12部族間での婚姻は禁じられてはいませんでしたが、ヤハウェが12部族それぞれに分け与えた土地の所有権が移動しないように定められたおきてもありますので、系図をたどるとどこかでつながるくらいの縁はある中で結婚するのが普通だったと思われます。

*5 便宜的に「あの世」と表現したのは、聖書で「陰府、よみ」と呼ばれているところです。聖書の死後観は解釈がわかれるところですが、ヨハネ福音書3章18によるなら、キリストを信じる者は死後の裁きをまぬがれることになります。ではルツ記の時代など、キリストを信じる機会もなく死んだ人はどうなるか。
ヨハネ黙示録20章13には、世の終わりのときに死者は陰府から出てきて、天国行きか地獄行きかの裁きを受けるとあります。たとえばアブラハムの孫のヤコブも「自分は陰府に行く」と行っていますし(創世記37章35)、ダビデも「神の慈しみは、深い陰府からわたしの魂を救い出してくださいます」と詠っています(詩篇86編13)。ナオミにも「夫たちは陰府にいる」と考えていたことと思われます。

*6 イスラエル三大例祭のひとつ「過ぎ越し祭(ペサハ)」は、大麦の収穫を感謝する祭りでもあります。2009年は4月9日から16日まででした。また出エジプト記34章22に[小麦の収穫の初穂の時に、七週祭を祝いなさい]とありますが、これも三大例祭のひとつで、七週とは過ぎ越し祭の二日目から数えます。2009年は5月29日から30日まででした。ユダヤ人社会などでは七週祭にルツ記が朗読されます。

*7 申命記24章12-13に[貧しい場合には、その担保を取ったまま床に就いてはならない。日没には必ず担保を返しなさい。そうすれば、その人は自分の上着を掛けて寝ることができ、あなたを祝福するであろう。あなたはあなたの神、主の御前に報いを受けるであろう。]とあります。上着しか担保にならないような貧しい人を、こごえさせてはならないのです。
東京出身の筆者は学生時代を仙台で過ごしましたが、仙台に引っ越した日は荷物がまだ届かず、その夜は着ていったジャンバーにくるまってこごえて寝る羽目になりました。まして内陸性気候で昼夜の温度差がはげしいイスラエルでは。。。

*8 エゼキエル書16章8で、ヤハウェはイスラエルとの関係を結婚にたとえて次のように言っています。寝具でもある衣に女性を迎えることを結婚の象徴とするものでしょう。
[わたしは、衣の裾を広げてお前に掛け、裸をおおった。わたしはお前に誓いを立てて、契約を結び、お前は、わたしのものになった]

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#183
作成:2009年7月7日

布忠.com